(7)パリ下水道博物館~レミゼのジャン・ヴァルジャンが踏破した怪獣のはらわたを体験!その他ゆかりの地についても
【パリ旅行記】(7)パリ下水道博物館~レミゼのジャン・ヴァルジャンが踏破した怪獣のはらわたを体験!その他ゆかりの地についても
今回のパリ散策において、マニアックながらもぜひおすすめしたいスポットがある。
それが今回ご紹介するパリの下水道博物館だ。
華やかで美しい都パリのもうひとつの姿、それが悪臭と汚物まみれのパリだった。
18世紀から19世紀にかけてのパリは当時世界で最も繁栄していた街の一つだった。だが同時にその繁栄による負の側面も尋常ではなかったということも見逃すことはできない。
以前当ブログでもアラン・コルバン著『においの歴史[嗅覚と社会的想像力]』という本を紹介したが、この本で語られることはあまりに衝撃だった。
この本では当時のパリがどれだけ汚く、強烈な悪臭で満たされていたか、そしてそこから時代を経てどのような公衆衛生対策が取られていったのか、また市民がにおいについてどのような感情を抱いていたのかを詳しく知ることができる。
この本はかなり強烈だ。パリが世界で最も汚く悪臭で満たされた街だったという、恐いもの見たさを刺激するような本と言ってもいい。
香水の文化が発展していくのもこうした背景があり、文化とにおいが結びついていく過程がとても興味深かった。
異常なほどの清潔好きである日本人にあって、こうした海外の衛生事情を知ることは間違いなく面白いことだろう。ただ、憧れのパリのイメージを壊したくない方は無理して読むものではないかもしれない。
さて、そんな「汚物まみれのパリ」という衛生上危険すぎる街だったこのパリも、19世紀後半以降一気に様変わりする。そのきっかけとなったのがナポレオン三世によるフランス第二帝政だ。彼は「パリ大改造」という現在の美しいパリの街並みを作った大事業を一気に進めたのだ。
彼のなした大事業については上の記事でお話ししたが、こうして新しい道路や建物だけではなく、公衆衛生改善のためにも新たな下水道の整備が進められていったのである。
パリにはこれ以前にもたしかに下水道はあった。だがそれは次から次へと付け足される形で無計画に作られ、もはや中の構造がどうなっているかほとんどわからない迷宮のような状況となっていた。そしてそんな状況を利用して無法者たちが住みついていたという歴史がある。『レ・ミゼラブル』のテナルディエもだからこそそこに潜伏していたのだ。
そして我らがジャン・ヴァルジャンはというと、まさにそんな恐るべき魔宮、パリの下水道を踏破したのだった。
こちらが下水道博物館の入り口。想像していたよりはるかにきれいで現代的。
階段を下っていくと実際に下水道として使われているエリアに入っていく。
いよいよ下水道博物館が始まる。ジャン・ヴァルジャンが歩いた地下世界を感じることができるだろうか。
下水道博物館の名前の通り、ここには下水道についての様々な展示がなされている。下水道の中ということでにおいがきつくないか不安だったのだが、入ってすぐの段階ではそれほどの悪臭は感じなかった。
水が流れているエリアまで来るとさすがににおいを感じる。湿気がある分余計そうなのだろう。でもこのにおい、どこかで嗅いだことがあるぞ・・・そう、有楽町の高架下の居酒屋のトイレのにおいだ。あの独特の下水のにおい。
というわけでそれくらいのにおいならばなんとか問題なく過ごすことができそうだ。さすがに悪臭でどうにもならなくなるほどの場所を博物館にはしないだろう。かなり安心した。もしにおいが服についてしまったらとものすごく心配していたのだ。
思っていたより長い距離を見せてくれることに驚いた。水が流れる音とダクトのゴーっという音が響く。
このエリアまで来ると水がかなり濁っているのが目に見えてわかる。においも多少きつくなる。絶対に落ちたくない。だが、ジャンバルジャンは手負いのマリユスを背負ってこれの何百倍も汚い下水の中を進んでいったのだ。信じられない・・・
