ルイス・ブレーガー『フロイト 視野の暗点』~フロイトの虚構と神話を指摘する、中立的なおすすめ伝記

ドストエフスキーとフロイトの父親殺し

ルイス・ブレーガー『フロイト 視野の暗点』~フロイトの虚構と神話を指摘する、中立的なおすすめ伝記

今回ご紹介するのは2007年に里文出版より発行されたルイス・ブレーガー著、後藤素規、弘田洋二監訳、大阪精神分析研究会訳の『フロイト 視野の暗点』です。

早速この本について見ていきましょう。

20世紀における偉大な人物フロイトを、著者(米国の現代精神分析研究所初代所長)が、多くの資料と新事実によって、フロイト自身がつくりあげた英雄的イメージである虚像にせまり、その背景を探る。フロイトの心の奥底にメスを入れ、フロイトを脱神話化した画期的な研究書であり、興味つきない伝記ともなっている。

Amazon商品紹介ページより

この伝記の著者ルイス・ブレーガーは現代精神分析研究所の初代所長であり、35年以上にわたり、精神療法家、精神分析家としての実践を積み重ね、夢、人格発達、文学的解釈などの精神分析理論を扱った膨大な量の論文や書物を著している人物です。

つまり、この本はフロイト側の精神分析家による伝記になります。ですが、この伝記は非常に公正です。フロイトの間違っているところや欠点もこの本ではかなり詳しく指摘され、英雄視したり神話化するような伝記ではありません。

その上でフロイトがいかにして世に出たのか、彼の特徴はどこにあったのかということを解説していく伝記です。これは非常にありがたいものでした。

この伝記の「はじめに」ではフロイトについて次のようにまとめられています。すでにこの時点でこの本が並々ならぬものであることがうかがえます。少し長くなりますがフロイトを知る上で極めて重要な箇所ですのでじっくりと見ていきます。

ジークムント・フロイト(1856-1939)Wikipediaより

フロイトの表情はたちどころに読み取ることができる。葉巻をくわえた聡明な白髪の天才で、髭は丁寧に手入れされており、仕立てのよいスーツと、あたかも人の心の奥底まで突き通すような眼力をもった精神分析家である。3頁の写真は今や誰もが知る六十歳代のフロイト像である。

しかしフロイトがこのイメージを作り上げる努カをしていたことは世に知られていない。それは長年にわたって彼が美化した私的伝説を統合したもので、彼の生涯像は一部真実であり、一部は虚構であって、事実と空想の入り混じったものである。

突き通すような眼差しも彼の学生時代の師であるエルンスト・ブリュッケとジャン-マルタン・シャルコーの二人から盗み取ったものである。

一八八五年までに医学部の学業をすべて終えたフロイトは二十八歳だったが、真に重要な研究を行う以前から、自分の生活の詳細を曖昧にすることに関心を抱いていた。

彼は婚約者のマルタ・べルナイスに「私は手紙、学術論文の抄録、自分の論文の原稿など、過去十四年間の記録すべてを破棄した……伝記作者たちを悩ませることになるが、彼らの仕事を楽にしてやろうという気持ちはない。『英雄の成り立ち』に関する彼らの意見は個々には正しいあろう、しかし私はすでにそれらが本筋からそれてゆくのを眺めているのが楽しみだ」と書き送っている。彼は自己分析の間の重要な手紙を破棄するために、一九〇七年から死ぬまでの間に何度も自分の論文を破棄している。

婚約者への手紙から、自分自身を有名にするはずの研究がなされる以前ですら、伝記作者による年代記にその生涯が載るであろうような英雄として、自らを思い描いていたことが明らかとなる。
※適宜改行しました

里文出版、ルイス・ブレーガー、後藤素規、弘田洋二監訳、大阪精神分析研究会訳『フロイト 視野の暗点』 P1ー2

フロイトは自分の過去を知られ、自身が分析されることを嫌いました。これは裏を返せば、他者によって精神分析を自分に適用されると「我慢ならない事態」が生ずることを予想していたということになるかもしれません。精神分析がどのようなものか一番わかっているフロイトだからこその行動だったとも言えるのではないでしょうか。

