強盗に遭ったショックは思いの他ひどかった…モスタルでの日々と旅の転換点 ボスニア編⑯

ボスニア編

強盗に遭ったショックは思いの他ひどかった…モスタルでの日々と旅の転換点 僧侶上田隆弘の世界一周記―ボスニア編⑯

5月1日夕方。モスタル観光を終え、ミルザさんともお別れ。

4月28日のあの事件以来、ぼくは一人で外に出ていない。

外にいる時は必ずミルザさんと一緒だった。

思えばあれ以来、ぼくはいつもミルザさんの後ろを付いて歩いていた気がする。

だからぼくは不安や恐怖もなく過ごすことができていたのだ。

だが、これからはまた一人で行動しなければならない。

いつまでもミルザさんに頼っているわけにはいかないのだ。

強い心を持たなければならない。

ぼくはそう気を引き締めてミルザさんとお別れしたはずだった。

・・・でも、事はそう簡単には進まなかった。

ミルザさんと別れて部屋に戻り、椅子に腰かけた瞬間、ぼくは涙が止まらなくなった。

今思えば、ミルザさんに対する感謝の念とこれからの不安、そして恐怖など色々な感情が混ざり合って、パニックになったのだろうと思う。

泣いている時でさえ、自分がなんで泣いているのかさっぱりわからなかったことを覚えている。

たしかに事件後幾日か経って、ぼくはいくらか心の落ち着きを取り戻しつつはあった。

でも、やっぱり気を張っていたのだと思う。

ミルザさんと別れて一人になった瞬間、その緊張の糸がぷつんと切れてしまったのかもしれない。

その日の夕食も惨憺たるものだった。

ぼくの泊まった宿のレストランは食事が美味しいことで有名だった。

だがそのレストランの食事ですら、味を感じないほどだった。

自分でも信じられないのだがぼくは食事をしながらずっと泣いていた。

どうにもこうにも涙が勝手に流れてきて止まらないのだ。

悲しいからでもなく、辛いからでもない。

ただ涙が出てくるのだ。理由なんて考えたってわからない。

ぼくの体が泣きたがっているのだ。

こういう涙があることを初めて知った。

ミルザさんとお別れしたことのダメージがここまでのものとは思いもしなかった。

泣きながら食べた川魚は、何の主張もすることなくぼくの中へと姿を消していく。

この日食べた食事をぼくは忘れることはないだろう。

宿泊していた宿

それから2日間、ぼくはほぼ外には出なかった。

人とすれ違うことすら恐かったからだ。

またいつ襲われるかわからない。

そんな確率なんてほとんどないことはわかっている。

でも、体が言うことを聞かないのだ。

ぼくは部屋にこもり、記事を書いたり本を読むことで頭をいっぱいにした。

他のことを考えないようにしていたのだ。

頭の中に隙間ができてしまうと、そこに恐怖や不安がどっと押し寄せてくる。

今自分に必要なのは体の休息と心のリハビリだ。

ショックから立ち直るには、時間が必要なのだ。

5月4日。ようやく心が少し落ち着いてきたように感じる。

川はいい。綺麗な流れは心を癒してくれる。

さて、明後日にはもうボスニアを離れ次の国クロアチアへと向かう。

そろそろぼくは外を歩かなければならない。いつまでも引きこもっているわけにはいかない。

さてさて、これからどうしたらいいだろうか。

どうしたら危険から身を守ることができるだろうか。

それを考えることがぼくには急務だった。これなくして一人で街歩きなどできっこない。恐怖で参ってしまう。

ぼくはここに来る道中、ミルザさんからたくさんのアドバイスをもらっていた。

まずは手ぶらでいること。バッグを持っていると狙われやすい。

そしてお金も必要最小限に。パスポートはホテルに預けるかセーフティボックスへ。

この二つだけでも狙われにくくなりますと。

そして一番大切なのは周りを注意深く観ること。

いち早く怪しい人物に気づき、そこから離れること。

これが何より大事。

そもそも悪い人から狙われないようにするのが1番だそうだ。

・・・そうだ。

思い返せば、ぼくはそこまで考えてこれまで旅をしていただろうか。

もしぼくがしっかり警戒して周りを見ていたら強盗に遭うこともなかったのではないだろうか。

もしいち早く怪しいことに気づけていたなら、ぼくは手遅れになる前にそこを立ち去っていただろう。

そうだ!ぼくは根本的に間違っていたのだ!

旅をする姿勢がなっていなかったのだ!

こうなることは必然だったのだ。

ぼくは見ているつもりだったけど、まったく観れていなかった。

自分では警戒しているつもりだった。でも、まったく足りていなかった。

この違いは大きい。

シャーロックホームズは『ボヘミアの醜聞』事件で助手のワトソンにこう言っている。

「君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大ちがいなんだぜ。たとえば君は、玄関からこの部屋まであがってくる途中の階段は、ずいぶん見ているだろう?」

「ずいぶん見ている」

「どのくらい?」

「何百回となくさ」

「じゃきくが、段は何段あるね?」

「何段?知らないねえ」

「そうだろうさ。心で見ないからだ。眼で見るだけなら、ずいぶん見ているんだがねえ。僕は十七段あると、ちゃんと知っている。それは僕がこの眼で見て、そして心で見ているからだ。」

見ることと観察することはまったくちがう結果をもたらす。

ぼくはシャーロックホームズが大好きだ。

なのにすっかりこのことを忘れてしまっていたのだ。

観察力。

それがこの旅でぼくに決定的に欠けていたものだった。

ぼくはここまでたくさんのものを見落としてきていたに違いない。

しっかり観察すればもっと豊かな発見ができていたかもしれない。

この旅は一生に一度のものだ。

残りの貴重な時間をぼくはまた見るだけで通り過ぎてもいいのだろうか。

いや、絶対にそんなはずはない!

ならばぼくのやるべきことは決まった。

ここからは徹底的に観察しよう。

自分の身を守るため、そしてより大きな勉強のために。

新たな目標ができると、不思議と力が湧いてくる。

やるべきことがはっきりすると、体が動く。

ぼくはこの数日の休養のおかげでずいぶんと回復してきたようだ。

ここがぼくの旅の転換点だ。

ここから先は観察力を磨く旅。

うまくできるかわからないが、やれるところまでやってみよう。

ぼくの旅はまだまだこれからだ。

続く

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