チャペック『マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』~チェコの偉大な大統領の傑作伝記!

カフカの街プラハとチェコ文学

チャペック『マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』概要と感想~チェコの偉大な大統領の傑作伝記!

今回ご紹介するのは1929年から1935年にかけてカレル・チャペックによって発表された『T・G・マサリクとの対話』です。

私が読んだのは1993年に成文社から発行された石川達夫訳の『 マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』 です。

早速この本と著者について見ていきましょう。

カレル・チャペック(1890-1938)Wikipediaより

カレル・チャペック(1890-1938)

今世紀前半のチェコを代表する作家(※93年当時 ブログ筆者注)。
38年にノーべル文学賞候補となったが、その直後に48歳で死亡した。生きていれば受賞は確実だったと言われている。
「ロボット」という言葉を造ったことでも知られる。その作品には、ヒューマニズムと、人間の真実を追究する哲学性と、暖かいユーモアが流れている。
文筆を通して、マサリク大統領の人道主義的民主主義の政治を側面から支援した。本書は伝記文学の傑作として定評のある作品で、チェコの大批評家シャルダも、「大統領の面影を伝えるチャぺックの技量は名人芸である」と賞賛している。長く邦訳が待たれていたが、ここに詳細な訳注つきで初訳。

成文社、カレル・チャペック、石川達夫訳『 マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』より

この本は第一次世界大戦後独立したチェコの初代大統領となったマサリクについての伝記です。彼は元々哲学の教授であり、その人徳から哲人大統領と呼ばれ国民から深く敬愛されていました。

マサリクとこの本の内容について訳者あとがきでは次のようにまとめられていました。

トマーシュ・マサリク(1850-1937)Wikipediaより

トマーシュ(・ガリッグ)・マサリク(一八五〇~一九三七)は、チェコが生んだ偉大な思想家・政治家である。彼は、一七世紀前半にチェコ人が独立を奪われて以来ハプスブルク家の属領となっていたチェコのモラヴィア地方の農村に、スロヴァキア人の農奴を父とし、チェコ人の料理番を母として生まれた。

そして、苦学して哲学を学び、ウイーン大学で哲学博士号と教授資格を取得した後、ウィーン大学、プラハ大学などで教鞭を執りながら、とりわけチェコの歴史哲学を深く考究し、そこから「人間性」と民主主義の理念を抽き出してそれを発展させた。同時に彼は、その理念の実現をめざして精力的に政治的、社会的、文化的活動を行い、ついにはチェコ民族を精神的にも政治的にも独立へと導いた。

チェコスロヴァキア共和国の成立後、彼は「解放者」・「祖国の父」などと呼ばれて国民の絶大な尊敬を集め、一七年の長きにわたって大統領として優れた指導力を発揮し、国際的にも偉大なヒューマニスト・民主主義者としてその名を馳せ、ノーべル平和賞の候補にも挙げられた(自ら候補を辞退した)。

両大戦間のチエコスロヴァキア(第一次)共和国は、世界でも屈指の工業国となり、何よりも高度な民主主義国家・文化国家となったがマサリクのチェコスロヴァキアは、おそらくかつて存在した最良かつ最高の民主主義国家の一つであった」―(カール・ポパー)、そのような発展は、マサリクの戦前から戦後に至る長い間の努力によるところが少なくない。
※一部改行しました


成文社、カレル・チャペック、石川達夫訳『 マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』P329

農奴の父、料理番の母の子として生れ、そこから苦学して哲学教授になり、大統領にまでなったという驚異の経歴の持ち主がこのマサリクです。

あとがきでは続けて次のように書かれています。

マサリクの偉大さとしてはいろいろな点が挙げられるだろうが、とりわけ指摘しておくべきことは、理論と実践、理想主義と現実主義のたぐいまれな結合である。彼は偉大な思想家であったが、それと同時に、それ以上に、実践家であり政治家であった。