長じても彼は名声を求め、どの理論よりも勝れ、偉大な人物として自らの地位の安泰を保証するような理論を打ち立てようとした。この欲望は幼少期における英雄との同一化とその起源を一にする。貧困、失敗、人生早期の喪失体験の克服を願ったのである。新たな英雄としての自己の創造には自らのルーツの抹殺が必要であり、それゆえに彼は記録を抹消し、自分の歴史の多くを偽造したのである。

新たな英雄的自己を創造するに際し、フロイトは感嘆すべき自分の文学的才能を頼った。本と想像の世界に住んでいた幼い少年は、説得力のある隠喩と美辞麗句を用いて論を構築する感動すべき散文で自らの考えを表現しうる堂々たる名文家となった。

彼が最も力を注いだのは文筆活動であるが、演技に対しても多大の情熱を注ぎ込んだ。

彼の著作は全部で二十三巻に、そして手紙の数は膨大なもので二万通にも及ぶ。フロイトは精神分析活動の歴史のみならず、自分個人の歴史をも捏造した。彼はこれが非常に得意だった。

今日も多くの人たちが、彼の作り上げた文脈の中でその考えを支持したり攻撃したりすることにいそしんでいる。かくのごとく、彼の文筆力はこれら論争の用語を定義し続けているのである。

フロイトにより創りあげられた精神分析は、その一部を神経症患者の観察に、しかしその多くは三十代後半から四十代前半に至る間に行われた自己分析に依拠しており、それはべルリンの内科医であり近しい友人のヴィルヘルム・フリースに宛てた手紙で打ち明けられたものである。

彼は自分自身の夢を用いて自己を分析した。その多くは自分自身最も重要なものとして『夢判断 The Interpretation of Dreams』に記録したものである。

彼の伝記を書いたほとんどの人たち―その他の偉大な人たち―は、自己分析を彼独特の英雄的な行為であると述べている。

フロイトが自分自身の心の暗黒面へと深く入り込み、彼の同時代の臆病な人たちがあえて目を向けなかった人間のこういった側面に向き合ったとして、彼らはフロイトを誠実で勇敢な探検家であると感じているのである。

言い伝えによれば、この内に向けての旅の間に、フロイトは自らの禁じられた欲求と出会い、それらを暴露し、結果としてヴィクトリア時代における性的偽善の仮面を剥ぎ、そしてかつエディプス・コンプレックスを発見―あるいは発明―し、それを即座に不変の法則へと祭り上げた。少年はすべて母親を渇望し、それが彼らの父親との競合的戦いへと導くのである。この状況における葛藤、恐れ、そして罪悪感は、彼自身と彼の患者も含め、成人の症状と不安に関する主たる説明概念となった。
※適宜改行しました


里文出版、ルイス・ブレーガー、後藤素規、弘田洋二監訳、大阪精神分析研究会訳『フロイト 視野の暗点』 P3-4

フロイトは自分の内面を自己分析し、精神分析の理論を作り上げ、性理論やエディプス・コンプレックスなどを発明しました。(なぜ「発見」ではなく「発明」と言うかはこの本を読めばその理由がわかります)

そしてそれら「普通の人なら目を背けようとする事実」と向き合ったフロイトは英雄として自らを位置づけるようになります。

ですがこの引用を読めば見えてくるように、フロイトは自己の欲求や内面の問題を自分だけの問題ではなく、人間に普遍的な科学的事実だと宣言しました。つまり、自分の性的な欲求やエディプス・コンプレックスは、自分が異常なのではなく、人間の真の姿なのだと述べたのです。

「このおぞましい真実に対し、普通の人は目を背けて上辺だけ上品ぶっているが、私は違う。私は人間の深淵を見つめたのだ」

これは、フロイトは自分の内面から作り上げた分析をあえて発表し、それが人間すべてに当てはまるという理由で自己のあり方を弁護したとも言えるのではないでしょうか。

ですが、それには問題がありました。そもそもこの理論そのものが人間に普遍的にあてはまるものではなかったのです。引き続き本文を見ていきましょう。

フロイトの初期の精神分析研究は、自己分析と共に、深遠な発見と輝かしい洞察において全盛をきわめていた。彼は多岐にわたる性的な葛藤を明らかにし、幼少年期の情緒状態に光を投げかけた。

