V・ハヴェル『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』ソ連抑圧下の未来のチェコ大統領の監獄からの書簡集

カフカの街プラハとチェコ文学

ソ連抑圧下の未来のチェコ大統領の監獄からの書簡集~ヴァーツラフ・ハヴェル『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』

今回ご紹介するのは1995年に恒文社から発行されたヴァーツラフ・ハヴェル著、飯島周訳の『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』です。

早速この本について見ていきましょう。

劇作家V・ハヴェルが、幽囚の遍歴の旅から妻へ宛てて書きつづけた特異な記録文学!

現チェコ共和国大統領ハヴェルは、かつて社会主義政権下で反体制運動家として逮捕され、四年余の囚人生活を余儀なくされた。執筆行為を禁じられた獄中で、不条理と闘いなから、愛妻オルガへの手紙に自己表現の機会を得た作家か赤裸につづる、人生諭、芸術諭、哲学論をも兼ねた話題の書簡集!

恒文社、ヴァーツラフ・ハヴェル著、飯島周訳『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』帯より

劇作家ヴァーツラフ・ハヴェルは社会主義政権下で反体制派として迫害され続け、投獄されていました。しかしこの人物は後の1989年のビロード革命で大きな役割を果たし、チェコの大統領になります。

そんなハヴェルの貴重な書簡をこの本では読むことができます。

では、より詳しくこの本について見ていきましょう。

本書は、現チェコ共和国大統領ヴァーツラフ・ハヴェル(一九三六~)が、かつて社会主義政権下において反体制運動家として逮捕され獄中にあった時、愛する妻オルガに書き送った書簡集『オルガへの手紙』(Dopisy Olze)の日本語訳である。

周知のように、ハヴェルは劇作家であり、その経歴については、巻末の年譜にやや詳細に記されているが、非人間的な社会主義体制には抵抗せざるを得ず、きびしい監視下におかれて、さまざまな弾圧を受けた。その抵抗の最大の部分は、一九七七年一月に人権擁護の立場で結成された「憲章77」の運動であった。この運動のため、ハヴェルは七七年十月には「国外における共和国の利益損傷謀議」の罪で懲役十四カ月、保護観察三年の判決を受けた。しかしそれにも屈せず、翌七八年四月には「憲章77」のメンバーを中心とする「不当被訴追者擁護委員会」(VONS)を組織し、積極的に行動した。

その結果、七九年五月二十九日、ハヴェルは「憲章77」の主要メンバー六人中の一人として、プラハのルズィニェの拘置所に勾留された。そして前回よりはるかに重い「共和国転覆行為」の罪名で告発され、同年十月二十三日に懲役四年半の実刑判決を受け、十二月二十日、最高裁判所はその判決を確定した。

やがて翌八〇年一月七日、ハヴェルは北モラヴィアにあるオストラヴアのへジュマニツェ刑務所に収監され、本格的な囚人生活を送ることになった。八一年六月には病気のため一旦、プラハのパンクラーツ監獄病院に移り、つづいて西チェコのプルゼニュ(ピルゼン)=ボリへ転籍、八三年一月に再度、病気のためプラハのパンクラーツ監獄病院へ入院、健康上の理由という名目で刑期中断、民間病院に移り、三月四日には在宅介護となり、実質的な刑期短縮措置を得たのである。

これは、ハヴェルに対する国内外の連帯表明と支援によるもので、ハヴェル自身もあちこちでこの点に触れている。

いずれにせよ、この長期にわたる獄中生活で、作家の生命とも言うべき物書きが許されていたのは、ただ、家族への手紙の場合だけであった。ハヴェルはこの機会を十分に利用したが、妻オルガに宛てられた膨大な量の手紙は友人ヤン・ロパトカによって編集され、一九八三年一月、プラハで地下出版された。これがチェコ語の原版となり、二年後にはトロントの「68出版社」からポケット版の写真入りの形で公刊され、さらに各国語に翻訳されて評判となった。(中略)

さまざまな制約の中で書かれたこの書簡集は、やや難解な点もあるが、塀の中の具体的な生活と高度な哲学的思考、その他多くの要素が混在する、すぐれた人間記録とも呼ぶべき、特殊な持ち味の作品になっている。とりわけ、全体を通じてなまなましく感じられるハヴェル大統領の人間性と、それを支えている、いわば姿なき主人公オルガ夫人の存在は、わが国の読者にとっても、強い印象を与えるであろう。

恒文社、ヴァーツラフ・ハヴェル著、飯島周訳『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』P1-3

この書簡は唯一牢獄で許された物書きでした。

ですが、厳しい検閲があるため自由に書けるようなものではなく、そもそも没収されてしまうことも多々あったそうです。

ですのでこの手紙に書ける内容というのはかなり制限されたものになります。ハヴェルはそんな制限の中でも必死に言葉を紡いでいきます。ぎりぎりのところでいかに表現するべきか、そんな苦心がこの書簡集から感じられます。

