(27)静謐な仏教とダイナミックなヒンドゥー教~エローラの仏像や巨大彫刻から見る両者の特徴とは

【シン日本仏教史】(27)静謐な仏教とダイナミックなヒンドゥー教~エローラの仏像や巨大彫刻から見る両者の特徴とは
前回の記事ではアジャンター遺跡の壁画を題材に仏教のヒンドゥー化について見ていきましたが、今回の記事ではその仏教とヒンドゥー教の対比を知る上でうってつけの遺跡であるエローラ遺跡を紹介していきます。

このエローラ遺跡もアジャンターの近くに位置していて、インド旅行のツアーでもこの2つの石窟寺院はよくセットで組み込まれています。
さて、ここエローラ石窟群では仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の石窟寺院が一堂に会した遺跡となっています。このような場所はインドでもここだけだそうです。

そして上の見取り図のように右(南)から第1窟が始まり、第12窟までが仏教窟、第13~29窟がヒンドゥー教窟、第30~34窟がジャイナ教窟となっています。
ここでは6世紀頃から仏教窟が彫られ始め、その後ヒンドゥー教窟が彫られることになりました。エローラで最も有名な第16窟のヒンドゥー教窟カイラーサナータ寺院は8世紀頃に造営が始まったとされています。
話は先回りしてしまいますが仏教の勢力は8世紀にもなると全盛期よりも明らかに弱くなっていました。ここエローラではその宗教勢力の入れ替わりを示すかのように壮麗なヒンドゥー教窟が積極的に彫り進められるようになったのです。ちなみにジャイナ教窟は8世紀~10世紀頃だとされています。
ただ、立川武蔵、大村次郷共著『アジャンタとエローラ―インドデカン高原の岩窟寺院と壁画』によれば、これら3つの宗教は完全に別個のものとして断絶していたのではなく、相互に交流があったとされています。彼らは同時代に同じ場所で生活していたのです。つまり、ここにおいては仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教は敵対関係ではなく、共存関係だったと言えるでしょう。
エローラ石窟寺院の仏像は全身に電気が走るほどの衝撃!
ここからは実際に私がエローラを訪ねた体験をお話ししていきます。
私がまず向かったのは南側の仏教窟です。

ご覧の通り、岩山を横から彫り進めて洞窟内に部屋を作っているのがよくわかるのではないでしょうか。

いかがでしょうか。外観だけでもこの見事な石窟に驚くのではないでしょうか。いったいどれほどの労力がかかることでしょう。これが全て手作業で岩山を彫り進めて作られたのです。自然の洞窟に手を加えたわけではないのです。

私が一番最初に入ったのは第5窟。ここは講堂として使われていたそうです。かなり広い。

エレファンタ石窟やアジャンター石窟と同じく、中はひんやり心地がよいです。高温多湿の南インドにおいて、この空間は瞑想修行の大きな助けとなったことでしょう。
そして何より、シーンと静まり返ったこの空間。私はここに入った瞬間、「うわーっ」と驚きの呻きを漏らさずにはいられませんでした。ここにかつて仏道修行者たちがいたのです。そしてここで仏道に励んでいたのです。その残滓といいますか、精神的な空気を私は確かに感じました。
インドに来てこれほど興奮したのは初めてでした。それほどこの空間は独特な圧を放っていたのを覚えています。

そして講堂の中央奥の小さな入り口の先には仏像が彫られていました。椅子に座った形の仏像というのは珍しいです。
ちょうど外の光がこの暗室に差し込み仏像の姿が見えるようになっていました。こうしたことも全て計算の上でこの石窟は作られているのでしょう。
そして私はこの後、第1窟、第2窟と順に見ていったのでありますが、皆さんにぜひご紹介したいのが次の第10窟です。

これまで見てきた石窟とは明らかに異なります。まさに寺院という雰囲気。
それもそのはず、これまで見てきたのはあくまで僧院(ヴィハーラ)という僧侶の居住、修行空間でありました。
ですがこの第10窟はチャイティヤと呼ばれる祠堂となっています。つまりここは仏塔(ストゥーパ)を礼拝するお寺の本堂のようなものなのです。

