シェイクスピア『冬物語』あらすじと感想~突然の狂気的嫉妬がもたらした悲劇とまさかの大団円!

名作の宝庫・シェイクスピア

シェイクスピア『冬物語』あらすじと感想~突然の狂気的嫉妬がもたらした悲劇とまさかの大団円!

今回ご紹介するのは1611年頃にシェイクスピアによって書かれたとされる『冬物語』です。私が読んだのは筑摩書房、松岡和子訳2009年第一刷版です。

早速この本について見ていきましょう。

シチリア王レオンティーズは妻のハーマイオニと親友のボヘミア王ポリクシニーズの不義を疑い嫉妬に狂う。しかし侍女ポーライナから王妃の死の知らせが届き、後悔と悲嘆にくれる。時は移り、十六年後一同は再会、驚くべき真実が明かされる。人間の再生と和解をテーマにしたシェイクスピア晩年の代表的ロマンス劇。

Amazon商品紹介ページより

この作品は『リア王』『マクベス』など、重厚な悲劇作品を生み出した後のロマンス劇時代と言われる時期の作品です。

悲劇時代に培った悲劇的描写は健在に、後半はまさかまさかのハッピーエンドというTHE 大団円をこの作品では観ることができます。

さて、この作品については以前当ブログでも紹介した松岡和子著『深読みシェイクスピア』の解説をぜひぜひ紹介したいと思います。

私もこの解説を見てから『冬物語』を読んだのですが、もしこの解説を見ていなかったらこの作品に対する感想は全く違ったものになっていたでしょう。もうレオンティーズの嫉妬がとにかく唐突すぎるのです。しかもその激しさたるや常軌を逸しています。この唐突さ、激しさに私はきっと置いてきぼりにされていたことでしょう。

しかし『深読みシェイクスピア』を読んだことでこの嫉妬に大きな意味があることを知りました。そしてそれによって急にこの作品が奥深いものに感じられてきたのです。

では、松岡和子氏の解説を見ていきましょう。本当は全文を紹介したいのですが、その一部を引用していきます。

『冬物語』については、ニ〇〇九年に上演された蜷川演出版で、主役のシチリア王レオンテイーズを演じた唐沢寿明さんの話から始めたいんです。画期的だと思える解釈をなさったので。それは一幕二場、レオンティーズが一見唐突に、激しい嫉妬に駆られるくだりです。

 ―この芝居で、演じるときに一番むずかしそうなところですね。

そうです。レオンティーズの親友、ボヘミア王ポリクシニーズはシチリアを訪れて九ヵ月にもなるので、さすがに自国のことが心配になり、「明日」帰国すると言いだします。滞在を延ばすようにとレオンティーズが頼んでも、頑として受け付けない。ところがレオンティーズの妻ハーマイオニが説得するとあっさり折れてしまう。自分が懇請しても応じなかった親友が、妻が頼むと受け入れた。そのために、レオンティーズは妻と親友との不貞を疑い、嫉妬した挙句、腹心のカミローにポリクシニーズ殺害を命じます。また、レオンティーズはハーマイオ二のお腹にいた子供も不義の子だと疑い、産まれるとすぐに捨てさせる。

 ―つまり、物語のすべてが、レオンティーズの嫉妬から動き始めるわけですね。
  その意味でも、この一幕二場はとても重要な場面と言える。

にもかかわらず、戯曲を読んでいると、その嫉妬の芽生え方がちょっと急すぎるような印象を受ける。ですから、唐沢さんは観客に対して、自分の嫉妬をどうやって説得力のあるものにするか、それを考えていたと思うんですね。(※ここから舞台の流れの解説が始まりますが中略します。ぜひ『深読みシェイクスピア』を手に取ってその流れを見て頂けたら幸いです)

唐沢レオンティーズは、ハーマイオニがポリクシニーズを説得するのを全部、しかも穏やかな顔つきで聞いていた。「いくらお前でも説得できないだろう」といった余裕のある様子で。それが、ポリクシニーズの「ではあなたの客として」というハーマイオニへの返答を聞いたとたん、今度はハッと顔色を変えて、そのとき初めて、後ずさりしながらその場を離れたの。親友の自分が説得できなかったのだから、妻が頼んでも無理だろうと思っていたら、「ややっ」という感じ。そうすると、「どうだ、落とせたか?」という台詞は、レオンティーズが妻のハーマイオニに、説得の結果を知った上で、そらとぼけて訊いてることになる。その間の唐沢さんは、つまり台詞にして二八行分のかなり長い時間のあいだハーマイオニとポリクシニーズを遠巻きにして動き回りながら、ふたりから目を離さずにじっと見ている。それからおもむろに表面を取り繕って「どうだ、落とせたか?」とわざわざ訊く。そうすると、この台詞がおかしくなるどころか、裏のある深い問いかけになった。「いくらお前でも説得できないだろう」という余裕から、「ややっ」という驚きを経て、親友と妻に二重に裏切られたと思い込むに至ったうえで敢えて問う、そんなレオンティーズの心の動きが観客にも伝わってきて、嫉妬が唐突に見えないんですよ。唐沢さんのこの解釈と演技には驚愕しました。

それまで私が観てきた数多くの『冬物語』では、レオンティーズが「どうだ、落とせたか?」と尋ね、「居てくださるわ、あなた」という妻の答えを聞いて、「私が頼んでも駄目だった」と返すところから嫉妬が始まっていた。だから唐突に見えた。唐沢さんの演技は、そこが根本的に違うんです。尋ねるまでの動きに心の紆余曲折がある。戯曲には、この間の登場人物の動きや位置関係はト書きとして書かれてはいませんから、彼独自の解釈だと思います。『冬物語』をいっぱい観てきた私の友だちも、あそこには驚いたと言ってました。ああいう芝居をされると、そこから先は、唐沢レオンティーズばかり観ることになって、彼の心理の綾、嫉妬の生成過程が手に取るように分かるわけです。

新潮社、松岡和子『深読みシェイクスピア』P235-244

引用の中にも書きましたが『深読みシェイクスピア』では唐沢寿明さんの動きが詳しく解説されます。それを読めばもっと具体的にこのエピソードを思い浮かべることができるのですが、これだけでも唐沢寿明さんのすごさが伝わってくるのではないでしょうか。

私も驚愕しました。

ただ本としてシェイクスピア作品を読んでも唐沢寿明さんのような解釈にはならないのです。読めばわかりますが本当に唐突な嫉妬なのです。

ですが舞台で演じるとならば、本に書かれた言葉だけでなく、その表情や動き、演出まで考えなければなりません。

松岡さんも語っていたように、普通の『冬物語』では本のままハーマイオニの答えがきっかけで嫉妬が始まりますが、唐沢さんは全く違う解釈を見出した。そしてそれによってこの作品が一気に変わったのです。

このエピソードは超一流の役者さんのすごみを感じました。

こうしたことを知ってから読んだ『冬物語』はより深みをもって楽しむことができました。

『深読みシェイクスピア』を読んでいなかったらあまりに理不尽なレオンティーズにイライラして終わりだったかもしれません。ですがレオンティーズの嫉妬も故あるものだったとしたらこれは全く違った思いが浮かんできます。まあ、それでもレオンティーズの怒り狂いようはとてつもないものではありますが、後の大団円もあります。これはこれでよしです。

『冬物語』は『深読みシェイクスピア』とセットでおすすめしたい作品です。面白い作品でした。

以上、「シェイクスピア『冬物語』あらすじと感想~突然の狂気的嫉妬がもたらした悲劇とまさかの大団円!」でした。

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