ポリフォニー論はここから始まった ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』

ドストエフスキー資料データベース

本日はちくま学芸文庫出版の望月哲男、鈴木淳一訳、ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』をご紹介します。

本日ご紹介する 『ドストエフスキーの詩学』 も前回紹介したシェストフの『悲劇の哲学』と同じくドストエフスキー研究の古典とされています。

著者のミハイル・バフチンは1895年に生まれたロシアの文芸学者で、日本ではあまり知られていませんが、20世紀を代表する思想家の一人として世界中から評価されています。

さて、バフチンの『ドストエフスキーの詩学』の特徴はと言いますと、何といっても「ドストエフスキー作品はポリフォニー小説である」と定義した点にあります。

近年のドストエフスキー関連の書籍を読んでいると、そのほとんどに「ドストエフスキーの小説はポリフォニー的であり・・・」という解説がぽんと出てきます。

一応、その場では「ポリフォニーとは多声的であることの意味」というようなただし書きは添えられてはいるものの、その意味は著者によって様々に解釈されているようです。

ドストエフスキー自身がそもそも謎であるのに、さらにそれを解釈して出来上がったポリフォニー論なるものも多様に解釈された謎となっているのです。これには私も混乱しました。

「ドストエフスキーはポリフォニー小説である」

もはや公式化されているかのように頻繁に目にするこのフレーズですが、それの本当に意味するところがなかなかわからない。これが私の悩みでした。

前置きが長くなりましたが、そのポリフォニー論を生み出した学者こそバフチンであり、その理論が世に広まったきっかけがこの『ドストエフスキーの詩学』という著作なのです。

バフチンは著作の中で自らこう語ります。

「ドストエフスキーは、芸術形式の領域における最大の革新者の一人とみなすことができる。思うにドストエフスキーはまったく新しいタイブの芸術思想を打ち立てた。本書ではそれをかりにポリフォニーという名前で呼んでいる。(中略)本書の課題は、文学作品の理論的な分析を通じ、ドストエフスキーのそうした本質的な新しさを解明することにある。」P9

バフチンによれば、ポリフォニーとはドストエフスキーによって打ち立てられた全く新しい小説スタイルということになります。そしてなぜそれをバフチンが研究したかというと、

「従来のドストエフスキー研究は、主として彼の創作のイデオロギー的な問題を扱ってきた。そうした問題関心が一時期あまりにも先鋭化したために、ドストエフスキーの芸術的なヴィジョンの深層にある強固な構造上の特徴は、見過ごされてしまった感がある。ドストニフスキーはまず第一に芸術家(確かに特殊なタイプの芸術家であるが)であって、哲学者でも評論家でもないということが、しばしばまったく忘れられてきたのである。」P9-10

と述べています。

これは興味深い指摘です。

バフチンによれば、これまでのドストエフスキー研究は思想研究に目を向けすぎであり、ドストエフスキーが言葉を操る芸術家であるという側面を見落としていると言うのです。

前回の記事で紹介しましたシェストフの『悲劇の哲学 ドストイェフスキーとニーチェ』はまさしくバフチンの言う思想研究の代表例であります。

バフチンは思想家ドストエフスキーの研究も大切だが、芸術家ドストエフスキーも忘れちゃいけませんよと釘を刺します。

これがこの著作におけるバフチンの立場です。

そしてこれこそこの著作の最大の特徴であり、他の本ではドストエフスキーの思想をひたすら解説していくところを、バフチンは文学的、芸術的な描写手法に集中して語っていきます。

ドストエフスキーが用いた芸術的手法、それがポリフォニーであります。

私は文学の専門家ではありませんので、「ではポリフォニーとは結局何なのか」ということはここでまとめることは出来ません。興味のある方はぜひこの著作を読んで頂けたらと思います。

以上、ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの詩学』でした。

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