長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』ジェノサイドを様々な視点から考える1冊

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長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』ジェノサイドを様々な視点から考える1冊

今回ご紹介するのは2020年に東信堂から発行された 長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』 です。

早速この本について見ていきましょう。

凄惨なジェノサイド―その今日的意味とは何か?

1995年、ボスニア東部のスレブレニツァで起こったボシュニャク(ムスリム)人の虐殺は「第二次世界大戦以来の欧州で最悪の虐殺」と称され、旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所で唯一「ジェノサイド」と認定されている。事件から25年が経過した今日、改めてこうした歴史的事実を見つめ直し、現代を生きる我々に向けた教訓としなければならないだろう。本書は、地域研究・歴史学、国際法学、国際政治学それぞれの観点から、スレブレニツァ・ジェノサイドを多角的・重層的に捉え直すことで、その実像を浮かび上がらせる。第一線で活躍する研究者・実務家らによる渾身の労作!

東信堂、長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』 帯より

この本は前回紹介した長有紀枝著『スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察―』の続編と言ってもいい作品です。

『スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察―』 は2009年に出版され、今回ご紹介する 『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』 はそこからさらに11年を経た2020年に出版されました。2020年はスレブレニツァの虐殺が起きてからちょうど25年に当たります。

25年という年月によって事件発覚当時では掴みきれなかった全容がようやく少しずつ明らかになって来ており、様々な角度から検証や研究が進んできています。この本はそんな長期にわたる研究の成果が詰まった1冊となっています。

「はしがき」ではこの本について次のように述べられています。

2020年は、新型コロナウイルス(COVID-19)の脅威に全世界がさらされた年として、間違いなく記憶されるに違いない。しかし、同時に2020年は、第二次世界大戦終結後75年目にあたり、また本書の主題であるスレブレニツァの虐殺から25周年にあたる年である。

ボスニア・へルツェゴヴィナ紛争末期の1995年7月、国際連合の安全地帯に指定され、国連防護軍(UNPROFOR)のオランダ部隊によって防御されていた、ボスニア東部の人口4万あまりのムスリム人の飛び地スレブレニツァは、ボスニアのセルビア軍の攻撃により陥落した。続く約10日間で、自力でスレブレニツァを脱出し、ムスリム政府軍支配地を目指した総勢約15,000人のムスリム男性の内、7,000~ 8,000人が行方不明となった。このスレブレニツァ事件は、「第二次世界大戦以来の欧州で最悪の虐殺」と称され、旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所(ICTY)で唯一「ジェノサイド(集団殺害)」と認定された象徴的な事件である。

本書は、この事件をめぐって、2020年1月12-13日に立教大学にて開催されたシンポジウム「25年目のスレブレニツァージェノサイド後の社会の相克と余波、集合的記憶」の成果をもとに編んだ論文集である。このシンポジウムは、筆者を研究代表とするJSPS科研費17K02045 (基盤研究C「ICTY判決とジェノサイド後の社会の相克ースレブレニツァを事例として」)の助成を受け、またその総括として開催したもので、延べ250人を超える方々が来場し、内外から専門家、研究者が参加、事件について、多角的に検討を行った。(中略)

このシンポジウムの成果である本書は、地域・歴史研究、移行期正義、国際政治学、国際法学(国際刑事法や国際人道法、国際責任法)、人類学といった豊潤ともいえる多分野の多角的・複合的な研究を可能な限り反映させ、スレブレニツァ事件を主題としつつ、領域横断的・重層的に事件発生時とその後を俯瞰する構成をとっている。また国際法や国際刑事法に馴染みの薄い読者のために、第Ⅱ部では解説の形式を取り入れ、貴重な証言録でもある明石氏のご講演に関しては、第Ⅲ部に講演録として収録させていただいた。さらに、明石氏が1999年12月、スレブレニツァに関する国連事務総長報告の発表(同年11月)を受けて、新聞紙上に投稿した歴史的価値の高いご論考、「スレブレニツァ悲劇とPKO」を明石氏と朝日新聞のご厚意により掲載させていただいた。(中略)

