W・ゴールディング『蠅の王』あらすじと感想~無垢な子供神話の破壊!人間の本質に迫る傑作ディストピア小説!

ディストピア・SF小説から考える現代社会

無垢な子供神話の破壊!人間の本質に迫る傑作ディストピア小説!W・ゴールディング『蠅の王』

今回ご紹介するのは1954年にウィリアム・ゴールディングによって発表された『蠅の王』です。

私が読んだのは早川書房より2017年に発行された黒原敏行訳の『蠅の王』です。

では早速この本について見ていきましょう。

疎開する少年たちを乗せた飛行機が、南太平洋の無人島に不時着した。生き残った少年たちは、リーダーを選び、助けを待つことに決める。大人のいない島は、当初は気ままで楽しく感じられた。しかし、なかなか来ない救援やのろしの管理をめぐり、次第に苛立ちが広がっていく。そして暗闇に潜むという〈獣〉に対する恐怖がつのるなか、ついに彼らは互いに牙をむいた―。ノーベル文学賞作家の代表作が新訳で登場。

早川書房、ウィリアム・ゴールディング、黒原敏行訳『蠅の王』裏表紙

この作品の著者であるウィリアム・ゴールディングは1911年イギリス生まれの作家でオックスフォード大学を卒業後、教師となり、大戦中は英国海軍に入隊します。そして戦後再び教師に戻り作家活動も行ったという経歴の持ち主で上の紹介にもありますように1983年にノーベル文学賞を受賞しています。

さて、今回ご紹介する『蠅の王』ですがこれまた凄まじい作品となっています。

私がこれを初めて読んだのが5年前の2017年。そして今回5年ぶりにこの作品を読み返したのですがこの本は一度読んだら忘れられないシーンばかりであることを改めて実感しました。5年ぶりであるにも関わらずほとんどその流れや重大なシーンを覚えていました。

この作品を初めて読んだ時の衝撃は忘れられません。

最初は子供たちだけで楽しく暮らしていたはずだったのがいつの間にそれが崩壊していく。そして理性的で善良な子たちが野蛮で暴力的な力に屈していく過程は読んでいて非常に辛い気持ちになります。

この本の内容について巻末では次のように解説されていました。

本書は『ロビンソン・クルーソー』(一七一九年)に始まる無人島漂流記のうち、少年たちを主人公にした物語のひとつの発展形である。(中略)

本書は、作者自身が述べているとおり(エッセー”Fable”エッセー集The Hot Gates 1965所収)、イギリスの作家ロバート・マイケル・バランタインの『珊瑚島』Island:A Tale of the Pacific Ocean, 1858)が元ネタになっている。(この小説は、日本では『さんご島の三少年』の題で児童向けの翻訳が三種類出ているが、邦題が広く知られているともいえないので、本書の物語中も含めて、原題の直訳である『珊瑚島』としておきたい)

この『珊瑚島』は、登場する三人のイギリス人少年の名前からして、ジャック、ラルフ、ピーターキンなのである。最初のふたりは本書の主要人物と同じで、ピーターキンはサイモンの名前の由来になっている。ピーター(Peter)はキリストの使徒ぺトロで、使徒ぺトロはシモン・ぺトロ(Simon Peter)とも呼ばれたところから、サイモンという名前を選んだと作者はいっているのだ(フランク・カーモードによるインタビュー)。

『珊瑚島』の少年たちは、知恵と勇気で困難を乗り越え、明るく雄々しくサバイバルしていく。食人の風習をもつ現地民が殺し合いを始めると、それをやめさせて平和に暮らすすべを教えたりする。明らかにこれは、イギリス植民地主義こそは野蛮人を文明化する責務(”白人の責務”)を担っているという帝国主義イデオロギーを反映したものだ。

だが、ゴールディングは考えた。少年というのはそんなに無垢で正義感にあふれているのか?イギリス人(あるいは白人)はそんなに高潔で優秀なのか?それが疑問なことは、元少年である自分の胸に手をあて、また歴史を振り返ってみればわかることではないかというわけでゴールディングは、本人の言葉によれば、”バランタイン的状況のリアリスティックな見方”(”Fable”)を提示しようと考えたのだ。

本書は”邪悪な子供”物の傑作というとらえ方もできる。子供は昔から純粋無垢とされてきたが、虐待など環境のせいではなく、子供の内面には本来悪が潜んでいるのではないかということを初めて作品にした

早川書房、ウィリアム・ゴールディング、黒原敏行訳『蠅の王』P357-359

この解説の後半にありますように、それまでは子供は無垢なものと考えられていました。実際、今もそうですよね。しかしゴールディングははたして本当にそうなのかと問いかけてきます。

子供であろうが人間は人間。人間には内に獣が住み着いている。そこに大人も子供も区別はない。人間、誰しも獣になりうる。そうしたことをこの作品は私たちに突きつけます。

ストーリーは余計なものをそぎ落としたシンプルなもので、そこに深い寓意性と詩的な細部が盛りこまれている。この小説が今も古びずに衝撃力をもっているのはそのおかげだろう。ディストピア小説に脚光があたる昨今だが、まさに理想郷が地獄となるディストピア小説として鮮烈なアクチュアリティをもつ点でも、本書は注目に値する。