カフカの友人として知られるプラハのドイツ語作家マックス・ブロートも、マサリクのことを驚嘆に値する勇気と実行力を備えた「真のヒューマニスト」と呼び、既に戦前から、彼の「敵たちでさえも、敬意をもって彼の名前を囗にしていた」と伝えているし、やはりプラハ生まれの詩人リルケがマサリクを大変尊敬していたことも知られている。

また、ナチスから逃れる際にマサリクの援助を受けた知識人の一人であるトーマス・マンは、マサリクのネクロロジーの中で、「このような国家元首のもとで暮らせるというのは、大変な幸福であるに違いない」と述べ、マサリクは「百年早く来た人だ」と述べているが、果たしてマサリクから百年はおろか二百年後にも、一国を導き世界を導く政治家たちは、このような気高い思想と勇敢な実行力を兼ね備えた「哲人王」になるであろうか?

もちろん、マサリクの時代から状況は非常に変化してきたし、本書に述べられている彼の思想にも受け入れ難い点は少なくないかもしれない。しかし、マサリクの人間としての偉大さはいささかも色あせることはないし、本書の魅カは、まさにそのような人間としての偉大さが、カレル・チャぺックという優れた作家の筆を得て見事に描き出されているところにあると言えよう。本書を読み通した者はみな、マサリクの運命、彼の生き方、彼の人間としての偉大さに、感銘を受け勇気づけられずにはいられまい。
※一部改行しました


成文社、カレル・チャペック、石川達夫訳『 マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』P 329-330

あのトーマス・マンからも絶大な尊敬を受けていたというのは驚きですよね。

この本の前半部分はマサリクの誕生から、いかにして彼が大統領になったのかという伝記が書かれます。そして本の後半ではチャペックとの対話、問答集が書かれます。伝記部分ももちろん面白いのですが、この対話部分も非常に興味深いです。

特に、マサリクにとって宗教とは何か、キリスト教をどう捉えているのかという箇所は刺激的でした。

チェコは歴史上、大国によって支配されてきた時期が非常に長く、権力者の都合に振り回されてきた歴史があります。そしてヨーロッパはカトリック、プロテスタント間の戦争が長らく続き、チェコもまさしく血まみれの戦闘の場となっていました。

私が2019年にプラハを訪れた時、ガイドさんは「チェコはヨーロッパでも特に無神論者が多い国です」と述べていました。それは中世によるローマカトリックによる弾圧や、ハプスブルク家によって無理やりカトリックを押し付けられたりという歴史もあったからだとされています。支配者の都合で宗教が押し付けられ、しかもそれがころころ変わるという歴史を目の当たりにした国民が「唯一絶対なる神」を信仰する気にはならないのも頷ける気がします。チェコ人はリアリストな側面があるのかもしれません。そんなこともこの本を読んでふと感じたのでした。

チェコは彼の大統領時代が終わって間もなくナチスによって独立を奪われることになります。

そして戦後はソ連の支配下に入りまたもや独立は遠のくことになります。

チェコが次に自立できるのは1989年からのビロード革命まで待たなければなりません。

しかしここが歴史の面白さと言いますか、その時に大統領になるのがこれまで当ブログでも紹介してきたヴァーツラフ・ハヴェルです。彼も思想家として名高い劇作家でした。彼も哲学・思想に深い造詣を持ち、国民から非常に尊敬されていた存在でした。

こうしたハヴェルが現れたのも、かつてマサリクという偉大な人物がいたからこそなのではないかと私は感じてしまいました。

チェコがなぜこんなにも文化的なのか。思想、言葉を大切にしているのか。そうしたヒントがマサリクにあるような気がしました。

この人物のことを知ることができて本当によかったと思います。チェコの文化を知る上でもこの本は非常に興味深い一冊でした。

ぜひぜひおすすめしたい1冊です。

以上、「チャペック『マサリクとの対話 哲人大統領の生涯と思想』チェコの偉大な大統領の傑作伝記!」でした。

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