(18)ジャヴェールはなぜシャン・マチウをジャン・ヴァルジャンと勘違いしたのだろうか

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(18)ジャヴェールはなぜシャン・マチウをジャン・ヴァルジャンと勘違いしたのだろうか
フォーシュルヴァン事件の後、ジャヴェールはある確信を抱いていました。
「マドレーヌ市長はジャン・ヴァルジャンである」と。
さすがはジャヴェール。まさにその通り。やはり彼は有能です。
ですが、ここで予想外のことが起こります。
なんと、ジャン・ヴァルジャンが別の場所で捕まったというのです。
これには私達もポカンとするしかありません。まさかの超展開。さすがにそれはありえないだろうと思わずにはいられません。
そしてそれはジャヴェールも同じだったのですが、なんと彼はあっさりその事実を認めてしまいます。しかも直接その男を見た上で「間違いない」と認めたのです。
これはさすがにどうなのでしょう。あの超優秀なジャヴェールが直接見た上でそれをジャン・ヴァルジャンと確定するなどありうるのでしょうか。実際、ジャン・ヴァルジャンと間違われたシャン・マチウという老人はそこまで彼と似ていないのです。それに、そもそもですがジャン・ヴァルジャンとは人間の器が違います。人類史上最高の英雄のひとりたるジャン・ヴァルジャンとこの老人では比べ物になりません。
ですが、ジャヴェールはそれに気づかない・・・。
まあ、こうでないと物語が動かないので如何ともしがたいのですが、これは未だに私の中でも疑問です。
とはいえ、そのヒントとなるものもないわけではありません。
それが彼の免職願いです。
彼はすでにパリの警視庁に「マドレーヌがジャン・ヴァルジャンである」という告発状を送っていました。しかしそれは誤りであった・・・。こうなると市長に対して大変な侮辱を与えてしまったことになる。なので免職にしてほしいということでありました。
何たる潔さでありましょう!しかもマドレーヌの引き留めも全く意に介さず、彼は自分の理屈をこう説明します。
「わたしの理屈はこうです。わたしはあなたに不当な嫌疑をかけました。そのこと自体は、なんでもありません。嫌疑をかけるのは、わたしたちの権利です。しかし自分の上官に嫌疑をかけるのは、行きすぎです。
ところが、証拠なしに、腹立ちまぎれに、復讐が目的で、あなたを徒刑囚として告発しました、尊敬すべき人、市長、行政官である、あなたを!これは重大です。きわめて重大です。わたしが、官憲の一員であるわたしがあなたを通じて官憲を侮辱したのです。もしわたしがしたことを、わたしの部下の誰かがやったとしたら、わたしは彼をその任務に値しないものと宣告して、追い払ったことでしょう。そうだとしたら、どうですか?
ーいや、市長殿、もう一言させてください。わたしは日常の生活でしばしば厳格でした、他人にたいして。それは正当だったのです。わたしのしたことは正しかったのです。今、わたしが自分にたいして厳格でなかったら、わたしのしたすべての正当なことは、不正となってしまうでしょう。自分を他人以上に、大目に見るべきでしょうか?いけません。とんでもないことです!他人を罰するだけで、自分を罰しなかったら、わたしは卑劣な人間です!ジャヴェールの恥知らずと、言われても当然です!
市長殿、あなたがわたしを親切に扱ってくださることを、わたしは望みません。あなたが他の人たちに優しくしたとき、わたしはずいぶん憤慨しました。わたしはわたしのための親切も望みません。市民にたいして売春婦をかばう親切、市長にたいして警官をかばう親切、上官にたいして下役をかばう親切、わたしはそれを悪い親切と呼びます。社会が乱れるのは、そうした親切のためです。残念ながら、親切にするのはやさしく、正しくあることは困難です!
なあに!もしあなたがわたしの想像していた人だったら、わたしはあなたに親切にはしなかったでしょう、このわたしは!あなたは思い知ったことでしょう!
市長殿、わたしは他人を扱うように、自分も扱わなければなりません。悪人を押えつけ、ならず者をやっつけるとき、よく自分に言い聞かせます。《もしお前がよろめいたり、へまをやって捕まっても、平然としていろよ!》わたしはよろめき、へまをやったことに気がつきました、仕方がありません!
さあ、免職、解雇、放逐です!それで結構です。わたしには両手があります。土地でも耕します。どうでも平気です。市長殿、職務を全うするには、手本が必要です。わたしはただジャヴェール警部の免職を要求します」
以上のことはすべて、謙遜と自信と絶望と確信の調子で述べられ、それがこの奇妙な正直者に、なんとも言えぬ変った偉大さを与えたのであった。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P397-398
※スマホでも読みやすいように一部改行しました
「他人を罰するだけで、自分を罰しなかったら、わたしは卑劣な人間です!ジャヴェールの恥知らずと、言われても当然です!」
まさにあっぱれな公正さですよね。彼には狂気と言えるほどの法への忠誠心がありました。
ただ、この忠誠心ゆえに彼の目が曇ってしまったということも無きにしもあらずです。どういうことかと言いますと、シャン・マチウを捕えたのはジャヴェールではありません。あくまで彼は確認のために呼ばれたまでです。つまり、すでに「シャン・マチウがジャン・ヴァルジャンである」という結論ありきでありました。
こうなると、権威を疑えないジャヴェールからすると、露骨な反対はできなくなってしまいます。「すでに現地の警察がそう断じているならばそうでなければならない」、こうした無意識のバイアスが掛かっていてもおかしくありません。ジャヴェールは我々一般人とは異なる超人的な道義的潔癖さがあります。その彼であれば、私たちが疑問に思ってしまうようなシャン・マチウの誤認も起こり得るとも言えましょう。
こうとでも考えないとあの超優秀なジャヴェールが他人をジャン・ヴァルジャンと間違うなど想像もできません。真実は闇の中ですが私はそう解釈しています。
さて、ちなみにでありますが上のジャヴェールの言葉には後の展開を予想させるものがいくつも出てきています。
「市長殿、あなたがわたしを親切に扱ってくださることを、わたしは望みません。」
《もしお前がよろめいたり、へまをやって捕まっても、平然としていろよ!》
これらは後のバリケードでの出来事をまさに連想してしまいますよね。細かいことですが、ユゴーはこうして伏線を張っていたのでありました。
続く
レミゼのおすすめ参考書一覧、解説記事一覧はこちら
「『レ・ミゼラブル』おすすめ解説本一覧~レミゼをもっと楽しみたい方へ」
「『レ・ミゼラブル』解説記事一覧~キャラクターや時代背景などレミゼをもっと知りたい方へおすすめ!」
「フランス革命やナポレオンを学ぶのにおすすめの参考書一覧~レミゼの時代背景やフランス史を知るためにも」
前の記事はこちら

関連記事