そして、この入り口の向こうに見える異世界に私は興奮を隠せませんでした。

そして堂内に入った瞬間、ビリビリビリっと来ました!本当に来たのです!体に電流が走るとよく言いますがまさにその通りでした!雷に打たれたかのようでした!それほどのショックを私は瞬間的に与えられたのです。
この衝撃は生涯忘れることはないでしょう。私はこれまで様々な遺跡や芸術作品と出会ってきましたが間違いなくこれはその最高峰に位置しています。
一体何なのだここは・・・!
まず、この天井です!
私はこの空間に度肝を抜かれました。
アーチ状に深く刻まれたラインがまるで肋骨のように見えてきます。高さと奥行きのある空間が私を包み込み、不思議な落ち着きをもたらしてくれます。そう、まるで体内にいるかのような気分になってくるのでありました。
そしてこの空間の奥にストゥーパ(仏塔)とブッダの座像が鎮座しています。

先程の第5窟でもそうでありましたが椅子に座っているブッダというのはやはり見慣れないものがあります。これはこの地方ならではの表現方法なのでしょうか。

天井も素晴らしいですがやはりこの仏像も素晴らしい。
この柔和な表情、力の抜けた優美な姿に私は釘付けでした。
そして現地にいた当時は気づかなかったのですが、後日私はあることに思い至りました。
この仏像の顔がエレファンタ石窟のシヴァ神とどこか似ているのです。(※「ムンバイ沖エレファンタ石窟の巨大シヴァ神像に感動!ヒンドゥー教彫刻の白眉!」の記事参照)

もちろん、完全に一致するわけではないですが、この柔和な表情にはどこか相通ずるものを感じてしまいます。
エレファンタ石窟もこの第10窟も時代的にほぼ同時期です。しかもどちらもムンバイ圏ということで、もしかすると同じ流派の彫刻家集団が手掛けた可能性もあるかもしれません。
これまで見てきましように、仏教のヒンドゥー化はこの時期に一気に進んでいます。ヒンドゥー教の彫刻家がそのまま仏教の彫刻を彫っていても全くおかしくありません。想像は膨らむばかりです。

それにしてもこの仏像は落ち着きと優しい感覚を放射しています。この空間にいると心が落ち着きます。張り詰めた緊張感ではありません。
私はこの後、全ての石窟を見た後、もう一度ここに戻ってきました。別れが惜しくてたまりません。三度のインドを通しても、ここは圧倒的なベストです。私がこれまで世界を旅してきた中でも間違いなく最高レベルです。それほど素晴らしい空間でした。ここは圧倒的におすすめです。インドに行くならばぜひこの遺跡のことを思い出して頂けましたら幸いです。
100年かけて岩山を彫り進めた驚異の彫刻建築カイラーサナータ寺院に驚愕!
では、これよりインドのヒンドゥー教寺院の中でも最高傑作とされるカイラーサナータ寺院を見ていきます。

まさにそびえ立つ石の壁。しかもこれはあくまで入り口に過ぎません。この向こうに何があるのか・・・、緊張感が高まります。


な、何だこれは・・・!
正直、私は言葉を失ってしまいました。あまりのスケールにこれをなんと表現してよいのかわからないのです。

色彩も残っている場所があります。ですが、やはり何と言ってもデカイ・・・!自分の語彙力のなさを呪うしかありません。ただ、ここに来たならば誰だってこうなるのではないでしょうか!トルストイだってこの光景を目にしたら言葉に詰まるのではないでしょうか。
そしてさらに先に進んでいくとそれこそ私は度肝を抜かれてしまいました。

寺院の両側はまさに岩の壁なのですが、見ての通り岩が屋根のように突き出ています!なぜ落ちない!?
先程も述べましたが、このカイラーサナータ寺院は8世紀頃に造営が始まったとされています。
そしてこの寺院の造営方法がまさに狂気としか言いようがありません。なんと、岩山の上から真下に彫り進めて寺院を作ってしまったのだというのです。洞窟のように横方向に穴を掘ったのではないのです。この寺院そのものが巨大な岩山をくり抜いた彫刻作品なのでありました。

この写真を見て頂ければその雰囲気が伝わるのではないでしょうか。ここは元々一つの岩山だったのです。それを文字通り上から地道に彫り続け、下まで貫通させたのです。どうしてインド人はこんなとてつもないことを思いついたのでしょう!しかもこの作業はなんと、100年近くも続いたのだといいます。
完成まで約100年、ひたすら彫り続けたのです。さすが悠久の国インド・・・時間感覚があまりに雄大すぎます。
これを見た上で先程の写真をもう一度見てみましょう。

