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ツルゲーネフ『父と子』あらすじと感想~世代間の断絶をリアルに描いた名作!あまりに強烈!

父と子
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ツルゲーネフ『父と子』あらすじと感想~世代間の断絶をリアルに描いた名作!あまりに強烈!

ツルゲーネフ(1818-1883)Wikipediaより

『父と子』は1862年にツルゲーネフによって発表された長編小説です。

私が読んだのは新潮社、工藤精一郎訳の『父と子』です。

では早速あらすじを見ていきましょう。

農奴解放前後の古い貴族的文化と新しい民主的文化の思想的相剋を描き、
そこに新時代への曙光を見いださんとしたロシア文学の古典。
新旧によるセリフの応酬が見事。


「ニヒリスト」という言葉はこの作品から広まった――。
自然科学以外の一切を信用せず、伝統的な道徳や信仰、芸術、社会制度を徹底的に批判するバザーロフ青年。年寄りは時代遅れで役立たずだと言い切る新世代と、彼の様な若者こそ恥ずべき高慢と冷酷の塊だと嘆く旧世代。新旧世代の白熱する思想対立戦を鮮やかに描き、近代の日本人作家たちに多大なる影響を与えたロシア文学の代表的名作。

Amazon商品紹介ページより

ニヒリスト、ニヒリズムといえばなんとなくニーチェを思い浮かべてしまいますが、ニヒリストという言葉自体は実はツルゲーネフがこの作品で生み出したものだったのです。これには私も驚きでした。

佐藤清郎著『ツルゲーネフの生涯』でも次のように述べられています。

ニヒリストという言葉を一世に流行させた作品はいうまでもなく『父と子』である。これは状況への発言の書であり、作者の態度表明の書である。

まずその世界をのぞいてみよう。物語は一八五九年夏に始まる。アルカージー・キリサーノフという青年が学業を卒え、友人バザーロフを伴って父の領地へ戻ってくる。

アルカージーはおとなしい男で、彼にはバザーロフのような強い個性はない。柔和で、意志が弱く、美的センスに富み、プーシキンを崇拝し、嫌味のない、しかし、現実的、行動的な面では弱い男である。気質も世界観も、古い世代の代表である父親と大差がない。

作者ツルゲーネフは、父親ニコライの形象について一八六二年にスルチェフスキーにこう言っている。

「ニコライ・ペトローヴィチ、あれは私やオガリョーフやその他幾千の人たちだ。」

つまり、ニコライやアルカージーを作者は自分に近い性格、「ドイツ観念論の海」に浸ってきたロマンチシズムの子としてイメージしているのである。バザーロフは、そういうロマンチシストたちとロマンチシズム一般を否定するために登場してきた人物なのだ。

筑摩書房 佐藤清郎『ツルゲーネフの生涯』P151

物語は主人公アルカージーが友人バザーロフを伴って帰郷するところから始まります。

旧世代を代表するアルカージー家と新世代のニヒリストバザーロフの衝突がそこで描かれます。

そしてその衝突と並行してアルカージー、バザーロフはある姉妹に恋をすることになります。

世代間の衝突と恋の物語が混じり合い、小説として非常に面白い展開となっています。ページをめくる手が止まらなくなるほど読みやすく、面白い作品でした。

ニヒリストとは何者か

「ニヒリストとは何者か」と聞かれますと、「ぜひこの小説を読んで下さい。とても面白いですよ。」とお答えしたくなるのですが、アンリ・トロワイヤの『トゥルゲーネフ伝』にその概略がわかりやすくまとめられていましたので今回はそちらを引用したいと思います。

新時代の人間であるバザーロフは、宗教上、道徳上、そして合法のいかなる価値も認めず、科学的なデータのみを尊重していた。しかし一つの主義について論じることで満足していたルージンとは違い、彼の場合はその主義を本当に実践したのである。彼は慰安を軽蔑し、冷笑的で、自分は魂の苦悩を味わうことはない、と信じていた。(中略)

この悲劇的な否定論者の哲学を定義づけるのに、トゥルゲーネフは、「虚無主義ニヒリズム」という言葉を用いた。「虚無主義者ニヒリストとはいかなる権威にも身を屈することのない人間を言うんです」とバザーロフの友人アルカージィは、自分の叔父に説明する。