監獄では自由な時間もなく、肉体的にも精神的にもかなり厳しい状況で極わずかな時間を見つけてこの書簡は書かれています。病気にも襲われ、かなり辛そうな状況が彼の言葉からも感じられます。それでも精神を奮い立たせ、前向きに書き続けるハヴェル。時系列順にこの書簡集は掲載されていますので、ハヴェルがどのようにこの刑期を過ごしていたかをこの本で知ることになります。

この記事では、その中でも特に印象に残った箇所をここで紹介したいと思います。

カフカ的な不条理な現実

きょう、ぼくにはすべてが正真正銘の不条理な経験だと思える。それはカフカの注意深い読者だったら、よく理解するはずだ

恒文社、ヴァーツラフ・ハヴェル著、飯島周訳『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』P90

この箇所は1979年大晦日の手紙から引用です。

監獄での日々はカフカのような不条理な経験だとハヴェルは述べます。プラハと言えばカフカ。『変身』や『審判』など不条理な世界を描いた作品で有名です。ハヴェルはこの監獄での生活をまさしくカフカ的だと述べるのです。カフカの国の文学者ならではの言葉ですよね。

また、1982年2月20日の書簡では次のようにも述べています。

愛するオルガへ

まず最初に、ぼくは生まれるべくして生まれたという事実があるが、幼児の頃の経験もあり(いつかそれについて書いたことがある)、さらに、のちに避けられなかった経験もあり、そのため必然的にぼくの感情の中に一種の形而上学的なのけ者意識(ぼくはブルジョワの子弟として、周知のように階級闘争の永久の対象だった)がある―これらすべてが、ぼくの世界との関係におけるもっとも深いレべルのどこかに、実存的な不確実性の動機がかなり強く存在するように仕向けているのは明らかだ。ぼくとぼくの周囲とのあいだに障壁があるという昂揚した感情、ぼくに対してなにかをたくらんでいるということから生ずる周囲への不信感。それは、この陰謀行為が正当化されるのではないかという恐怖と、つまりなにか一般的な有罪感と結びつく。そこから生ずる自分自身への不信、奇妙な羞恥、場違いな困惑、権威に対する度はずれな敬意、不器用さ一般に対する感受性の高まりと自分自身の不器用さに対する恐怖心の強まり、自分が投げ込まれる予見できぬ情況と、その情況に対処する能力のなさについての神経症的な不安。―それらが、あの深い不確実感の付随的な症候もしくは結果である。これらは、ぼくの書くものの傾向と比較的透明に結びついている感情のグループに関係すると思う。いつも十分に強く注意していたのは次のようなことだ。―世の中からの人間の疎外、人間性の剥奪と〝物事の秩序〟についての無理解、空白、社会的メカニズムの自己目的性と無意識な残酷性。もろもろの統御からの物事の脱却。物事の崩壊、または逆に不条理なまでの発展。機械化された生活環境における人間的実存の喪失。不条理の当然のごとき合法化〝現実的なもの〟の見せかけと〝重要なもの〟のおかしさ、などだ。世界についてのこの経験は(多くの点でカフカの経験とよく似ているが)、たとえなにを書こうとも、ぼくの表現したものに、明確に見られるだろう。

恒文社、ヴァーツラフ・ハヴェル著、飯島周訳『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』P451-452

この箇所ではハヴェルの内面とカフカ的なもののつながりが書かれています。

ハヴェルはかなり裕福な家に生まれでした。ですので子供の頃から普通の子供たちとの「距離」を感じざるをえず、さらにはいじめにもあっていたそうです。しかも、共産主義においてはブルジョワは労働者の敵とされます。彼は常に社会からのけ者にされ、自分は彼らと違う場所にいるという感覚に苦しんでいたのでした。

そんな感覚があるからこそ彼は文学者、劇作家として表現し続けていると他の箇所でも述べています。彼の芸術家としての原点と言いますか、その奥底にある精神性がこの箇所では感じることができました。

プラハ人において、特にハヴェル的な人間にとってのカフカという存在の大きさを感じます。

この書簡集では奥様とのプライベートなやりとりや、監獄生活の様子、ハヴェルの観察、思索、エッセイ風文章など様々な手紙を読むことができます。

彼が苦しい監獄生活の中で机に向かって黙々とこの書簡を書いている姿を想像して私はこの本を読みました。ソ連抑圧時代に必死に抵抗したハヴェルの人間的大きさには頭が上がりません。

プラハの春からビロード革命への過度期を戦ったハヴェルの姿を知ることができる興味深い1冊でした。

以上、「V・ハヴェル『プラハ獄中記―妻オルガへの手紙』ソ連抑圧下の未来のチェコ大統領の監獄からの書簡集」でした。

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