仲正昌樹『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』~アーレントのおすすめ参考書!

スターリンとヒトラーの虐殺・ホロコースト

アーレントのおすすめ参考書!仲正昌樹『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』概要と感想

今回ご紹介するのは2018年にNHK出版より発行された仲正昌樹著 『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』 です。

前回までの記事でハンナ・アーレントの『エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』とベッティーナ・シュタングネトの『エルサレム〈以前〉のアイヒマン』の2冊を紹介しました。

『エルサレム〈以前〉のアイヒマン』は大作ではあるものの文章自体は読みやすく、すらすら読めるのですが、残念ながらアーレントの作品はとてつもなく読みにくいです。

そんなアーレントの作品をまずはざっくりと理解するのにいい参考書はないかと探していたところ出会ったのが、今回紹介する『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』 です。

では、早速この本について見ていきましょう。

「安心したい」──その欲望がワナになる

世界を席巻する排外主義的思潮や強権的政治手法といかに向き合うべきか? ナチスによるユダヤ人大量虐殺の問題に取り組んだハンナ・アーレントの著作がヒントになる。トランプ政権下でベストセラーになった『全体主義の起原』、アーレント批判を巻き起こした問題の書『エルサレムのアイヒマン』を読み、疑似宗教的世界観に呑み込まれない思考法を解き明かす。

Amazon商品紹介ページより

この本ではアーレントの代表作『全体主義の起源』と『エルサレムのアイヒマン』を中心にアーレントの生い立ちや哲学者としての道のり、思想が解説されていきます。

読んでいて驚くほどわかりやすいです。初学者でも理解しやすいように書かれていることがとても伝わってきます。

そしてこの本ではなぜアーレントの思想が今を生きる私達にとって重要なのかということを丁寧に語ってくれます。

ここがはっきりしないとなかなか本を読む気にも、学ぼうという気持ちにはなりませんよね。

「なぜ」が明確になると読む意義がはっきりして、気持ちも変わってきますよね。こうした点もこの本のありがたい所です。

著者は「はじめに」で次のように述べています。少し長くなりますが重要な箇所ですのでじっくり読んでいきます。

『全体主義の起原』と、波紋を呼んだ『エルサレムのアイヒマン』は、現在も全体主義をめぐる考察の重要な源泉となっています。この二作を通じてアーレントが指摘したかったのは、ヒトラーやアイヒマンといった人物たちの特殊性ではなく、むしろ社会のなかで拠りどころを失った「大衆」のメンタリティです。現実世界の不安に耐えられなくなった大衆が「安住できる世界観」を求め、吸い寄せられていく―その過程を、アーレントは全体主義の起原として重視しました。

人々の間に既存の国家体制への不信、寄る辺のない不安が広がっているのは今の時代も同じではないでしょうか。政情不安、終わりの見えない紛争、そして難民問題。世界はどこへ向かおうとしているのか、それを動かす社会の仕組みがどうなっているのかということについて「教科書的ではない」説明を求めています。

日本も例外ではありません。今世紀に入った頃から、政治について関心があり、「かなり分かっている」つもりの人たちでさえ展開が読めないことが多くなり、言い知れぬ不安を感じる人が増えている気がします。

ただ安穏としているのも困りますが、不安に感じすぎるのも問題です。極度の不安は、明快で強いイデオロギーを受け容れやすいメンタリティを生む、とアーレントは指摘しています。

自分が置かれている状況の変化をきちんと把握しつつ、「分かりやすい」説明や世界観を安易に求めるのではない姿勢を身につけるには、どうすればよいのか。

それを考える上で、この本で取り上げるニつの著作が参考になると思います。『全体主義の起原』は、全体主義を生み出した様々な歴史的要因のそれぞれについて、疑問を残さないよう、哲学、文学、歴史学、社会学、政治学の深い教養を駆使して細部に至るまで徹底的に分析しようとする姿勢を貫いているので、読み応えはありますが、その分、議論の展開についていくのが結構大変です。「分かりにくい」名著ではありますが、適宜、現在の政治や社会に照らしながら読み進めていくことにしましょう。

一方『エルサレムのアイヒマン』は、全体主義体制下で生きた、ごく「普通の人間」であるアイヒマンが実行した「悪」についての考察です。アーレントは、法=命令に従うことを自らの義務と信じ、自らの判断を交えることなく、淡々と仕事をこなしていったアイヒマンの振る舞いや世界観を観察することで、「悪」の本質について従来の常識を覆す驚くべき見解を呈示します。アーレントのこのニつの著作を併せて読むことで、人類の歴史の始まりから問われ続けてきた「悪」という問題と、二十世紀に発生した比較的新しい現象である「全体主義」の関係についてじっくり考えてみたいと思います。