夢を解釈する技法を進歩させ、神経症症状から日常的な出来事にわたる多くの無意識的な表出を説得力のある表現で記述した。これらの理論に加え、フロイトは治療法を進歩させ、現代精神療法の先駆者となり、そこから実に多くの精神療法が開花していった。彼は十九世紀の偉大な科学理論に似せて、これらすべての理論と技法をひとつのシステムとしてまとめ上げたのである。

このような輝かしい貢献に伴って、過度の一般化と、最初から精神分析にとって災いの元となる個人的な偏見とによる誇張に満ちた理論が出来上がった。

それらはエディプス・コンプレックスの普遍性、すべての人間行動を支配する力としての性愛性、すべての女性が自らに欠如している男性性―ぺニス羨望の理論―を求めており、男性にとって最も恐ろしい不安はその内なる女性性―無意識的な同性愛願望の理論―であるといった信念である。

これら過度の一般化や誇大理論は偉大さに対するフロイトの願望によってエネルギーを注ぎ込まれたもので、それは力に満ちた英雄的科学者たらんとする彼の試みであった。

これらの考えに関して納得のゆく証拠はどこにもない。これらは元来彼の要求と個人的な盲点から湧き上がったものである。

フロイトの自己分析から生じた彼自身の子ども時代の説明―つまり彼は自分の母親を渇望し、力強い自分の父親と戦う若いエディパルな戦士であり、性愛性は彼の恐れと症状の根源―であって、後に彼が精神分析の正統思想に組み込んだ創作であり、彼自身の人生における耐え難い心の傷と喪失を覆い隠すための私的解釈なのである。

フロイトを脱神話化すること―彼が作り上げた英雄のイメージの裏に隠れた、精神分析的伝承における福音として通用する真実を見通すこと―で、彼のあらゆる人間的な複雑さの中に真の姿が浮かび上がるであろう。

彼は功多き人であると同時に重大な失敗を犯す弱者でもあり、驚くべき独創性と教義に対するかたくななまでの執着とを兼ね備え、人間生活の最も奥深い部分を詳細に記述することに没頭する一方、自らを包み隠すことで奇妙にも他者から遠ざけ、鋭い内省力をもつにもかかわらず、自分が他者に与える影響には疎い人物であった。
※適宜改行しました


里文出版、ルイス・ブレーガー、後藤素規、弘田洋二監訳、大阪精神分析研究会訳『フロイト 視野の暗点』 P4-5

「これらの考えに関して納得のゆく証拠はどこにもない。これらは元来彼の要求と個人的な盲点から湧き上がったものである」

フロイト理論の問題はここにあります。彼は自身の理論をニュートンやケプラーのような科学的なものと見なそうとしていましたが、実際にはその理論に根拠はありません。それは彼の想像の産物なのです。ですがそれでもなお彼の理論は多くの人々を惹きつけました。

そのことについては前回の記事でもお話ししましたが、彼の語る物語には圧倒的な面白さがあり、説得力があったのでした。

この伝記でも彼のそんな物語生成能力が語られています。

そのひとつは有名な症例「ねずみ男」に関するものですが伝記作者は次のように述べています。

分析の過程でフロイトは、鼠に関する徹底的な用語解説を展開した。鼠は賭け事が好きだった父親自身を表わしている(gamblerはドイツ語でSpielratteであり、それは文字どおりには「gambling rat」である)。

また鼠は、お金であり、またぺニスでもある。また鼠は、特に性的な意味合いをもつ梅毒など、病気をまん延させる不潔な動物であり、そして鼠は子どもたちである。というのは、エルンストは三人の姉と弟と妹を一人ずつもっており、その兄弟たちの幾人かは子どものころに、彼の性的なゲームに加わっていたからである。

