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(49)真実を知ったマリユスの異常なまでの変化とは

ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む
目次

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(49)真実を知ったマリユスの異常なまでの変化とは

第三部 マリユス 第三章 祖父と孫 ⑷

教会でたまたま出会ったマブーフ氏によって父の真実を知らされたマリユス。元々純粋で熱狂しやすい性格であった彼です。これは彼にとっても大変な衝撃であったことでしょう。

マリユスはすぐさま法律学校の図書室に行き、過去の新聞や記録、歴史書を読み漁りました。これまで祖父の影響で知ろうともしなかったフランス革命とナポレオン時代の歴史を初めて熱心に学び始めたのです。

するとどうでしょう!その記録の中に父の名が何度も登場するではありませんか!そこから彼は熱に浮かされたように父のいた世界の研究に没頭していきます。そして父を知る人たちを訪ねて歩き、亡き父の話を聞いて回ったのでありました。

こうしてマリユスは父の研究に全てを捧げる生活を送るようになり、家にもほとんどいない状態になっていきます。仮にいたとしても、祖父たちと食卓を共にすることもなくすぐに自分の部屋に帰ってしまうのでした。こうしたマリユスに叔母は不平を漏らしますが、祖父のジルノルマン氏はさすがの一言です。

「いいさ!女の子を追いかける年ごろなんだ!」

元々色男で通っていたジルノルマン氏です。「マリユスもついに男になったか」とむしろにやけているようにも見えます。この辺りも自分の価値観のみで相手を測ろうとするジルノルマンの癖が出ていますよね。マリユスに何があったかを知ろうともせずに、自分の価値観だけで相手を決めつけ、それ以上考えようともしない。その結果この後大喧嘩が勃発するのですがそれはもう少し後のお話し・・・。ここではまず、マリユスに起こった更なる大変化について見ていくことにしましょう。

マリユスは父を崇拝しはじめていた。

同時に、彼の思想の中では、異常な変化が起っていた。この変化は多種多様で、連続的だった。(中略)

これまで、共和制とか帝政とかいう言葉は、恐ろしい言葉にすぎなかった。共和制は黄昏の断頭台だった。帝政は暗夜のサーべルだった。彼はそれを見たばかりだった。闇のカオスでしかないと思っていたのに、恐れと喜びのまじった不思議な驚きをもって、スターたちが輝くのを見たのである。ミラボー、ヴェルニオー、サン・ジュスト、ロべスピエール、カミーユ・デムーラン、ダントン、それにのぼりゆく太陽のナポレオン。

彼は初め自分がどこにいるのかわからなかった。光に目がくらんで退いた。だんだん驚きが消え、光に慣れ、めまいもせずに、それらの功績をながめ、恐れることなく、それらの人たちを見つめた。彼の夢みがちな瞳の前で、革命と帝国は、遠く光り輝いた。

それらの事件と人間の二つのグループは、それぞれ二つの巨大な事実の中にまとめられているのに気づいた。民衆に返された市民権が君臨する共和国と、すべてのヨーロッパに課せられたフランス思想が君臨する帝国。彼は、革命の中から民衆の偉大な姿が、帝国の中からフランスの偉大な姿があらわれるのを見た。彼は心の中で、これらはみんなよいことだ、と叫んだ。(中略)

彼はこの瞬間まで、自分が父を理解していなかったと同様に、祖国についても何も知らなかった、と気づいた。両方とも知らなかったのだ。自分の目にわざとベールをかけていたのである。今彼は見つめ、感嘆したり、崇拝したりした。
※スマホ等でも読みやすいように一部改行しました

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P101-102

フランス史に馴染みのない私達日本人にはこのフランス革命のスターたちの名前はピンと来ないかもしれませんが、彼らフランス人からすればとてつもないビッグネームであります。これまでマリユスはそんな彼らを悪鬼のごとく考えていましたが、もはやそれは覆されました。

そして決定的な言葉が続けて語られます。

彼は哀惜と後悔の気持でみたされた。心のすべてを打明けることができるのは、墓でしかないと思って絶望した。

ああ!もし父が生きていてくれたら、もし父がまだいてくれたら、もし、神が憐れみと善意によって、父をまだ生かしておいてくれたら、父のもとに駆けて行き、飛びつき、こんなふうに叫んだであろう。「お父さん!来ましたよ!僕です!僕はあなたと同じ心を持っているんです。僕はあなたの息子なんです!」どんなに彼は父の白い頭を抱き、髪を涙でぬらし、傷をながめ、両手を握りしめ、その服を愛し、足に接吻したことだろう!ああ!どうして父は、これほど早く、その年でもないのに、裁きも待たず、息子の愛も受けずに、死んでしまったのだろう!

マリユスは絶えず心の中ですすり泣き、いつも「ああ!」と繰返した。同時に、いっそう誠実に、真面目になり、自分の信念と思想にますます確信を持つようになった。いつも真理の光が、彼の理性を補っていた。

彼のうちに内面的成長が行われていたのだ。父と祖国という、全く新しい二つのものがもたらす一種の自然な成長を感じた。
※スマホ等でも読みやすいように一部改行しました

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P102-103

何も知らず、恩知らずな態度を取ってしまったことを激しく後悔するマリユス。ですが、今さら後悔しても遅いのです。知ろうとすれば知ることができたのに、それをしなかったのは他ならぬ彼自身です。マリユスが勝手に相手を決めつけ、知ろうともしなかったからこのようなことになったのです。

私が彼に対して少し辛辣すぎるのは自分でも承知しています。ですが、私はこう言わずにはいられないのです。

すでにお話ししましたように、マリユスはジャン・ヴァルジャンの最期でも同じことを繰り返しています。父の死に対してこれだけ絶望的な後悔をしたにも関わらず、なぜそれをジャン・ヴァルジャンでまた繰り返してしまったのでしょう。もちろん、マリユスとコゼットは彼の死の直前には間に合うことができました。ですがジャン・ヴァルジャンはそれまでの絶望によって衰弱し、間もなく死んでしまったではありませんか。しかもミュージカルでは穏やかに衰弱していきましたが、原作でのマリユスの仕打ちは非常に残酷です。ここで先回りしてお話ししてしまうのもなんですが、私はこのマリユスの仕打ちがどうにもやりきれないのです!

