(14)ブッダ死去の直後、仏教教団はどのように動いたのか。火葬やお墓について明らかになっていること

『シン日本仏教史』(14)ブッダ死去の直後、仏教教団はどのように動いたのか。火葬やお墓について明らかになっていること

ブッダは80歳でその生涯を終えましたが、5人の修行仲間に説法をして始まった仏教教団は今や東インド有数の大教団と化していました。
偉大なる指導者ブッダを失った教団はこれからどうなっていくのか、残された弟子たちは大いに動揺したことでしょう。
今回の記事ではそんなブッダの死去直後の教団の動きについて見ていきたいと思います。

さて、クシナガラの涅槃堂から車で5分ほどの距離にはランバル塚というブッダ火葬の地があります。
ブッダの遺体は生前の彼の指示通り、バラモン教の祭式に則って行われることになりました。その指示は『大パリニッバーナ経』に詳しく説かれています。
そして火葬を実際に取り仕切ったのはクシナガラに住むマッラ族の人々でした。彼らはブッダの遺体を王族の戴冠場へと運びそこで火葬をすることにしたのです。そしてこのランバル塚は後の時代にそれを記念して作られたものだとされています。

さて、ブッダは荼毘に付され遺骨が残るのみとなったのですがここで問題が発生します。
各国の王たちがこぞってブッダの遺骨を求め始めたのです。
ブッダの死はインド各地に衝撃をもたらし、その一報は瞬く間に広がっていきました。そこで火葬を執り行ったマッラ族に対し各国が遺骨の分配を求めたのです。
しかし「ここでブッダが亡くなり、我々が火葬を取り仕切ったのだからそれはできない」とマッラ族は難色を示します。
それに対し各国も「私もブッダと同じ王族階級であり、私にも遺骨を受け取る権利がある」と反発します。こうして反発は互いにエスカレートし、「遺骨を渡さなければ軍隊を送るぞ!」という戦争ギリギリの所まで緊張が高まってしまったのです。平和を説いたブッダの遺骨を巡り、戦争が起きようとしていたのでした。
ですがそこに間一髪救世主が現れました。
ひとりのバラモンがやって来て、その彼が遺骨を公平に8つに分けることを提案したのです。彼の仲裁により各国は矛を収め、ブッダの遺骨をそれぞれ持ち帰ることとなったのでした。
ブッダの遺骨についてはブッダ自身がその信仰の功徳を説いたこともあり、その管理を誰がするかというのは大きな問題でした。さらには偉大なる宗教家の遺骨を管理するというのはそれだけで圧倒的な権威を示すことにもなります。こういうわけでブッダの遺骨を巡る争いが起きてしまったのでした。
この遺骨の管理についてブッダが生前、アーナンダに述べた有名な言葉があります。それが、
アーナンダよ。お前たちは修行完成者の遺骨の供養(崇拝)にかかずらうな。どうか、お前たちは、正しい目的のために努力せよ。正しい目的を実行せよ。正しい目的に向って怠らず、勤め、専念しておれ。アーナンダよ。王族の賢者たち、バラモンの賢者たち、資産者の賢者たちで、修行完成者(如来)に対して浄らかな信をいだいている人々がいる。かれらが、修行完成者の遺骨の崇拝をなすであろう。
岩波書店、中村元訳『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』P140
というものです。
この「お前たちは修行完成者の遺骨の供養(崇拝)にかかずらうな」という言葉が、明治以降の日本仏教批判の文脈で「仏教は遺骨崇拝をしない」という意味で捉えられがちであったのですが、実際は上のような権力闘争を回避するためのブッダの方便ではなかったかと私は思うのです。
現にブッダは遺骨や遺骨を納めた仏舎利塔(ストゥーパ)の崇拝を別の箇所では奨励しています。遺骨崇拝を禁じるどころか勧めてすらいるのです。では、ブッダはなぜここで「遺骨供養にかかずらうな」と述べたのでしょう。私はここに、ブッダ火葬後の国王同士の遺骨争いを見ずにはいられないのです。
つまり、ブッダの葬送や遺骨管理は高度に政治的な問題をはらむのです。
ブッダは自らの遺骨が持つ意味を十分すぎるほど知っていたのではないでしょうか。王舎城や舎衛城などの大都市ではなくクシナガラという寒村を臨終の地に選んだのも、遺骨が独占されることを危惧したからではないでしょうか。そしてそれに仏教教団が巻き込まれるのを避けるためではなかったでしょうか。
もちろん、もし本当にそうであったら最初から遺骨分配のこともブッダ自身に言ってほしかったですがそれは野暮というものでしょう。
また、弟子たちが遺骨を独占してそれを神のごとく祭り上げ、修行という本来の目的を忘れてしまうことを恐れたというのもやはり重要な側面であることは否定できません。「神と化した聖人の遺骨」の管理人がそのまま神のようになっていくというのは歴史上往々にして繰り返されてきたことです。
そのこと自体は悪いことではありません。それも人間の文化でありますし、歴史の営みです。ですが、ブッダとしてはそれを恐れるだけの不安材料があったのでしょう。
現に従弟のデーヴァダッタ(提婆達多)は教団の後継者となることを画策し、大変な騒動を巻き起こしたではありませんか。最も信頼する弟子サーリプッタ(舎利弗)やモッガラーナ(目犍連)もすでに亡くなってしまいました。特にモッガラーナに関しては、ブッダ教団を妬んだ人間に暴行されて亡くなっています。
優秀な弟子マハーカッサパ(摩訶迦葉)がこの後の教団を指導していくでしょうが、ブッダ亡き後どうなるかはわかりません。アーナンダもまだまだ未熟です。
こうした状況で「圧倒的な権力」となりうる自身の遺骨は危険極まりないとブッダは予感していたのではないでしょうか。権力は人を狂わす。私はロシアの文豪ドストエフスキーの作品を思わずにはいられません。彼はそんな人間の深淵を暴いたではありませんか。人間は弱い生き物です。皆が皆ブッダやキリストではありません。人を動かすパワーは、その人自身も狂わしかねないのです。
また、前回の記事でもお話ししましたが、ブッダはインドの世界観に生きています。上のブッダの言葉をもう一度見てみてください。その中でも「王族の賢者たち、バラモンの賢者たち、資産者の賢者たちで、修行完成者(如来)に対して浄らかな信をいだいている人々がいる。かれらが、修行完成者の遺骨の崇拝をなすであろう。」という言葉は非常に重要です。
実はこの言葉には「葬儀は葬儀のプロに任せてあなた達修行者は修行者として生きればよい」という意味も含まれているのです。ブッダはアーナンダに自分の葬儀の仕方を詳細に指示していますが、これはまさにバラモン教の儀礼に則ったものでありました。ブッダはあくまでインドの世界観に生きています。その世界に生きるひとりとしてブッダは亡くなっていきました。そして儀式作法はバラモンの得意中の得意分野です。また王侯貴族や富裕な商人たちはその権威や財力によってしっかりとした葬儀の場を整えることができます。ならば彼らにそれを任せたほうがよいと考えるのは妥当でありましょう。
つまり、ブッダがここで弟子達に「あなたたちは葬儀を執行しなくてよい」と言ったからといって、葬儀そのものをしないわけではないのです。ここインドにはその道のプロがいるのだから彼らに任せて自分は自分のなすべきことをすればよいとブッダは述べているのです。
ただ、それならば日本の仏教僧侶が葬儀をするのはなぜなのかという疑問がここで生まれてくると思います。
このことについては後に改めてお話ししていきますが、ヒントだけ先にお伝えしておきます。
ヒントは「日本はインドではない」ということです。
「何を当たり前な」と思うかもしれませんは、宗教や文化の伝播においてこれは極めて重要なポイントになりますのでぜひ頭の片隅に置いて頂けたらと思います。