そして最後に、鼠はこの患者自身である。というのは分析の重要なある時点で、エルンストは、彼が子守り女に噛みついたために、つまり汚らしい子鼠のように振る舞ったために、父親から厳しく罰せられたということを思い出したからである。

フロイトのこの発表をザルツブルク学会で聞いた聴衆は、ねずみ男の神経症の神秘を解き明かす彼の精神分析的解釈の使用の巧みさに畏敬の念を抱いた。フロイトが意味のないように見えるものから意味を見つけ出したという事実、患者の混乱した精神の産物に秩序をもたらすことができたというその事実は、きわめて感銘を与えるものであった。
※適宜改行しました


里文出版、ルイス・ブレーガー、後藤素規、弘田洋二監訳、大阪精神分析研究会訳『フロイト 視野の暗点』 P 253-4

あるひとつの事象から連想に連想を重ね物語を生成していくフロイトのスタイルがここから見て取れます。そしてその巧みさに驚く聴衆のあり方が当時のフロイトの人気の秘訣を示しているのではないでしょうか。

そしてもう一点。次は弟子のアドラーとの対比で語られる箇所です。こちらもフロイト理論が世に流行る理由を示したものです。

フロイトは服装や外観にたいへん気を遣ったが、アドラーは気にかけずに気ままだった。このような対比は考えを書いたり述べたりする際にも認められた。

議論を組み立てたり自分自身の目的に添って経緯を説明したりすることに生涯長けていたフロイトは、その技能をアドラーとの決裂に関する自分の観点を構成する際にも用いている。

さらに二人は自分の考えを表現するのに用いる語彙が非常に異なっていた。アドラーは「劣等感」とか「代償」とか「愛」とか「力」といったような日常語で書いたり話したりしたのに対し、フロイトは「リビドー的工ネルギー」とか「メタ心理学」とか「死の本能」といった術語を用い、それによって心理学的な観察を疑似生物学的な推量と結び付けて自身の理論に深淵で深みのある雰囲気を与えた。
※適宜改行しました


里文出版、ルイス・ブレーガー、後藤素規、弘田洋二監訳、大阪精神分析研究会訳『フロイト 視野の暗点』 P 278

「フロイトは「リビドー的工ネルギー」とか「メタ心理学」とか「死の本能」といった術語を用い、それによって心理学的な観察を疑似生物学的な推量と結び付けて自身の理論に深淵で深みのある雰囲気を与えた。」

この箇所は非常に重要な指摘です。

これが現代でも、特にメディアや本などでフロイト理論が大いに権勢を振るう大きな理由であると思われます。

フロイトの用語を使えば何か権威があるように聞こえてくるのです。

そこに明確な根拠があろうとなかろうと関係ありません。

言葉そのものの魔力がそこにはあるのです。

文学に長けていて、人を動かす言葉の使い方に天才的な力を発揮したフロイトの特徴がここに凝縮されていると思います。

これは上に紹介した記事にもありましたように、マルクスもそうでした。やはり二人が世界に影響を及ぼしたのにはこうした能力が大きく影響しているものと思われます。

この伝記はそうしたフロイトの実像に迫っていく作品です。

何度考えてみても驚きなのですが、これを書いたルイス・ブレーガーが現代精神分析研究所の初代所長という、いわば身内側の立場であるということです。

この本を読めばわかるのですが、彼はフロイト理論に対してかなり厳しく批判を加えています。

ですが、そうしたフロイトがいたからこそ現在も精神分析は存在し、過去の批判を乗り越えて今の学問があると主張しています。

過去の誤った箇所を隠し、神話化するのではなく、あえてその間違いを指摘しフロイトの実像に迫ろうとするこの本は非常に貴重であると思います。

フロイトとはいかなる人物だったのか、フロイト理論はなぜこんなにも人々を惹きつけたのかということを学ぶのにとてもおすすめな伝記です。非常に刺激的な作品でした。

以上、「ルイス・ブレーガー『フロイト 視野の暗点』~フロイトの虚構と神話を指摘する、中立的なおすすめ伝記」でした。

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