アンリ・トロワイヤ『トゥルゲーネフ伝』~ツルゲーネフのおすすめ伝記!

トゥルゲーネフ伝 ロシアの文豪ツルゲーネフ

ツルゲーネフのおすすめ伝記―アンリ・トロワイヤ『トゥルゲーネフ伝』概要と感想

ツルゲーネフ(1818-1883)Wikipediaより

ツルゲーネフの生涯を知るには伝記が最適です。

その中でも私がおすすめしたいのがアンリ・トロワイヤの『トゥルゲーネフ伝』(水声社 市川裕見子訳)です。

アンリ・トロワイヤといえばすでに私のブログでもお馴染みの存在になっています。

アンリ・トロワイヤ(1911-2007)Wikipediaより

アンリ・トロワイヤはモスクワ生まれのロシア系フランス人で、小説家、伝記作家として非常に多くの著作を残しています。

彼の代表作は、『プーシキン伝』や『ドストエフスキー伝』『大帝ピョートル』、『女帝エカテリーナ』など数え切れないほどの名作伝記があります。

そのアンリ・トロワイヤのツルゲーネフの伝記が今回ご紹介する作品となっております。

この『トゥルゲーネフ伝』の特徴について訳者あとがきには次のように書かれています。

彼の守備範囲はあくまでも故国ロシアと、教育を受け、また暮らし続けたフランス両国の、歴史的存在となっている近世から現代に到る為政者およびそれに関連する人物、そして文学者、芸術家である。

これら実在した人物と、その人となりに焦点をあてつつ、トロワイヤはその背景としての社会や時代の状況、文化、風俗の様態、また主人公と密接に関わる王侯貴族たち、または同僚作家たちの風貌をも浮き彫りにしてゆく。

歴史物の大河ドラマ、小説の手法を駆使しながら、厖大な資料を渉猟し、さばき、ドキュメンタリー的な手法で嘘を交えないよう、事実から逸脱することのないよう細心の注意をこらして、詳細な事実の積み重ねおよびその取捨選択によって、人物を造型してゆく。(中略)

そしてアンリ・トロワイヤのどの伝記も、時に人物の群像からなる歴史的ドラマを描くように見えながら、そうした人々との人間関係が有機的に絡まりあって主人公を造型してゆく結果となっており、すべては題名に冠した人物一人に収斂していっている。読者が最後のページを閉じる時には、描かれた一人の人物とその人生について、なにがしかの感慨がもたらされる。(中略)

アンリ・トロワイヤの本伝記においても、そうしたエピソードは残らず再生産されている。そしてたとえば若い日に出合った海難事故に際しての「大きな坊ちゃん」らしい無様さや、好敵手ドストエフスキーを揶揄した意地の悪い風刺詩のこと、老齢となるに到っても未練がましいうわずった手紙を若い女性に出し続けるその手紙の文面にいたるまで、文豪トゥルゲーネフに対する尊崇の色濃い伝記ではとかく省かれる箇所まで、余すところがない。

芥川も興味を惹かれた、トルストイとトゥルゲーネフの作家同士の確執にしても、文壇的な興味から、また両雄の資質がぶつかり合った際の現れ方に対する興味からしても、ここはひとつのハイライトであるけれど、トロワイヤは余計な注釈を加えることなく、ぎょうぎょうしいおひれをつけることもなく、しかし読者は妹をもて遊ばれたと感ずるトルストイの苦衷も、『父と子』の原稿を等閑視されたトゥルゲーネフの内心の気持ちも、事実にもとづいた、簡にして要を得たその素描によって、生々しくその心理、状況を感じ取ることができ、両者のさまざまな心の襞を重層的に受けとめながら、二人の、いわば未遂の決闘事件に立ち会うことになるのである。

水声社 アンリ・トロワイヤ 市川裕見子訳『トゥルゲーネフ伝』P255-257

トロワイヤは彼の他の伝記作品と同じく、この作品でも物語的な語り口でツルゲーネフの生涯を綴ります。

そしてこのあとがきにもありますように、文豪ツルゲーネフを尊崇する伝記では省かれがちなエピソードも彼は余すことなく記しています。

ツルゲーネフの人となりを知るためにはそうした側面も含めて描かなければならないというトロワイヤの姿勢がうかがえます。

ただ、これは私の個人的な感想ですがトロワイヤはツルゲーネフに対してドストエフスキーやプーシキンほどの好意を持っていなかったのではないかという印象を受けました。

読んでいてツルゲーネフの情けなさやどっちつかずの態度が強めに描かれているような気もします。この伝記ではツルゲーネフの作品解説が少なめなのもその原因にあるかもしれません。

作品解説があれば彼の作品の素晴らしい点を評価していくことができますが、私生活メインだとどうしても崇拝ばかりというわけにはいかないからです。

これはトロワイヤの『バルザック伝』でも同じことを感じました。彼の『バルザック伝』も他の作家の『バルザック伝』に比べるとバルザックに好印象を受けにくい語りとなっていました。(フランスの文豪バルザックも私生活がめちゃくちゃです。ツルゲーネフの比ではありません)

ですがよくよく考えてみればそれもある意味伝記作家として公正な態度というべきかもしれません。何でもかんでも肯定的に讃嘆するだけではやはりそれも問題なのかもしれません。

たくさんの偉人や作家の伝記を書いてきたトロワイヤだからこそ、あえてそうした書き方をしているのかもしれません。ここは専門家ではない私にはなんとも言えないところです。

とは言え、トロワイヤの『トゥルゲーネフ伝』が面白くないというわけではありません。むしろ抜群に面白い伝記でした。

特に、ドストエフスキーをもっと知りたいという方には必見です。ドストエフスキーがなぜ彼をこんなにも毛嫌いしたかがよくわかります。そして、そんなツルゲーネフがなぜそのようになっていったのかも幼少期から遡って知ることができます。

ひとつひとつのエピソードがとても興味深かったです。

とてもおすすめな伝記です。

次の記事からこの『トゥルゲーネフ伝』と佐藤清郎の『ツルゲーネフの生涯』を参考に彼の文学人生の原体験となった幼少期の日々と、先ほどの訳者あとがきにも出てきました青年期の海難事故での出来事をお話ししていきます。

以上、「ツルゲーネフのおすすめ伝記―アンリ・トロワイヤ『トゥルゲーネフ伝』でした。

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