「どんな原理も、たとえどれほどその原理が人に信じられていようとも、吟味せずに受け入れることはしないのです……」

「そうだな」と、伯父は答える。「かつてはへーゲル主義者たちがいた。今ではそれが虚無主義者ってわけだ。虚無の内に、空虚の内に生きる、まるで排気ポンプ〔実験用に真空を作りだす機械〕のもとにいるみたいにね。そんな風に生きるため、おまえたちがどうするのか、まあ、見ものだよ。さしあたって、さあ甥っ子くん、私にべルを鳴らさせてくれ。ココアが飲みたくなったよ。」

ニヒリスト、バザーロフは、科学の厳密な方法論を政治に適用しようとした。父親世代の改革主義者たちの無駄なおしゃべりには、もううんざりだと思っていた。年長者たちを十把ひとからげに非難した。無駄な話に時間をつかい、芸術のための芸術や議会主義、協議による一致などを褒め上げて、日々の糧のことを考えていない、というのである。

夢想家ばかりの軟弱な世代に対し、現実主義者を気取って見せたのだった。父親たちはこうした桁違いの行動家らを前にして、自分たちがたわごとばかり言う役立たずの厄介者扱いされていることに、やんわりと不平を洩らした。

「私たちの歌はもう終わったってわけだ」と、彼らはため息をついた。しかし彼らには、自分たちは昔、正義という理想を掲げて必死で戦った、という気持ちがあった。芸術や詩に対してかつて抱いた情熱を、否定することはしない。彼らはおずおずと、自分たちの趣味嗜好を新来者たちに分けもってもらおうとする。

しかし後者は有効でない、社会と関わりのない、戦闘的でない文学をすべて拒絶するのである。彼らにとって大事なのは、正面切った戦略であった。自分たちの目的を達成するためには、暴力に訴えるという考えさえ排除しないのである。

水声社 アンリ・トロワイヤ 市川裕見子『トゥルゲーネフ伝』P120-121

ニヒリストは伝統的で権威あるものを否定します。

彼らが信じるのは唯物論的な自然科学のみ。ある意味、彼の信じる神、宗教は自然科学ということになるかもしれません。

ツルゲーネフは時代風潮を読む達人です。農奴解放前後の1860年頃の青年たちを彼は『父と子』においてニヒリストという言葉を用いて表現したのでした。

『父と子』の巻末解説ではニヒリストが生まれてくる当時の時代背景が非常にわかりやすくまとめられています。これを知ることはドストエフスキーを学ぶ上でも非常に参考になりますので長くなりますが引用していきます。

父たちの世代、すなわち一八三〇-四〇年代は、一八二五年のデカブリスト(十二月党)の反乱の失敗につづく、二コライ一世の反動政治の暗黒時代であった。

自由主義の撲滅を目ざす専制政府の弾圧は、デカブリストの後継者たちである青年貴族や大学生たちを理論的な思索の世界へ追いこんだ。

カント、シェリング、へーゲルの哲学が、シラーの美学が、当時のロシア大学生たちの福音となった。

そのころモスクワ大学に存在した若い理想主義者たちの代表的なグループは、スタンケーヴィチの会とゲルツェンの会の二つであった。

前者は啓蒙主義と観念論の立場に立ち、主に歴史、哲学、芸術の問題に関心をもった。彼らは理想主義哲学を信奉し、物質的価値に対する精神的価値の優位を唱えた。しかしこれらの理想主義的夢想家たちも、農奴制下のロシアの悲惨な現実に目をつぶっていることはできず、主としてへーゲル哲学からロシアの進路と民族の運命について結論をひき出そうとしたが、抽象論にとどまり、現実との結びつきをもつことができなかった。

ゲルツェンたちは、フランスの空想社会主義者たちの人道的な夢想に魅せられ、主として政治問題に興味をもち、人類への奉仕を誓った。

四〇年代に入ると、大多数の夢想家や哲学者たちが、形而上学や美学よりも歴史や政治の問題に興味をもつようになり、ロシアの国民的性格、歴史的使命の問題をめぐって、スラヴ派と西欧派に真二つにわれて、激しく論争した。