類似の事件や犯罪の再発防止に寄与するとともに、様々な立場におられる読者の皆さまに、複雑なスレブレニツァ事件を見る際の、複眼的視野・視座を提供できれば幸いである。

東信堂、長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』 Pⅰ-ⅲ

ここで述べられるように、この本では様々な視点からスレブレニツァの虐殺について述べられていきます。

もちろん、スレブレニツァ事件の流れもわかりやすく解説されていますので、ボスニア紛争やスレブレニツァの虐殺を知らない方でも十分読み進めることができる構成になっています。

ここでこの本の目次を見ていくことにしましょう。

はしがき
第Ⅰ部 地域研究・歴史学の視点から
第1章 スレブレニツァ事件を再構築する  長有紀枝
第2章 スレブレニツァの集合的記憶  藤原広人
第3章 スレブレニツァ事件をどう伝えていくのか 柴宜弘
第4章 “共存”の政治風土は醸成され得るのか 橋本敬市


第Ⅱ部 国際刑事裁判と国際法学の視点から
第5章 ICT による国際刑事捜査とスレブレニツァ 藤原広人
第6章 国際刑事裁判におけるジェノサイド罪と迫害罪 尾崎久仁子
第7章 スレブレニツァ事件に関わる国際刑事責任の基本原則 佐藤宏美

第Ⅲ部 国連平和維持活動(PKO)と国際政治学・平和構築の視点から
第8章 スレブレニツァと国連PKO  明石 康 
第9章 国連平和維持活動における行為の帰属 岡田陽平
第10章 スレブレニツァ事件と「文民保護」の現在 篠田英朗

東信堂、長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』

どの項目も興味深く、「なるほどな」と思う所がたくさんあったのですが、私が特に印象に残ったのは第8章の「スレブレニツァと国連PKO」の章でした。

スレブレニツァの虐殺は平和維持のために派遣された国連PKOのオランダ軍がいたにも関わらず、虐殺を防ぐことはできなかったと非難されることが多いです。しかしこの国連PKOによる平和維持活動の難しさをここで感じることになりました。

国連という多国籍な組織において、自国の兵士を紛争地に送るというのはどの国もできれば避けたいと思っている。しかも仮に派遣されたとして規模も小さく、認められる行動も数少ない。そんな中でどう活動せよと言うのか。 100人の兵士に対して1000人の敵兵で襲われたらどうせよというのか。

これは「なるほどな」と思いました。国連軍がそこに派遣されたならもう安心だと私たちは思ってしまいがちですがそんな単純な話ではなかったのです。ルワンダやソマリアでもPKOによる介入は失敗しています。平和維持軍の難しさをここで知ることになりました。

日本はこうした戦闘活動には直接関わらないことになっています。しかし、他国はまさに危険な紛争地に兵士を送り、実際に犠牲者を出しながら現地で活動しているわけです。それぞれの国がなるべく深入りせず、最小限の介入で留め、被害を最小にしたいという方向に流れていってしまうのもわかる気もします。

しかし、すべてにおいてそうしてしまったらスレブレニツァやルワンダのように、虐殺を食い止めることができません。ですが自分の国の兵士が戦うのは避けたい・・・これはとてつもなく難しい問題なのだということを思い知らされました。

世界の平和を維持するにはどうしたらいいのか。ただ軍を編成して派遣して終わりではない。世界規模でものを考えていくというのはこういうことなのかと、自分がこれまでいかにそうしたことに目を向けていなかったかを反省しました。国連軍と平和というものを考える上で非常に大きな学びをさせて頂きました。

そしてスレブレニツァの虐殺をどのように捉えるのかという問題もこの本では非常に厳密に見ていきます。

単に極悪非道なセルビア人が無実のボシュニャク人を虐殺したという話で語られがちなこの事件ですが、この本ではその背景がどれだけ入り組んだものだったのか、そしてそれをどのように法的に解釈し、裁判が行われていくかということをじっくり見ていきます。

この本を読めばその複雑さにきっと皆さんも驚くと思います。私も読んでいてその複雑さに何度ため息をついたことか・・・

前回紹介した『スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察―』と合わせて、この本はジェノサイドとは何なのかということを学ぶ上で最高の参考書になります。

ぜひ皆さんにもおすすめしたいです。

以上、「長有紀枝編著『スレブレニツァ・ジェノサイド 25年目の教訓と課題』ジェノサイドを様々な視点から考える1冊」でした。

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