S・グリーンブラット『シェイクスピアの驚異の成功物語』~シェイクスピアが生きていた社会はどのようなものだったのかを知れるおすすめの伝記!

名作の宝庫・シェイクスピア

S・グリーンブラット『シェイクスピアの驚異の成功物語』概要と感想~時代と共に生きたシェイクスピアを知れるおすすめの伝記!

今回ご紹介するのは2006年に白水社より発行されたスティーブン・グリーンブラット著、河合祥一郎訳の『シェイクスピアの驚異の成功物語』です。

早速この本について見ていきましょう。

「シェイクスピアは、金に齷齪するエンターテインメント商業演劇のために執筆し、舞台に立っただけでなく、当時の社会状況や政治に実に敏感な台本を書いた。そうせざるをえなかった。なにしろ、シェイクスピアが株主をしていた劇団が糊口を凌ぐには、丸い木造の芝居小屋に一日約一五〇〇から二〇〇〇人の一般客を引き込まねばならず、ライバル劇団との競争は激しかったのだから。(中略)ライバル劇作家たちはほとんど皆、飢餓への道をまっしぐらに進んでいたというのに、シェイクスピアは故郷で最上級の家を購入するほどの金を蓄え、五〇代初めに功なり名を遂げて引退したのである」(本書「序章」より)。
 1564年4月26日に洗礼を受けて以後の驚異のサクセスストーリー─偉大なる劇作家の人生とその作品との関わりを、本書は、想像力ゆたかに読み解いてゆく。
 幼児期に聴いた童謡と『リア王』との関連は? 少年時代に見たであろう道徳劇と自作との連関は? ロンドンという都会に出て役者になった理由は? 息子ハムネットの死と『ハムレット』の関係は? 魔女への関心が強いジェイムズ一世に『マクベス』を見せることの意味は?……最新の研究成果をもとに、「シェイクスピアは、どのようにしてシェイクスピアとなったのか?」という謎に迫る。
 全米ベストセラー、各誌紙も大絶讃の最高傑作! アメリカを代表する新歴史主義の領袖が、世界でいちばん有名な劇作家の「野心」を炙り出す、画期的な評伝だ。


Amazon商品紹介ページより

この本の特徴は「シェイクスピアは、どのようにしてシェイクスピアになったのか?」ということを追求していく点にあります。

前回紹介したピーター・アクロイドの『シェイクスピア伝』もかなり詳しく時代背景を描写していましたが、この作品はさらに踏み込んだ社会背景、思想状況まで語られていきます。

訳者あとがきではこの本について次のように述べられています。

本書は、グリーンブラットが語る、物語としてのシェイクスピア伝である。これまで多数書かれてきたシェイクスピアの伝記と違い、シェイクスピアの人物像と作品とのかかわりを読み解いていく。「序章」で宣言しているように想像力を駆使しての読解であるため、厳格な学者からは推測が多すぎる批判も受けたが、むしろ、その大胆な読みこそが本書の長所だと考えるべきだろう(推測をせざるをえないことについては、「読者への注記」で断られている)。ずばりずばりと核心に踏み込んで行く大胆さは小気味よく、そして何より語り口がうまいために説得力がある。


白水社、スティーブン・グリーンブラット、河合祥一郎訳『シェイクスピアの驚異の成功物語』P553-555

この伝記を読んでいて気づくのは、「シェイクスピアはもしかすると~~だったかもしれない」という形の表現が何度も出てくるということです。

この本では上の解説にありますように「想像力による推測」が語られます。シェイクスピアは謎の多い作家で、直接的な資料が存在しない時期が多いという問題があります。

ですが著者は歴史的背景を徹底的に調べ上げ、そこから「シェイクスピアもこうした時代背景の影響を受けたであろう」という形で彼のことを論じていきます。

厳格な学者からは批判を受けたかもしれませんが、多くの評者から高評価を受けたのは、彼の推測が「単なる憶測」ではなく、当時の時代背景がしっかり押さえられているからであると思われます。

その中でも読んでいて興味深かったのはシェイクスピアが生きていた頃の政治状況、特にエリザヴェス女王の治世が人々にとってどのようなものだったのかということ、さらにイギリスにおけるキリスト教事情でした。

当時のイギリスはローマカトリックから分離した「イギリス国教会」を国教としていました。

しかしそれに対してローマカトリックも黙っていません。カトリックは未だイギリス国教会を認めず、それを打ち倒すための破壊工作を続けていました。

この辺のどろどろ具合、血みどろの弾圧、スパイ活動、政治工作の裏側をこの本で知ることができます。

私は以前当ブログでスペインの異端審問のことを取り上げましたが、よくよく考えればまさにそれと同じ時代にシェイクスピアは生きていたのでした。

異端審問が最も盛んだった国は何と言ってもスペインです。ですがここイギリスでも破壊工作を行うカトリック側の人物を徹底的に弾圧するシステムがありました。

シェイクスピアはそんなキリスト教事情の中劇作を続け、自らも危うい綱渡りをしていたことがこの本からわかりました。これは非常に興味深かったです。

また、本編とは異なるのですが、訳者のあとがきも刺激的です。

訳者は、著者のグリーンブラッドがなぜ「推測」の多い伝記を書いたのかということの裏話を教えてくれます。

実はそこには当時のヨーロッパにおける文学批評の歴史が関わっていました。

その大きな流れをざっくり言うと「作家と作品は別なのか問題」における論争がありました。

かつては作品を理解するには、作家の生涯や当時の時代背景を考慮して作品を解釈していくという手法が主流でした。

しかしそこから「作品は作家の手を離れた瞬間に、作家とはまったく別個の存在になり、読者は自由に解釈できる」という主張が出てきます。

作家がどう思おうが、作品を解釈するのは読者であり、そこに作者の思想や時代背景を交えるのは解釈の自由を狭めるものだという流れですね。ジャック・デリダやポールド・ド・マンらがこの流れだそうです。

この流れができると一気に批評はこちらの流れに傾き一世を風靡しますが、だんだん自由に批評できるのをいいことに「批評のための批評」と言いますか、もはや何でもありの状態になってきます。行き過ぎてしまったのですね。

そこからまた作者の思想や時代背景もしっかり押さえなければいけませんよねということで出てきたのがグリーンウッドであったと訳者は述べます。

文学批評という、なかなかわかりにくい業界の流れについて簡潔に紹介してくれたこのあとがきは、正直本編の伝記より印象に残りました(笑)

とは言えやはりシェイクスピア伝記として非常に高い評価を得ている『シェイクスピアの驚異の成功物語』。これはシェイクスピアが生きていた社会はどのようなものだったのかということを知る上で非常に興味深い作品でした。

この作品もぜひぜひおすすめしたいと思います。

以上、「S・グリーンブラット『シェイクスピアの驚異の成功物語』シェイクスピアが生きていた社会はどのようなものだったのかを知れるおすすめの伝記!」でした。

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