私たちが今立っている場所も本来岩山があったのです。目の前の塔の上まで全部岩山だったのです。それを全部上から彫り進めてこの空間が出来上がっています。信じられません。

せり出た岩の迫力が伝わるのではないでしょうか。この非現実的な空間に、私はもう何が何だかわからなくなってきました。

また、寺院を囲む岩壁の奥は回廊になっていて、その庵室のひとつひとつにシヴァ神、ヴィシュヌ神などの彫刻が施されています。

そしてこちらがカイラーサナータ寺院の本殿です。

内部の構造や彫刻も驚くほど細かく彫られています。これほど巨大な寺院でありますが、そのひとつひとつの仕事が実に細かいです。そして何と言ってもセンスが良い。ごてごてしたものやこれ見よがしの装飾などもほとんど見当たらないのです。やり過ぎない絶妙な加減が実に素晴らしいと言えましょう。

この寺院の圧倒的なエネルギーに感化を受けているのでしょうか、ここは歩いているだけで不思議と力が湧いてきます。


そしてこの寺院では数多くのヒンドゥー教の神々とも対面することになるのですが、そのバリエーションも様々です。また、そのどれもがダイナミックで生命のほとばしりとでも言えるような力があります。
これは上で紹介した仏教窟とまさに対照的と言えるでしょう。
仏教窟の静謐で穏やかな空気とはまるで異なるものがここにはあります。
このことについて立川武蔵、大村次郷共著『アジャンタとエローラ―インドデカン高原の岩窟寺院と壁画』では次のように説かれていました。
ヒンドゥー教では神々がすこぶる人間的だ。恋し、嫉妬し、他の者に呪いをかけ、戦い、そしてときにはクリシュナのように死ぬ。一方、仏教の「神々」である釈迦や阿弥陀如来は、恋したり嫉妬したりはしない。また、ヒンドゥーの神々は世界の創造や崩壊にも深くかかわる。仏たちは、八、九世紀以降の密教(タントリズム)の場合を別にすれば、宇宙創造神話の主役となることはない。
エローラのヒンドゥー窟のどれにでも入ってみると、神々が踊り、魔神たちと戦い、妃あるいは夫と戯れている。行為への意欲も捨て、生き物であるかぎりどうしようもなく湧きあがってくる食欲、性欲さえ止滅させようという強靭な意志は、エローラの神々の躍動するすがたからは感じられない。感じられるのは、誕生、成育、消滅というサイクルをくり返す世界が展開するときに放出するエネルギーである。
集英社、立川武蔵著、大村次郷写真『アジャンタとエローラ―インドデカン高原の岩窟寺院と壁画』P111-112
仏教窟を出てこのヒンドゥー教窟に入ると、窟院内部のプランはそれほど異なっていないにもかかわらず、自分が異質な空間に入ってきたと感ずる。すべてを寂静へと導こうとする仏教窟とは対照的に、すべてのものを奮い立たせて身を踊らせる力を感じるのである。
集英社、立川武蔵著、大村次郷写真『アジャンタとエローラ―インドデカン高原の岩窟寺院と壁画』P58
そうです。まさに私も仏教窟からこのカイラーサナータ寺院にやって来て衝撃を受けたひとりです。
仏教とヒンドゥー教の世界観、人間観の違いがこれでもかと感じられるのがここエローラです。
カイラーサナータ寺院はまさにエネルギーの爆発です。ここに来ればヒンドゥー教のエネルギー、莫大な質量を全身で感じることができます。
これぞ仏教とヒンドゥー教の大きな違いであると言えるのではないでしょうか。
インドにおいて後に仏教が衰退しヒンドゥー教が繁栄していくのも、ここにひとつの原因があったのではないかと私は考えています。
私が衝撃を受けたあのハリドワールの熱狂もまさにここと繋がっているように思います。
インド人のメンタリティーにおいて、こうしたダイナミックさは大いに意味を持つのではないでしょうか。
次の記事ではそんなインド人のダイナミックで「すこぶる人間的な」一面を知れる興味深い遺跡をもう一つ紹介します。これを知ることでまさに仏教とは全く異なるインドの信仰を知ることができることでしょう。
続く
主要参考文献一覧
〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧
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