(25)ヒンドゥー化していく仏教と大乗仏教の展開

【シン日本仏教史】(25)ヒンドゥー化していく仏教と大乗仏教の展開
前回の記事ではヒンドゥー教王朝のグプタ朝が仏教を弾圧しなかった理由を見ていきました。

今回の記事ではそこからさらに進んで、仏教がインド社会により深く溶け込んでいった流れを見ていきます。
当時の仏教教団の信者がヒンドゥー教とほとんど同じように生活していたことは前回お話しした通りです。
ですが、実は信者だけでなく仏教教団そのものもヒンドゥー化が進んでいったのがこのグプタ朝でもあったのです。
特に大乗仏教はその流れは顕著でした。
ヒンドゥー教の神々が仏教の神として登場するようになったのです。
大乗仏教は元々、神話的な物語を語ったお経を持つ仏教です。そして「十方多仏思想」という考えも持っていました。これは私達の住むこの世界の他にも多くの世界があり、その世界にはそれぞれ仏様が存在するという考え方です。『阿弥陀経』で説かれる阿弥陀仏はまさにその典型で、西方極楽浄土におられます。
このような考え方はヒンドゥー教の考え方と非常に相性がよいです。なぜなら、ヒンドゥー教も多数の神様がそれぞれの得意な分野の信仰を受け持っていたからです。大乗仏教はこうしたヒンドゥー教の世界観を吸収し、その神々を仏教の神様として再解釈していきました。
例えばインドラは帝釈天に、ブラフマンは梵天、シヴァは大黒天、ヴィシュヌは観音菩薩にというようにです。特に観音菩薩はヴィシュヌの変化能力を受け継ぎ、様々な姿で信仰されるようになりました。



このように、大乗仏教はヒンドゥー教の文化を積極的に取り入れてインド人から信仰されていくことになります。
さらに、仏教教団はこれまで行ってこなかった礼拝儀礼も行うようになっていきました。ヒンドゥー教の神々を取り入れたことでその礼拝作法も入って来たのです。それを教団側も公認したことでいよいよ仏教教団も儀礼を行うようになっていきました。
さて、こうなってくるといよいよ仏教はヒンドゥー教との違いがあやふやになってきます。そしてこのような状況だったからこそグプタ朝も仏教を弾圧する必要性を感じていなかったのです。
また、このグプタ期を経てヒンドゥー教ではブッダをヴィシュヌの化身と考えるようになっていきます。そうです。ブッダもヒンドゥー教の神として吸収されていったのです。仏教は仏教でヒンドゥー教の神々を取り入れましたが、ヒンドゥー教の側も仏教を吸収していったのでありました。
そしてこれがインドにおいて仏教が決定的に衰退していく理由となっていくのですがそれはもう少し後のお話・・・。
ここではまずグプタ朝となったことで仏教、特に大乗仏教がヒンドゥー化していったのが重要なポイントになります。そしてこのヒンドゥー化によってグプタ朝期は仏教思想や芸術がさらに花開いた時代となりました。その一例を挙げるならば、やはり世親の大成した「唯識思想」になるでしょう。
従来の上座部仏教ではすでに紀元前から「アビダルマ」という極めて深淵な哲学体系がすでにあったのですが、大乗仏教においても5世紀頃に活躍した世親が「唯識思想」を大成します。これによって上座部仏教の「アビダルマ」、大乗仏教の「唯識」という巨大な思想体系が出揃いました。この「唯識思想」は龍樹の「空思想」と並んで、後に日本仏教でも最重要視される思想になっていきます。ヒンドゥー教王朝の下で仏教、特に大乗仏教が一気に発展していくというのは実に興味深い現象です。ヒンドゥー教との相互作用で互いに思想や文化、芸術が発展していったのがこの時代だったのでありました。
そしてこの世親も親鸞の七高僧の2番目に挙げられています。ちなみに、親鸞の「親」はこの世親から来ています。親鸞にとってはこの世親というインドの高僧はそれほど大きな意味合いを持つ存在でありました。それについては長くなってしまうのでここではお話しできませんが、親鸞の仏教において世親がはたした役割というのはそれほど大きなものがあったということです。ぜひこの世親も頭の片隅に置いて頂けましたら幸いです。
次の記事ではそんなグプタ朝の仏教教団の繁栄について、世界遺産のアジャンター石窟寺院を題材にお話ししていきます。
続く
主要参考文献一覧
〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧
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『シン日本仏教史』の目次と記事一覧はこちら
この記事で特に参考にした書籍はこちら
〇奈良康明『仏教史Ⅰ』山川出版社
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