トム・ストッパード『ロックンロール』あらすじと感想~クンデラやハヴェルに影響を受けた名作劇

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トム・ストッパード『ロックンロール』クンデラやハヴェルに影響を受けた名作劇

今回ご紹介するのは2010年に早川書房より発行されたトム・ストッパード著、小田島浩志訳の『ロックンロール』です。

早速この本について見ていきましょう。

「で、ケンブリッジでは、どうして本当の君ではない人間の振りをしてたんだ?」1968年、留学生ヤンは愛するロックを守るため、ソ連軍の侵攻にゆれる故郷プラハに舞い戻る。数年後、そんな彼の元にかつて訣別した恩師の英国人、マックスが現われ……世界に〈解放〉をもたらすのはロックか、それとも共産主義か。激動の20年を経て、2人の運命は数奇に絡み合ってゆく。ストーンズほか時代を抉る名盤で綴る異色の政治叙事詩

早川書房、トム・ストッパード著、小田島浩志訳『ロックンロール』 裏表紙

この作品はチェコ生まれの劇作家トム・ストッパードによる劇作品で、日本でも2010年に市村正親さんを主演に迎えて公演されています。

この作品の内容に入る前に著者のトム・ストッパードのプロフィールを紹介します。

トム・ストッパード


劇作家、脚本家。1937年チェコスロヴァキア生まれ。幼少期にドイツの侵攻を逃れ、両親とシンガポールに亡命。その後日本の侵攻に際し、母と兄とともにインドに疎開(あとに残った父は殺害された)。母の再婚相手である英国軍人の姓を受け、英国へ移住。17歳で新聞記者の職を得た後、テレビやラジオのシナリオ執筆を開始。66年『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』で脚光を浴び(68年トニー賞最優秀作品賞。90年に自身の監督・脚本で映画化)、以降話題作を次々と発表。一見難解な哲学的主題を、ウィットに富んだセリフと軽妙なユーモアを交えて語る作風で有名。自作のほかチェーホフ作品等の翻案も手掛ける。2002年初演の『コースト・オブ・ユートピア』で07年トニー賞最優秀作品賞など7部門を受賞。映画脚本も多数担当し、98年『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー賞最優秀脚本賞受賞。78年CBE勲章受章、97年にはナイトに叙せられる。09年、第21回高松宮殿下記念世界文化賞受賞。その他の劇作に『リアル・シング』(82年)などがある。


早川書房、トム・ストッパード著、小田島浩志訳『ロックンロール』

トム・ストッパードはチェコスロバキアに生まれるもナチスの侵略で故郷を離れ、そこから最終的にイギリス人となります。

ですので故郷のチェコスロバキアは彼にとって非常に重要なものでありました。そんな彼がソ連に抑圧されたプラハを描いたのがこの『ロックンロール』という作品になります。

実は前回の記事までで紹介したチェコの大統領ヴァーツラフ・ハヴェルやミラン・クンデラの作品に彼は強い影響を受けていて、本作はこの二人なくしてはありえない作品となっています。

では、具体的にハヴェルやクンデラがどのようにこの作品に関わっているかを見ていきましょう。少し長くなりますが、この作品の重要性を知る上でカギとなる部分ですのでじっくり見ていきます。

著者によればこの作品の主人公ヤンは原稿執筆の初期段階ではトマーシュという名だったそうです。というのも著者トム・ストッパードのファーストネームからそれは取られていたそうです。ですが、トマーシュという名はミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』の主人公の名でもあります。そこで彼は読者に誤解を与えないためにも主人公をヤンという名に変更したのでありました。その流れをふまえた上で著者の言葉を聞いていきましょう。

『ロックンロール』が完成するにつれて、私自身との繋がりは随分ゆるいものとなり、また別の理由から、誤解を招く恐れも出てきた。と言うのも、ずっと私の心の中にはもう一人別のトマーシュもいたからだ。すなわち、ミラン・クンデラの小説『存在の耐えられない軽さ』(The Unbearable Lightness of Being)のトマーシュである。

この小説の中で、トマーシュが、ワルシャワ条約機構の軍事介入に続くフサークの「正常化体制」によって投獄された政治犯たちへの赦免請願書に署名を拒む場面がある。戯曲の中で、ヤンがこれと本質的に同じ事態に対する同じ趣旨の請願書に署名を求められた時、彼の見せる反応は、その骨子においてクンデラのトマーシュから直接引いたものだ―

ヤン いや、しない。どうせこんなものじゃフブルとあとの二人は救えやしないし。そもそもこの請願書の本当の目的は彼らを救うことですらないんだから。これは、フェルディナントとその仲間たちが、自分たちも無力ではないんだと自己満足を得るためのものだ。つまり、単なる道徳的自己顕示欲。……あいつらがやってることは、刑務所に入れられた人たちの不幸を利用して自分たちの注目を集めてるだけだってこと。もしそんなにフブルたちの家族が心配なら、自分で行ってその家族の面倒をみてやればいいんだ。〔事態を―自分たちでもわかってるくせに―さらに悪化させるような真似をするんじゃなくて。〕(最後の一文は、その後、戯曲の中では削除された)

