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川端香男里『ロシア その民族と心』あらすじと感想~ロシアの精神的風土を学ぶのにおすすめの入門書!

ロシア
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川端香男里『ロシア その民族と心』概要と感想~ロシアの精神的風土を学ぶ入門書に最適!

これまでロシアの歴史イヴァン雷帝ピョートル大帝についてお話ししてきましたが、今回はロシア人の精神の由来について学ぶ入門書として最適な本をご紹介します。

著者の川端香男里かおり氏は1933年東京生まれのロシア文学者で、東京大学名誉教授を務められています。

以前当ブログでも紹介しました、ピエール・パスカルの『ドストエフスキイ』を翻訳しているのもこの川端氏です。

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では早速、この本の概要を見ていきましょう。

共産主義的ユートピアの夢は消滅し、二十一世紀のロシアはどこへ行こうとしているのか。著者は、好感・反感のいずれからにせよ、イデオロギー的に特別視する旧来の一面的なロシア観を斥け、文学・芸術の歴史から、都市と農村、民族・宗教・女性の問題まで、政治を決定してきたロシアの文化的風土を多角的に詳説する。日本にとって益々重要度を増す謎に包まれた隣国ロシアを知るための必携の好著。

川端香男里『ロシア その民族と心』裏表紙より

また、桑野隆氏による巻末解説でも次のように述べられています。

本書ではロシア文化のじつにさまざまな現象が扱われており、その範囲は文学、芸術はいうまでもなく都市、農村、風土、自然、民族、女性、宗教、フォークロア、旅、毛皮その他にまで及ぶ。しかもどの項目にかんしても、他の書ではなかなか見いだせないような興味深い内容や斬新な見方が伴っている。著者自身あとがきでも述べているように、たしかに、全体をとおして文学からの例が中心をなしているが、実際に(とりわけ十九世紀以降の)ロシアは「文学中心主義」であったわけであり、著者のいうように「ロシア文学の理解なくしてロシア理解はない」であろう。あるいはまた、本書を読んだ誰しもが改めて認識するであろうように、ロシア文化の理解なくしてロシア文学の理解もないであろう

本書の大きな魅力のひとつは、こうした文学と文化・社会の相互関係の捉え方にあり、都市、農村、風土、自然等々と作家やその作品との絡まり具合が、具体例を伴って説得力豊かに説かれており、読者はロシアの文化に接すると同時に、文学作品そのものの読書へも大いにいざなわれるにちがいない。

川端香男里『ロシア その民族と心』P267-268

解説に述べられていますようにこの本では「どの項目にかんしても、他の書ではなかなか見いだせないような興味深い内容や斬新な見方が伴って」います。

ロシアに関する本には文学論や思想論はたくさんあるのですが意外とこの本のようなロシア人の素朴な生活や気候、風土からその精神に迫っていく本は数少ないです。

ロシア人の精神がどのようなところにその根っこがあるかを知るのは非常に興味深いです。ましてそこからさらにロシア文学へと絡めてお話ししてくれるので非常にわかりやすいです。

以下、この本から印象に残った部分をいくつか引用していきます。

 ロシアという言葉を聞くと、果てしなく続く大地の広がり、大森林、ゆっくりと流れる大河というイメージが浮かびあがってくる。山あり谷ありで、少し歩けば景観が変わってきて、さまざまな多様性を見せる日本や西ヨーロッパと異なり、ロシアは国全体がひとつの平原であるというイメージがある。広大さと地形の単調さがロシアのひとつの特徴である。

 土地のこのような自由な広がりは、ロシア人に大きな自由の実感を与える。ロシア語のプラストール[Пластор,英語的表記にすればprostor]には、広々とした大地という意味と、自由、十分に活動できる余地という二つの意味があるが、西欧のどの言語にも対応する言葉のないこのプラストールという言葉ほど、ロシア人の自然感情を的確に表現する言葉はない。

 ロシアの美術史家でロシア文明論にもすぐれた著書を残しているウラジーミル・ヴェイドレという人は、広い海と広々とした大地を比較して、両方とも広がりという点では共通だが、心理的には大きなちがいがあることを指摘している。海はどんなに広くても、それを渡って行き着くことのできるはるかかなたの対岸を必ず感じさせる。海にかこまれている日本人やイギリス人(そしてかつてのギリシア人)は、海の向こうに何があるかすぐ考え、その対岸をめざして船出する。「海外へ雄飛」という発想は海洋国ならではのものだろう(ソビエト時代に入ってソ連は海洋国家をめざしたが、これは歴史的な大きな転換である)。

 ところが見渡すかぎりの大平原というものは、どこまで行っても同じように思え、それをどうにかしようなどという野心はおこさせない。大いなる自由な感情を与えてはくれるが、何かをする自由とか、新たな活動を求める自由ではなく、どこかへ消えしまう自由、どこか遠くへ行ってしまう自由、広大なる大地に埋没、没入する自由、わずらわしいことを忘れてしまう自由を感じさせるのである。この感情がロシア民謡の側々と迫るノスタルジアのうちにひびいているとヴェイドレはいっている。