まあ、そんなことを言っても仕方ありません。こうしないと物語が動かないのでそれをどうこう言うのはナンセンスでありましょう。ですが、私はこのマリユスの父の死とジャン・ヴァルジャンの死がどうしても重なってしまうのです。マリユスは同じ過ちを繰り返した・・・。そのことはぜひ強調したいと思います。

さて、こうして祖父の影響で身についていた王党派の思考から解放されたマリユスでありますが、ここから彼は父そのものであるナポレオン主義者へと変貌していきます。この変貌をまたユゴーは実に壮大に描いていますのでぜひそれを堪能していただきたいと思います。

歴史を読み、特に記録や史料をしらべていくうちに、マリユスの目から、ナポレオンを覆っていたベールが少しずつ引裂かれていった。彼は何かしら広大なものを見、他のあらゆる場合と同様、ボナパルトについても、これまで誤解していたのではないかと思った。日ましにはっきり見えるようになった。初めは不本意であったが、次第に夢中になり、まるで抵抗できない幻惑にひかれるように、ゆっくりと、一歩一歩、最初は暗い階段を、最後には歓喜の明るい光栄ある階段をのぼりはじめた。

ある夜、彼は自分の小さな屋根裏部屋に一人でいた。蝋燭がついていた。机に肱をついて、ひらいた窓のそばで書物を読んでいた。あらゆる種類の夢想が空間から浮んできて、彼の思索にまじった。すばらしい夜の光景!どこからともなく、にぶい音が聞える。地球の千二百倍もある木星が、おこり火のように輝いているのが見える。空は暗く、星が輝いている。実にものすごかった。

彼は帝国軍隊の報告書を、あの戦場で書かれたホメロス的な文句を読んでいた。ときどき父の名前が出てくるし、皇帝の名前は始終出てきた。大帝国全体が、眼前に浮び上がった。心の中に潮のようなものがふくれ上がり、のぼってくるように感じた。ときどき自分のそばを、父が息吹きのように通りすぎ、何か耳にささやいているように思えた。だんだん変な気持になってきた。太鼓や大砲やラッパの音、規則的な歩兵隊の足音、遠くかすかな騎兵隊の疾駆のひびき、などが聞えるように思えた。ときどき目を天の方に向け、果てしない深みに巨大な星座が輝くのをながめ、ついで書物の上に目を落して、他の巨大なものが雑然と動いているのを見た。胸がしめつけられるように感じた。興奮し、ふるえ、あえいだ。突然、自分の気持もわからず、何に従っているかも知らずに、立ち上がり、窓の外に腕をのばし、暗闇を、沈黙を、無限の闇を、永遠のひろがりをじっとながめ、「皇帝万歳!」と叫んだ。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P104-106

・・・く~!痺れます!

「実にものすごかった」

言葉の達人ユゴーがこう表現するしかない境地・・・!読書をしていてこれほどの体験ができたならばそれはもう最高級の境地でありましょう!

たしかに、私もこうした体験が何度もあります。まさにこの『レミゼ』もそうですし、『カラマーゾフの兄弟』や『魔の山』での体験も忘れられません。本を読みながら現実の世界が吹っ飛ぶような感覚、「ものすごかった」としか言いようのない読書というのはたしかに存在します。

ユゴーその人も猛烈な読書人でありましたのでこうした体験というのは経験済みだったのでしょう。マリユスは若き日のユゴー自身にその多くのモデルがあるとされています。きっとこのマリユスの体験も自らの体験を思い返しながら書かれたのではないでしょうか。

さて、そんな王党派からナポレオン主義者へ変貌したマリユスについてユゴーは次のように述べています。

宗教の新入りのように、彼は自分の改宗に酔ってしまい、加入のときに非常に急ぎ、あまり深入りしすぎてしまった。彼の性格はそんなふうだった。ひとたび坂道に来ると、止めることがほとんどできなかった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P107

これがマリユスの大きな特徴になります。何事も中途半端はありえない。とことんまで一気に突き進んでしまうのがマリユスなのです。

こうして父の死の真実を知りナポレオン主義者へと生まれ変わったマリユスでありますが、こうなってしまうと王党派の祖父ジルノルマンとの関係はどうなってしまうのでしょう。父をこんな惨めな死に追いやった張本人たる祖父とこれからも仲良く一緒にいることができるのでしょうか。

もちろん、ノーです。

次の記事でそんなふたりの大喧嘩を見ていくことにしましょう。この喧嘩の中にもふたりの人格の特徴が示されていますのでぜひ注目して頂きたいと思います。

続く

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この記事を書いた人

2019年「宗教とは何か」をテーマに80日間で13カ国を巡り、その旅をもとにした世界一周記を全国9紙で連載。
現在は北海道新聞「みなみ風」で『インド・スリランカ仏跡紀行』を連載中。

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