(7)スターリンの故郷ゴリの驚くべき荒くれっぷりと読書家スターリンの誕生
スターリンはグルジア(ジョージア)のゴリという街に生まれました。
このゴリという街がとにかく強烈です。その強烈っぷりはこの記事で詳しく見ていきますが、とてつもない荒くれものたちの巣窟だったのです。
そんな荒くれものの巣窟に育ったスターリンでありますが驚異の読書家ぶりを発揮しています。この時の読書がスターリンの生涯に大きな影響を与えることになりました。この記事ではそんなスターリンの読書についてもお話ししていきます。
スターリンはグルジア(ジョージア)のゴリという街に生まれました。
このゴリという街がとにかく強烈です。その強烈っぷりはこの記事で詳しく見ていきますが、とてつもない荒くれものたちの巣窟だったのです。
そんな荒くれものの巣窟に育ったスターリンでありますが驚異の読書家ぶりを発揮しています。この時の読書がスターリンの生涯に大きな影響を与えることになりました。この記事ではそんなスターリンの読書についてもお話ししていきます。
ドストエフスキーに大きな影響を与えたジョルジュ・サンド。そのサンドの作品をもう少し読んでみたいと思い、本を探していると驚くべきフレーズが私の目の前に飛び込んできました。本の帯に大きくこう書かれていたのです。
「ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に決定的に影響を与えた作品」
え!?
私は自分の目を疑いました。これには驚きでした。
というわけで私は早速この本を読んでみることにしたのですが、驚きの内容がどんどん出てきました。この記事ではそれらをまとめています。
ジョルジュ・サンドは「私の方は、こうあって欲しいと私が望むように、こうあるべきだと私が信じるように描こうとしたのです」という姿勢で作品を書いています。
ここがジョルジュ・サンドが理想主義的な小説家と言われる所以であります。ここにバルザックやゾラのように「あるがまま」の人間の姿を描く作家との違いを見て取ることができます。
この作品は欲望がすべて叶うとわかった瞬間、人生が一変し、欲望が叶う度に残りの命が減っていくという運命を背負ってしまった青年の物語です。
私がこの作品を読んで真っ先に思い浮かんだのはブッダの生涯のとあるお話でした。
この記事ではそんな仏教説話とのつながりについてもお話ししていきます。
この作品はドストエフスキーと非常に関係の深い作品で、1843年、彼が22歳の頃、この作品をロシア語に翻訳して出版しようとしていた作品でした。
ドストエフスキーは若い頃からバルザックに傾倒していて、強い影響を受けています。
その彼がロシア語に翻訳する作品として目を付けたのがこの『ウージェニー・グランデ』だったのです。
この作品は強烈な守銭奴のフェリックス爺さんとその娘のウージェニーを中心にした物語で、金銭に象徴される物欲と精神的な高潔との戦いが描かれています。
『永遠の夫』は何をしでかすかわからない深層心理の混沌を描くという、ドストエフスキー得意の心理描写が冴えわたった作品です。ドストエフスキー入門としては少々厳しいものがありますが、ドストエフスキーにはまり出した方にはぜひおすすめしたい作品です。
小説の分量も中編小説ということでドストエフスキーにしてはお手軽なページ数になっています。
この記事ではゾラとドストエフスキーについての所感をまとめています。
私自身、フランスのことをここまでやるとは考えていなかったので、遠回りになってしまったなと思いつつ、思いがけない収穫があったのでとても満足しています。
正直、私はフランスのことがあまり好きではなかったのですが、今はむしろ好きになってきている自分がいます。恥ずかしながら今やパリに行きたくて仕方がないほどになっています。
食わず嫌いだったというわけではありませんが、相手のことをよく知ってみると意外といいところも見えてくるなと改めて思わされた体験となりました。
ナポレオン三世はあのナポレオン・ボナパルトの血を引き、フランス二月革命後の政治混乱に乗じて1851年にクーデターを実行、そして1852年からフランス皇帝となった人物です。
この記事では鹿島茂氏の『怪帝ナポレオンⅢ世―第二帝政全史』を参考に、後期ドストエフスキー時代に大きな影響を与えたフランス第二帝政についてざっくりとお話ししていきます。
ナポレオン三世のフランス第二帝政期はドストエフスキーが初めて自分の目で見たフランスであり、この時代のフランスが後の世界のライフスタイルを決定づけていくという意味でも非常に重要な時代です。
この時代を知ることによって、ドストエフスキーが五大長編で何を言いたかったのかということがより明確になっていくのではないでしょうか。
この記事では19世紀前半、特に1830年頃からのフランス文化と人々の生活を知るのに便利な書籍をご紹介していきます。
フランス文化といえば豪華な社交界やフランス料理、ファッションなどを思い浮かべるかと思いますが、それらが花開くのは実はフランス革命以後のこの時代からでした。
ロシアの上流社会はフランス文化に強い影響を受けています。この当時のフランス文化を知ることはロシア人のメンタリティーを学ぶことにもとても役に立つのではないでしょうか。