早川書房、ウィリアム・ゴールディング、黒原敏行訳『蠅の王』P357

ここに述べられるようにこの作品は寓意に溢れています。『蠅の王』を読んでいると「これは〇〇のことを指して言っているんだろうな」というものがどんどん出てきます。先の解説で登場人物の名前がキリスト教の使徒から来ていることが述べられましたが、他にも様々な象徴が出てきます。

聖書的な寓意のほかにも、たとえば、ほら貝は文明や秩序や民主主義の象徴であり、眼鏡は知性や科学の象徴であるといった解釈がなされている。作者が、”この小説はあらゆる方法でとても周到に練られている”(フランク・カーモードによるインタビュー)といっていることからもわかるとおり、かなり深読みが可能な小説なのだ。

早川書房、ウィリアム・ゴールディング、黒原敏行訳『蠅の王』P362

私はこれまでロシア革命や独ソ戦、冷戦のことを学んできました。私はこの『蠅の王』を読んでまさしく人間が暴力・獣性に支配されていく過程を見るように感じました。ロシア革命、独ソ戦、冷戦が重なって見えてくるのです。

そしてなぜこの作品がこんなにも読者に強烈な印象を残すのか。

それはこの作品が「子供たちが技術も知識もない状態で無人島に放り込まれた」という舞台設定にあると思います。

全体主義の暴力を描いたディストピア小説といえば『一九八四年』『すばらしい新世界』などが真っ先に浮かんでくると思います。これらを読めばその恐ろしさに戦慄することはきっと間違いないと思います。

しかし、どこか自分とは離れたものに感じてしまう瞬間があるのも否定できないのではないでしょうか。

それはなぜか。

確かなことは言えませんがそれはおそらく、テクノロジーによって社会がすでに完成していたり、登場人物達が責任ある大人たち(つまり、自業自得の世界)であるからではないかと私は感じました。

今現在では存在していない技術が全体主義と暴力を可能にしている。そしてそれに加担する大人たちがいたからこそそうなった。

逆に言えばそれが今の私たちの世界にない以上、今すぐディストピアになることはないだろうという安心感を抱いてしまうのです。そこで物語との距離が生まれてしまうのです。

ですが、この作品は違います。

無人島に残されたのは文字通り丸裸の子供たち。

大きな子供と言われる子たちですら12歳くらい。そして4歳から6歳くらいの小さな子たちもたくさんいます。

もちろん、生き残るための道具などありません。

そんな状況の中で徐々に子供たちの獣性が目覚めてきます。

主人公でリーダーのラルフやピギー、サイモンら理性的な子供たちは助かるために必死に知恵を絞り、皆をまとめようとします。しかし、それも虚しく彼らは徐々に追い込まれていきます。

理性的に、最善を尽くした行動をしなければ助からない。皆が力を合わせなければ助からない状況なのに、他の子供たちは好き勝手に動き、救われる手段をことごとく壊してしまいます。

さらには食料調達の名目で豚狩りに夢中になり、暴力の虜になったもう一人のリーダー格、ジャックが他の子供たちを煽動し、野蛮な部族を形成し武装していきます。もはや理性は通用せず、暴力による支配がそこに完成してしまいます。

丸裸で取り残された子供たち。

それがいつの間にか武装した野蛮な集団へ変化し、理性的に助かろうと努力していた子供たちを最後には殺そうとしてしまうのです。そして実際に何人もの犠牲者が出てしまうのでした。

これは『一九八四年』や『すばらしい新世界』とはまた違ったリアリティーです。

私がなぜこの作品にこんなにも衝撃を受けたのか、それはこの作品が描く世界があまりに身近だからです。

『一九八四年』のSF世界のような遠い世界ではありません。これは今私たちが生きている世界をそのまま映し出しているかのように私は感じてしまうのです。

皆さんも子供時代、強い者がグループを組んでその社会(クラス)を牛耳っているのを見たことがあると思います。ある人はそうした「強い者」から実際に被害を受けたこともあると思います。あるいはその逆も・・・

この作品はそんな子ども時代の記憶のみならず、大人になった今ですらぞっとするものを私たちに連想させます。

私は正直、これ以上どう伝えていいのかわかりません。

ただ、あまりにこの作品は身近すぎるのです・・・あまりにどぎついのです。

読んでいると本当に胸の奥がむかむかしてきます。善良な子供たちがなぜ暴力的な子供たちからそんなに苦しめられなければならないのかと本気で憤りが湧いてくるのです。はっきり言います。この本は読むのが辛いです。笑って楽しむ作品ではありません。

ですが人間の本質を考える上でこの上ないインパクトを与える作品であることは間違いないです。

人間は何にでもなりうる。理性的にも獣的にも。

はじめは仲良しだったはずの子供たちがなぜ殺人まで犯してしまったのか。そのメカニズムをこの上なく的確に暴き出している作品です。

正直、この作品については思うことがあまりに多すぎてなんと書いていいのかもうわかりません。

ゴールディングの寓意が効きすぎてどこから何を話していいのか、もはやわからないのです。パニック状態です。

それほどこの作品は強烈です。

ぜひこの作品を読んでその衝撃を味わって頂けたらなと思います。非常におすすめな作品です。

以上、「W・ゴールディング『蠅の王』あらすじと感想~無垢な子供神話の破壊!人間の本質に迫る傑作ディストピア小説!」でした。

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