NHK出版、仲正昌樹 『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』P10-12

ハンナ・アーレントは有名ではありますが実際にその作品を手に取る機会が少ない思想家の代表例なのではないかと思います。

この本はそんなアーレントの思想を学ぶ入門書として非常にありがたい1冊だと思います。

ぜひ、おすすめしたい作品です。

以上、「アーレントのおすすめ参考書!仲正昌樹『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』」でした。

アーレントとアイヒマンについての関連記事はこちら
アーレントの「悪の陳腐さ」は免罪符になりうるのか~権力の歯車ならば罪は許される?ジェノサイドを考える
悪の陳腐さとは~アーレント『エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』
「悪の陳腐さ(凡庸さ)」論が覆る!?『エルサレム〈以前〉のアイヒマン 大量殺戮者の平穏な生活』

ホロコースト、ナチス、ソ連と全体主義についての関連記事はこちら
死の収容所アウシュヴィッツを訪れる①~ホロコーストから学ぶこと ポーランド編④
死の収容所アウシュヴィッツを訪れる②~ナチスとユダヤ人の処遇 ポーランド編⑤
アウシュヴィッツ・ビルケナウとは―ガス室の恐怖 ポーランド編⑥
アウシュヴィッツと『歎異抄』―親鸞の言葉に聴く ポーランド編⑦
私達日本人が今あえて独ソ戦を学ぶ意義ー歴史は形を変えて繰り返す・・・
独ソ戦のおすすめ参考書13冊一覧~今だからこそ学びたい独ソ戦
フランクル『夜と霧』あらすじと感想ー生きるとは何かを問うた傑作!ドストエフスキーとのつながりも
芝健介『ホロコースト』ホロコーストの歴史を学び始めるのにおすすめな1冊
『ホロコースト全史』ホロコーストの歴史をもっと学ぶならこの一冊がおすすめ
『ナチスの知識人部隊』虐殺を肯定する理論ーなぜ高学歴のインテリがナチスにとって重要だったのか
衝撃の一冊!ティモシー・スナイダー『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』
なぜ戦争や弾圧、虐殺を学ばなければならないのかー源信の『往生要集』と現代の地獄巡り『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』を読む⑺
キャサリン・メリデール『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』ソ連兵は何を信じ、なぜ戦い、なぜ罪を犯したのか?
ソ連の粛清とナチスのホロコーストを学ぶ~「『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』を読む」記事一覧
ソ連兵は何を信じ、なぜ戦い、なぜ罪を犯したのか「『イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45』を読む」記事一覧
S.P.メリグーノフ『ソヴィエト=ロシアにおける赤色テロル(1918~1923)レーニン時代の弾圧システム』
『スターリンのジェノサイド』スターリン時代の粛清・虐殺とは
『共食いの島 スターリンの知られざるグラーグ』人肉食が横行したソ連の悲惨な飢餓政策の実態
ジイド『ソヴェト旅行記』フランス人ノーベル賞文学者が憧れのソ連の実態に気づいた瞬間
トビー・グリーン『異端審問 大国スペインを蝕んだ恐怖支配』ソ連や全体主義との恐るべき共通点ーカラマーゾフとのつながりも

ボスニア紛争、スレブレニツァ、ルワンダジェノサイドの参考書一覧
柴宜弘『ユーゴスラヴィア現代史 新版』ボスニア内戦とは何だったのかを学ぶために
ボスニア紛争の流れを知るのにおすすめ!梅原季哉『戦火のサラエボ100年史「民族浄化」もう一つの真実』
高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』メディアの絶大なる影響力~知られざる紛争の裏側
子供達から見たボスニア紛争とは『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992-1995』
ユーモアたっぷりに語られるボスニア紛争下の生活『サラエボ旅行案内 史上初の戦場都市ガイド』
長有紀枝『スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察』スレブレニツァの虐殺を学ぶのにおすすめ
長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』ジェノサイドを様々な視点から考える1冊
P・ゴーレイヴィッチ『ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実』信じられない惨劇がアフリカで起きていた・・・
神はなぜ虐殺から救ってくれなかったのか…『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』
映画でも有名!『ホテル・ルワンダの男』アフリカのシンドラーと呼ばれた男の物語
衝撃の三部作!ルワンダ虐殺の実態『隣人が殺人者に変わる時 ルワンダジェノサイド 生存者たちの証言』
加害者は虐殺後何を語るのか『隣人が殺人者に変わる時 ルワンダ・ジェノサイドの証言 加害者編』
虐殺者と共存する地獄~赦しとは一体何なのか『隣人が殺人者に変わる時 和解への道―ルワンダ・ジェノサイドの証言』
大ヒット映画の原作!ソマリアの惨劇『ブラックホークダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』
バルカンに平和と希望を!栁澤寿男『バルカンから響け!歓喜の歌』


HOME