スラヴ派は、ロシア、スラヴ文明は正教を基礎にするとし、ロシアの救いは民族の独自性の維持、文化の特異性の顕揚、呪われた西欧の無益な模倣の根絶にあるとした。

西欧派は、ロシアはヨーロッパの一部であり、当然西欧文明に属さねばならぬ、その後進性は長年にわたるタタールの軛のためである。今こそ西欧文化の優れた要素を吸収し、西欧諸国の列に伍さねばならぬとした。

しかし農奴制の廃止を主張する点においては両派とも一致していた。

スラヴ派のアクサーコフの皇帝への親書、西欧派のツルゲーネフの『猟人日記』等、彼らの筆により、言論により、国民を目ざめさせ、ついに上からの農奴解放を実現させるにいたった。

一八四〇年代の理想主義的な夢想家たちは、行動においては無力だったが、言葉によって当時の社会を目ざめさせた。これが彼らの歴史的な役割だった。

新潮社、工藤精一郎訳『父と子』P419-421

ドストエフスキーも当然10代20代の若き日をこのような状況下で過ごしています。彼もシラーの大の愛好家であり、その影響は彼の晩年の大作『カラマーゾフの兄弟』にも色濃く反映されています。

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そしてドストエフスキーは次第に過激思想にのめり込むようになり有名な1849年のシベリア流刑へと繋がっていってしまうのです。

では引き続き解説の続きを見ていきます。

子の世代、つまり一八五〇年代後半から六〇年代は、ニコライ一世の弾圧政治が終り、自由主義的な傾向をもつアレクサンドルニ世が即位して、あらゆる面にわたって国民精神が大いに高揚した時代である。

夢想家と哲学者の息子たちは、父の世代の無力を恥じて、敢然と行動へ走った。六〇年代には二つの世代、つまり観念の世代と行動の世代の分裂が顕著になった。この分裂は知識階級の間に、貴族階級と雑階級の不和を生んだ。

彼らは田舎の司祭や、没落地主や、小商人や、小役人の息子たちで、六〇年代の初めに教師、弁護士、ジャーナリスト、医者、苦学生などとなって社会の前面に登場し、旧時代の指導者たちに従うことを拒否して、革命的な意見を発表した。この子の世代にもまたチェルヌイシェフスキー、ドブロリューボフを代表とする派と、ピーサレフを崇拝する派があった。

新時代の最も輝かしい代表者は、経済学者、歴史家、哲学者、評論家であるチェルヌイシェフスキーであった。彼はフォイエルバッハ、ドイツ唯物論、フランス社会主義を究め、独自の哲学的、歴史的唯物論を確立した。

彼は貧困、不正、圧迫、災厄、階級闘争、社会の不平等などは、すべて経済的な原因によるものであり、社会の構造が改められさえすれば、すぐにも根絶できるとし、これは社会主義社会においてのみ達成されると結論した。

文芸批評の面では、観念的美学を排斥して、芸術に対する人生の優越を主張し、芸術は社会的に有意義でなければならぬ、無益なものは芸術から追放すべきだとした。

彼の流刑後、この思想は弟子ドブロリューボフによって主として文学批評の面で広められた。彼は当時自由主義的な貴族の間ではやっていた芸術至上主義を排撃し、文学は生活改善の道具であるとし、文学と革命を結びつけ、作家に社会奉仕を要求した。

一方、ピーサレフは「ニヒリズム」の代表者として熱烈な信奉者をもった。

前二者が広く社会問題に興味をもったのに反し、彼は主として個人の問題に注意を向けた。彼は思想の完全な独立と自由のために、道徳、社会、文学における一切の権威を否定し、理性と論理と有用性の範囲内にあるものだけを認める「考えるレアリスト」をその理想像とした。

彼は芸術における感傷主義、ロマン主義、理想主義、神秘主義などを排し、一足の長靴のほうがシェイクスピアの悲劇よりも重要であり、その仕事が実用的な目的をもつ故に、一人の靴屋のほうがラファエロにまさるとし、プーシキンの詩までもなまけ者の暇つぶしと攻撃した。