また、ちなみにでありますが、「インドでは火葬したら川に遺骨を流すから墓を作らないのでは?」と思われる方もおられるかもしれませんが、ブッダ在世時にはまだそのような風習はなかったようです。
ガンジス川などに遺灰を撒くという習慣も紀元前4世紀以降のポスト・ヴェーダ時代に徐々に生まれたものだとされています。この当時は遺骨を埋めてそこに饅頭状に土を盛った墓を作ったり、石やレンガを置いて供養していたといわれています。というわけで、この後もブッダだけではなく高弟達の遺骨が埋葬されたストゥーパもインド各地に作られることになりました。(『新アジア仏教史01インドⅠ 仏教出現の背景』P189-190参照)
偉大な先達を供養すること、そして亡くなった人達を供養するのは古代インドでも大切にされていました。そして形の変遷はあれど現在のインドでもそうした葬送文化自体は変わりません。亡き人を弔うことは人間として大切な営みだと私は深く感ずるのであります。現代においては軽んじられつつある考え方かもしれないが、私はこうした人間の歴史を大切にしたいのです。
ここまで述べてきたような当時の葬送事情やブッダ在世時の社会状況については、以下の本がおすすめです。興味のある方はぜひ参照して頂けたらと思います。
・佼成出版社、奈良康明、下田正弘編集『新アジア仏教史01インドⅠ 仏教出現の背景』
・大正大学出版会、奈良康明『〈文化〉としてのインド仏教史』
・春秋社『シリーズ大乗仏教 第十巻 大乗仏教のアジア』
・春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第17巻 原始仏教の生活倫理』
・春秋社、中村元『中村元選集〔決定版〕第18巻 原始仏教の社会思想』
続く
主要参考文献一覧
〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧
前の記事はこちら

『シン日本仏教史』の目次と記事一覧はこちら
関連記事





