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ツヴァイク『三人の巨匠』概要と感想~バルザック、ディケンズ、ドストエフスキー、比べてわかるその特徴
本日はみすず書房出版の柴田翔、神品芳夫、小川超、渡辺健共訳、シュテファン・ツヴァイク『ツヴァイク全集8 三人の巨匠』をご紹介します。
この本の著者シュテファン・ツヴァイクは1881年にウィーンに生まれ、『マリー・アントワネット』や『バルザック』など世界的ベストセラーを著し、世界的な伝記作家として有名です。
さて、この本の特徴は書名の通り、ディケンズ、バルザック、ドストエフスキーという、イギリス、フランス、ロシアの文豪3人を比較してその作品の特徴に迫るというところにあります。
ディケンズといえば『クリスマス・キャロル』や『オリバー・ツイスト』、バルザックはといえば『ゴリオ爺さん』や『谷間の百合』で有名な19世紀の作家です。
この2人はドストエフスキーに非常に大きな影響を与えた作家としても知られています。若きドストエフスキーはこの2人の作品を貪るように読んでいたのでありました。
さて、少し長くなりますが、この本の特徴がよくわかる箇所がありますので本文より引用します。
ヨーロッパで毎年生産される五万冊の書物をためしに開いてみていただきたい。何について書かれているか。すべて幸福の問題である。ある女がある男を欲しがっているとか、ある男が金持になりたい、権力をもちたい、名誉を得たいと望んでいるとか。
ディケンズのばあい、あらゆる願望の窮極にあるのは、緑につつまれたすてきなコテージハウスで子供たちがたのしげにすごしているという状景である。
バルザックのばあいは、上院議員の肩書と百万の富とのついた館である。さらに私たちの周囲を見まわしてみよう。街路上や、居酒屋や、地下室の店や、明るい広間など。そこにいる人々は何を望んでいるか。答は一つ。幸福になるということである。満足な生活をし、金持になり、権力を得るということである。
ところがドストエフスキーの人間たちのうちのだれが、そんなことを望んでいるか。だれもない。一人としてそんな人はいない。彼らはどこにも留まろうとしない。幸福のなかにさえ留まろうとしない。彼らはみんな先へ進もうと欲する。彼らはみんな、みずからに試練を課すのを事とするあの「高次の心情」をもっているのである。
※一部改行しました
みすず書房出版 柴田翔、神品芳夫、小川超、渡辺健共訳、シュテファン・ツヴァイク『ツヴァイク全集8 三人の巨匠』P157-158
こうして見てみると、ドストエフスキーがいかに独特な発想の下作品を書いているかが実感できます。
やはり何か別のものと比べてみることでよりはっきりと見えて来るものがあります。
『カラマーゾフの兄弟』についてもツヴァイクはこう言います。
英国人流のコモンセンスやアメリカ人流の実用的人間の眼からみれば、カラマーゾフ家の四人などはそれぞれに種類の異なった四人の馬鹿者としか見えないにちがいない。ドストエフスキーの悲劇的な世界全体も、きちがい病院としか思われないにちがいない。
たとえば、健全で単純な地上の人間にとっては、地上の生活の幸福がすべてであると思われてきたし、永遠にそうであるだろうと思われるが、ドストエフスキーの人間たちにとって、幸福であるということはこの世でいちばんどうでもよいことのように見えるのである。
※一部改行しました
みすず書房出版 柴田翔、神品芳夫、小川超、渡辺健共訳、シュテファン・ツヴァイク『ツヴァイク全集8 三人の巨匠』P157
現代人にとって『カラマーゾフの兄弟』が難しいのはまさしくここにも原因があるのかもしれません。
私たち日本人はイギリス、アメリカ流の考え方の影響をかなり受けています。そうなればドストエフスキーが理解しがたく、難しく感じられるのは当然の流れであるのかもしれません。
「なぜドストエフスキーは難しくて、どこにドストエフスキー文学の特徴があるのか。」
ツヴァイクはバルザック、ディケンズとの比較を通してそのことを浮き彫りにしていきます。
比べてみると実にわかりやすいですね。さすが世界屈指の伝記作家です。まさに目から鱗でした。
ツヴァイクのおかげでバルザックとディケンズの小説も読みたくなってきました。きっとそこでも新たな発見が得られることでしょう。
ドストエフスキー論の中では異質な存在ではありますがとても面白い参考書です。おすすめです。
以上、ステファン・ツヴァイク『三人の巨匠』でした。
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ツヴァイク全集〈8〉三人の巨匠 (1974年)
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