川端香男里『ロシア その民族と心』P13-14

海に囲まれた日本やイギリスと広大な大地が延々と続くロシア。

国土の違いから見る国民気質。これは面白いです。

 一八〇四年(文化元年、十一代将軍家斉の時代)にアレクサンドル一世の親書をもってレザーノフが公式に日本を訪れて以来、ゴロヴニン、プチャーチン(この一行に作家ゴンチャローフもいた)など日本を訪れるロシア人も多く、明治維新を経て日露戦争に至るまで、ロシアはまさに日本の隣国として深いかかわり合いをもつことにる。この間の日露の交渉は、司馬遼太郎の一連の歴史小説に生き生きと描かれている。これらの小説を読むと日本人がロシアにどのようなイメージをもっていたかということを知ることができる。ある国に対するイメージというものは、時代によって、また状況によって絶えず変わってゆくものである。幕末から日露戦争にかけての日本の対ロシア・イメージは危険な国というイメージであったが、ロシア文学が日本でむさぼり読まれた時代には、日本人の琴線に直接ふれてくる身近な国というイメージであった。ソビエト革命は多くの日本知識人にとってユートピア的夢想を育む機会を与えた。労農ロシアとよばれた初期のソビエト体制が理想国のように描き出された時代もある。このようなイメージの変遷をさぐるということは、比較文化史ではmirage(ミラージュ〔幻影〕)の研究とよばれて、国民と国民、民族と民族の間の文化的精神的交流の質を測定する手段としてよく行われている。

 そしてロシアほど謎めいた国として、数多くの幻影(ミラージュ)をもたれた国はないであろう。ロシア人自身はこれらの外国からの眼差しに対しては批判的に対応するのがつねで、ロシアの独自性は決して外国人に理解されないという確信に似た考えをするロシア人の例はきわめて多い。たとえば詩人チュッチェフは次のように書く。

  ロシアは頭だけでは理解できない
  並みの尺度では計れない
  ロシアだけの特別の体躯があるから
  ロシアは信ずるしかない

外国人には理解できるはずがない―こういう感じ方は日本人も根強くもっているので、こういう作品を読んでいると、ヨーロッパというものを突きぬけて、日本との類縁を感ずることがある。

川端香男里『ロシア その民族と心』P13-14

チュッチェフのこの詩はロシアの謎について解説する時によく引かれるものですが、川端氏の解説はこれをさらに掘り下げて解説してくれるのでよりすっきりと理解することができるので非常にありがたいです。

最後にもう一つ引用します。

 厳しい冬、突然訪れてくる春の雪どけ、短くて華麗な夏、木々の紅葉(ただしロシア語では紅ではなく金と表現する)が描き出す黄金こがねなす秋―ロシアの四季を簡略に表現するとこういうことになるであろうか。この季節の移り行き、という時間的な軸にそった変化がロシアの自然を歌った詩でも最も重要なテーマとなる。

 自然はまた、大地、海、山、河、動物、植物という「空間的」な位相においても、その多様な姿を見せて人々の眼、心を楽しませる。自然を扱う視点にはさまざまな形があるが、ここでは時間と空間の二つの軸を中心に考えてみよう。

 日本の四季はそれぞれが時間的にも程よく配分されていて、平等の権利を主張しあっているように思える。ところが、北方のロシアの厳しい自然は、かなり様相を異にしている。本来的に農耕民族であったロシア人の自然観は農作業と密接に結びついており、春の雪どけから秋の霜にいたる短い期間に集約的な緊張した労働の季節を迎え、晩秋から冬にいたる長い時間にはゆったりとしたやすらぎを得る。動から静へ、緊張からやすらぎへ、極端から極端へと変わる大きなリズムをもっている。ゆったりとしていたかと思うとめまぐるしく激しくロシアの音楽の中に、その反映を見る人もいる。

川端香男里『ロシア その民族と心』P31-32

こちらは季節の変化からロシア人と日本人のメンタリティーの違いに言及しています。

この本ではこうした「都市、農村、風土、自然、民族、女性、宗教、フォークロア、旅、毛皮」など様々なテーマからロシア人の精神についてわかりやすく解説してくれます。

そして同時にそれらがプーシキンやドストエフスキー、トルストイ等ロシアを代表する作家たちとどのようにつながっているかも解説してくれます。

ドストエフスキーやトルストイというと小難しく哲学的なイメージがあるかもしれませんがこの本ではそのようなことはまったくありません。

気候や風土、文化という具体的で身近なものを題材にしたロシア精神の解説ですのでとても気楽に読むことができます。

ロシア精神を学ぶ入門書として非常におすすめです。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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