H・アルトハウス『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』ヘーゲルの人となりに迫る新たなるヘーゲル伝

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H・アルトハウス『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』ヘーゲルの人となりに迫る新たなるヘーゲル伝

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今回ご紹介するのは1999年に法政大学出版局より発行されたホルスト・アルトハウス著、山本尤訳の『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』です

早速この本について見ていきましょう。

内容(「BOOK」データベースより)

その日常生活と家族関係、三度の外国旅行などの知られざるエピソードを織り混ぜながら、人間臭くかつ小市民的ですらある教師像、矛盾と謎に満ちた哲学者の相貌とともに、「哲学の英雄時代」の群像を生き生きと描く。生活史の地平から哲学史の理解へ、待望の大ヘーゲル伝。

内容(「MARC」データベースより)

ヘーゲルの日常生活と家族関係、三度の外国旅行などの知られざるエピソードを織り混ぜながら、人間臭くかつ小市民的ですらある教師像、矛盾と謎に満ちた哲学者の相貌とともに「哲学の英雄時代」の群像を生き生きと描いた書。

Amazon商品紹介ページより

この伝記はヘーゲルの思想だけではなく、その人となりに注目してその生涯を描いていきます。

前回紹介したローゼンクランツの『ヘーゲル伝』は古典としてあまりに評価が高く、その後他の作者がヘーゲル伝を書くことをためらうほどの完成度だったとされています。しかし今作の著者アルトハウスはそんな困難な作業に立ち向かうことになります。

訳者あとがきではこのことについて次のように述べています。

ローゼンクランツの『へーゲル伝』の訳者は「これを凌駕し得るようなへーゲル伝はこの後に事実として書かれなかったし、今後もおそらく現われないであろう」と言っているが、先達の優れた業績を前に誰しも尻込みしていたのであろうか。ショーぺンハウアーやハイデガーの伝記を書いたザフランスキーにしても、「今日、ヘーゲルの伝記を書くことはある意味では大胆不敵なもの」と考えて、さすがにこれには手をつけずにいた。

それに、偉大な哲学者の伝記を書こうとすると、つねに厳しい批判を覚悟しなければならないこともある。哲学者について何事かを知らせてくれるのは、彼の思索の内容、その著作であり、彼の生活ではない、彼の著作こそが彼の生活であって、伝記的な記述ではそれが必然的に歪められるというのである。

へーゲルの哲学にしても、それを実際に理解するためには、へーゲルの原文に立ち返ることが唯一可能な道で、それを伝記でもって補うことはできないとしてである。そこには「偉大な思索家」を人間的次元から切り離して、聖者の列に祭り上げようとする意向があるのではなかろうか。

そうだとすると、ローゼンクランツ、ハイム、フィッシャー、ディルタイなどの伝記はどうなるのであろうか。偉大な哲学者の実生活への興味もさることながら、その実生活から思想内容を知るための糸口が見つかるのではなかろうか。と考えて、ローゼンクランツ以下の伝記がへーゲルを知るために果たした役割を認めたとしても、それでも、一世紀以上も前に書かれたそれらは、今は歴史的な興味を呼び起こすことはできても、現代の要求にはもはや沿えないと言わざるをえない。

というのも、彼ら先達のへーゲル理解には、マルクス、エンゲルス、レーニン、さらにはスターリンや毛沢東、そしてブロッホ、レーヴィット、サルトル、アドルノなど、あるいは多くのへーゲル研究者によって決定的な変更が加えられていることにも増して、その後ヘーゲル文献学の地道な努力で当時は知られていなかった書簡やさまざまな同時代の証言が続々と発見されてもいて、そこには事実上埋められねばならない間隙が無数にあるからである。そしてへーゲルはその後に及ぼした影響を考えながら読むとうまく読めるという意味でも、いつの時代にも、その時代のへーゲル伝が新たに書かれねばならないのではなかろうか。
※適宜改行しました

法政大学出版局、ホルスト・アルトハウス、山本尤訳『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』P635-636

この引用のはじめに出てきたザフランスキーと言えば現代ドイツを代表する伝記作家で当ブログでも紹介しました。

彼の伝記は当時の時代背景をわかりやすく解説し、なぜその思想が生まれてきたのかということを解き明かしてくれます。そのため、思想そのものを知らない読者でもその人の人となりや時代背景からその思想を学んでいくことができるので非常に興味深い伝記となっています。

そんなザフランスキーですら書くのを躊躇するのがこのヘーゲルという人物だったのです。個人的にはザフランスキーにはぜひ書いてもらいたいと思ったのですが、その前にアルトハウスがこの作品においてそうしたヘーゲルの人となりに迫った伝記を書くことになりました。

実際、この伝記を読んでみるとローゼンクランツの『ヘーゲル伝』とその雰囲気がかなり違うことにすぐに気づきます。

ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』ではヘーゲルの思想の問題にかなりの分量が割かれるのですが、アルトハウスの伝記では彼がどのような生活をし、どのように人と関わり、どんな出来事が彼に影響を与えたのかということを丁寧に追っていきます。

そのため、物語のようにヘーゲルの生涯を辿っていくことができます。正直、ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』よりもかなり読みやすく、そして面白いです。

ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』はカントやシェリングなど、当時の西洋哲学の知識もないと太刀打ちできない作品です。それに比べてアルトハウスはそこまでの知識を必要としません。(とはいえ、そこはヘーゲルですので難しい所はやはり難しいというのが実感です)

また、ローゼンクランツの『ヘーゲル伝』は150年以上も前に書かれた作品ですので、当然それから後にヘーゲル思想がどのように受容されたかについても書かれることはありません。

それに対しこの伝記ではマルクスとの関係など、その後の世界に与えた影響も知ることができたのがありがたかったです。

ただ、やはりヘーゲルは一筋縄ではいかない存在なのか読後の印象としてはややもやもやした感覚が残っています。

ここはやはりザフランスキーにヘーゲル伝を書いて頂きたいなと強く思いました。

ヘーゲル伝においてはやはりローゼンクランツの『ヘーゲル伝』が基本になると思います。しかしそれだけでは入門者には厳しいのでアルトハウスの『ヘーゲル伝』を読むことをおすすめします。ただ、それでもヘーゲルは難しいというのが私の正直な感想です。

以上、「H・アルトハウス『ヘーゲル伝 哲学の英雄時代』ヘーゲルの人となりに迫る新たなるヘーゲル伝」でした。

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