彼は『父と子』のバザーロフこそ「考えるレアリスト」であり、若い世代はツルゲーネフの言葉を用いて自分たちをニヒリストと呼ぶべきだと主張した。

ニヒリストは科学を神におきかえた無神論者であり、唯物論者だった。

六〇年代のニヒリズムは、革命理論の虚無主義とは異なり、主として道徳的、政治的、個人的な一切の制約、あるいは国家、教会、家庭の一切の権威に対する個人の反抗であった。ツルゲーネフはこうした時代の流れを見てとって、バザーロフという時代の子を創造したのである。

新潮社、工藤精一郎訳『父と子』P421-423

「一足の長靴のほうがシェイクスピアの悲劇よりも重要であり、その仕事が実用的な目的をもつ故に、一人の靴屋のほうがラファエロにまさるとし、プーシキンの詩までもなまけ者の暇つぶしと攻撃した。」というのはなかなか強烈ですよね。

そしてそれまでのすべての権威を否定し、行動がなければ何の意味もないという、これまた極端から極端へと飛び移る何ともロシア的な飛躍。

ほどほどにとか、徐々に改革していくというようなグレーゾーンが一切ない極端な思想がここでもやはり顔を見せます。ニヒリストという極端な存在がロシアから生まれてくるのもやはりそうした極端から極端へと揺れ動くロシア的精神があるからなのかもしれません。

ツルゲーネフはそうした精神的混沌を嫌います。ですがそうした人たちから距離を置いていたからこそ、一歩引いた観察者の目で彼らを見れたのかもしれません。そしてその結果バザーロフというロシア文学史上の一事件と言えるような人物造形に成功したということができます。

ツルゲーネフは世の中を読み取る達人です。実際にロシアで蔓延していた空気感を巧みに描きだしたのが『父と子』という作品です。

この作品を読めば当時の時代の空気感を感じられますので非常におすすめです。

感想―ドストエフスキー的見地から

この作品は小説として非常に面白いです。そして驚くほど読みやすい小説でした。

長々としたややこしい文章もなく、まるでプーシキンのようにすっきりとした文体。そして物語もどんどん展開されていき、その勢いにぐいぐい引き込まれてしまいます。

また、ニヒリストとは一体何なのかということも旧世代の代表アルカージー家の面々と新世代の代表バザーロフの対話によって明らかにされます。ですのでややこしくて難しい哲学論とは全く異なった趣で語られていきます。これも『父と子』が非常に読みやすい大きな理由の一つであると思われます。

アンリ・トロワイヤの『トゥルゲーネフ伝』でもこの作品について次のように賛辞を送っています。

バザーロフという人物を考案することによって、トゥルゲーネフは時代を代表する典型的人物を生みだし、それに人間らしい肉付けを加えるという力技を成し遂げた。

作者の才能のおかげで、この主義主張を持った人物が、血肉を備えた人間にもなったのである。

本を閉じた時に、読者はある一つの存在、一つの強迫観念、なにか重い、忘れがたいもの、人生の道連れを頭に留めることになる。

またほかの登場人物たちも、同じく心をこめた、確かな筆使いで描き出されている。

トゥルゲーネフはそれ以前の成功作をはるかに凌ぎ、性格の分析、自然の描写、社会状況の描出において完璧の域に達し、そのため同時代の作家たちの、先頭に立つことになったのだった。

水声社 アンリ・トロワイヤ 市川裕見子『トゥルゲーネフ伝』P121

「バザーロフという人物を考案することによって、トゥルゲーネフは時代を代表する典型的人物を生みだし、それに人間らしい肉付けを加えるという力技を成し遂げた。」というのがこの作品の最も偉大な点であると私は思います。

出来上がった作品を受け取る私たちからするとあまりぴんと来ないかもしれませんが、バザーロフという人間を創造したというのはものすごいことです。

バザーロフを見た時に多くの人が「あぁ!いるよねこういう人!」と納得してしまう。「あるある」的な感覚です。

ツルゲーネフがバザーロフというニヒリストを生み出すと、それ以降現実世界においてそのような人は「バザーロフ的人間」とか「ニヒリスト」と呼ばれることになりました。

この影響力たるやすさまじいものがあります。

これをやってのけたツルゲーネフの観察者、芸術家としての能力はやはりずば抜けているなと感じました。

『父と子』は読みやすく、とてもおすすめな作品です。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「ツルゲーネフ『父と子』あらすじと感想~世代間の断絶をリアルに描いた名作!あまりに強烈!」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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