しかしながら、もともとこれの基となったのは『存在の耐えられない軽さ』ではなく、それより数年前にクンデラとヴァーツラフ・ハヴェルの間で繰り広げられた論争である。トマーシュの(今ではヤンの)「道徳的自己顕示欲」批判だけでなく、活動家の友人フェルディナントとの口論におけるヤンの言い分もそれを基にしている。この時ヤンは、「プラハの春」は決してロシアの侵略によって「敗北」したわけではないと主張する。

「新しい政治が、この恐ろしい紛争を乗り切ったのだ」と、当時クンデラは書いた。確かに、後退はした、が、崩壊したわけではなかった、潰れたわけではなかったのだ」と。知的生活は足枷をはめられはしなかった。警察国家が「刷新」したわけではなかったのだ。

クンデラのエッセイー題名は『チェコの運命』、あるいは「チェコの置かれた立場」と言うべきか―は、一九六八年十二月、侵略から四年後に出版された。(※ここは4カ月後の誤り、あるいは年号の誤りではないかと思うのですが本文のまま書きました。ブログ筆者より)そもそもこれが出版されたという事実がここに書かれている主張を立証しているようにも思われた―

ヤン 今度こそこの国は自分たちにとって一番いい形を見つけたってことだ。これまで何百年にわたってさんざん力の強い国に虐げられてきたが、今回は運命を拒んだんだ。

だが、ハヴェルはこれに与さなかった。大災害は道徳的勝利とは違う、それに、「運命」にしたって、クンデラは不可思議な自己欺瞞に陥って、明白な事実と向き合うことを拒んでいる、とハヴェルは書いた。戯曲の中では、フェルディナンドがもっと簡潔かつ乱暴にこう言っている―「そんなもん、運命のわけねぇだろ、バカ。近隣諸国が介入するのは、もし我々がうまいことやったら、自分んとこの奴隷たちも反乱を起こすんじゃないかって心配だからだ」

数カ月後、クンデラは反撃した(「道徳的自己顕示」だと)。断わっておくが、もし、この戯曲が二人の議論を正確にそのまま展開したものだと思われるとしたら、二人とも不満に思って当然である。劇作家は、危険を覚悟でエッセイストになるもの。危険なことだ。この戯曲では、数年後にあるインタヴューの中でハヴェルの放った最後の一矢をちゃんと勘定に入れていない。

「署名をしなかった者や署名を取り下げた者はみな、クンデラの小説のトマーシュと似たような意見だった……当然、大統領〔フサーク〕は特赦を認めなかった。そのため、ヤロスラフ・サバタやミラン・フブルやその他の人々は牢獄に留まって悶悶とすることになり、我々の品性の美しさばかりが脚光を浴びた。だから、我らが批評家諸君は正しかったのだ、と歴史が証明しているかのように思われる。だが、本当にそうだったのだろうか?違う、と思う。囚われた者たちは、長年にわたる牢獄生活からようやく解放されてきた時、一様にこう言った―あの請願書が大いに慰めになった。おかげで、獄中にいることにも意味を感じることができた―壊した団結心を再建する助けとなった……だが、これにはもっとずっと深く重大な意味があった―国民の意識が再びシャンとしていく過程の先鞭を務める結果となったのだ。これこそ、「憲章七七」の先触れである……」

早川書房、トム・ストッパード著、小田島浩志訳『ロックンロール』 P12ー16

少しややこしい文章かもしれませんが、チェコを代表する二人の作家クンデラとハヴェルの激しい論争が基になりこの作品は出来上がっています。

クンデラはプラハの春の後にフランスへ亡命し、そこで作家として輝かしいキャリアを残します。

それに対してハヴェルは反体制派の活動家として自分の職や作家活動などあらゆるものを失いながらも抵抗を続けていました。

そうした中で上の解説で問題となっていたのはハヴェル達反体制派の人たちが公の場で逮捕者の開放を求めたことをクンデラが「それは自己満足だ」と批判したことにあります。

クンデラ曰く、「いくらそんなことをしても彼らは釈放されたりはしない。それでもあなた達がやろうとするのは、彼らの不幸を利用して善良な自分たちに注目を集めようとしているからではないか。もし本当に彼らのことを思うなら彼らの身内を支援すればいいではないか。それならあなた達にもできるだろう」と。

こうした反論に対してハヴェルは反論したのでありました。それは引用の後半部分に当たります。

プラハの二大作家とも言えるこの二人の論争は非常に興味深いです。片やパリで名声を博し、片や抑圧下のプラハで投獄までされながらも抵抗を続け、後には大統領にまでなる。

この二人の対称ぶりはプラハの春以後の状況を考える上で非常に重要なものがあると思います。

知名度から言えば『存在の耐えられない軽さ』で有名なクンデラが圧倒的でしょう。

ですが、今回私はプラハの春の歴史を学んでいく上で惹かれたのはやはりハヴェルです。特に彼の『力なきものたちの力』は圧倒的な衝撃でした。

トム・ストッパードの『ロックンロール』はこうした二人の論争と、さらには抑圧下のプラハの雰囲気を絶妙に表現しています。

本当はもっともっとお伝えしたいことがたくさんあるのですが長くなってしまうのでここまでとさせて頂きます。

プラハの春についてもっと知りたい方、ハヴェルやクンデラについてもっと知りたい方にはぜひおすすめしたい作品です。

以上、「トム・ストッパード『ロックンロール』あらすじと感想~クンデラやハヴェルに影響を受けた名作劇」でした。

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