ここから先は立ち入り禁止と。誰が行くものかと笑ってしまった。
これまで歩いてきたところはライトで明るく照らされていた。でもよくよく考えれば当時の下水道では電気などもちろん全く存在しない。この写真では少しだけライトで照らされてはいるものの、ここから先の正真正銘の下水道はこうした真の暗黒が広がっている。しかも写真では伝わらないが水の音がかなり激しくてそれが恐怖を何倍にも膨らませる。
こんなところを光もなしで道もわからないままジャン・ヴァルジャンは歩き続けたのだ。しかもかつての下水道だからその環境の劣悪さはこの比ではない。それでもジャン・ヴァルジャンはここから生還したのである。私はこの下水道博物館に来て、ジャン・ヴァルジャンの怪物ぶりに改めて驚くしかなかった。
私は以前「レミゼの主人公ジャン・ヴァルジャンの意義~神々やキリストを象徴する世界文学史上に輝く英雄像」の記事でこのジャン・ヴァルジャンの下水道=怪獣のはらわた踏破について紹介したが、ここでも改めてその箇所を引用したいと思う。
怪獣のはらわたからの脱出シーンは、映画化を想定して書かれたかのようである。暗闇の恐怖、迷子になる恐怖、溺れる恐怖、閉じこめられる恐怖―こうした処々の、〝悪夢のスイッチ〟が、役者一名とあまり費用のかからないセットで撮影できる。ジャン・ヴァルジャンが道中のさまざまな障害を乗り越えていく過程を見せるのはさほど難しくはないし、道徳的な勝利も目に見える形をとる。背中にかついだ、ぐったりしているがまだ息がある青年は、ジャン・ヴァルジャンがその死を願ってもおかしくない相手である。もし助かれば、これまで愛情と配慮を一心に注いできた対象、彼の生きる理由そのものを奪われてしまうからだ。
重い荷を担いで、悪臭を放つ、ほとんど目の高さまでくる汚水のなかを進みつづけるジャン・ヴァルジャンは、へラクレスやテセウスから、十字架を背負ったキリストのような存在と姿を変える。下水道からの脱出は『レ・ミゼラブル』を、十九世紀の小説という枠には収まらない壮大なスケールに昇華させた。ひとつの伝説がつくられ、登場人物は神話の人物に変わったのである。
白水社、ディヴィッド・ベロス、立石光子訳『世紀の小説 『レ・ミゼラブル』の誕生』P164ー165
※一部改行しました
ここにあるようにジャン・ヴァルジャンは神話の神々やキリストになぞらえて創造された人物でもあった。
別の箇所ではこうも書かれている。
この桁外れの偉業は、ジャン・ヴァルジャンを神話や伝説の人物に近づけている。下水道からの脱山は、へラクレスの十二の功業のひとつのようだし、テセウスの冥界への旅を彷彿とさせる。しかし、これはゴルゴタの丘でもある。というのは、受難の主人公がどんな十字架にも劣らぬ重い荷を背負っているからだ。暗闇と瘴気のなかで何時間も苦闘した末に、ジャン・ヴァルジャンは光の射す出口にたどり着くが、門には牙をむいた番人が待ちかまえていた。地獄の出口の門番はテナルディエだった。海に沈めても何度でも浮かび上がってくる釣りの浮きさながら、テナルディエの驚異的なしぶとさに匹敵するのは、窮地から何度もよみがえるジャン・ヴァルジャンぐらいのものである。
白水社、ディヴィッド・ベロス、立石光子訳『世紀の小説 『レ・ミゼラブル』の誕生』P163
重荷を背負って苦難の道を行く。
それはキリストがたどったゴルゴダの道でもあったのだ。そしてさらに言えば、怪獣のはらわたからの生還というのは旧約聖書の『ヨナ記』のモチーフそのものでもある。ヨナは巨大な魚に呑み込まれるもそこから生還する。大いなる人物が闇に呑み込まれながらも復活するというメタファーがこの物語で示されている。これは世界の様々な宗教にも共通する神話だ。
また、このヨナはバチカンのシスティーナ礼拝堂のあのミケランジェロの天井画でも巨大に描かれている。
こちらにも小さめにではあるが大魚が描かれていることがわかる。
そしてちなみにではあるが、ミケランジェロがこの絵を描くときに古代ローマの彫刻を参考にしていたというのも面白い。
詳しくは「ミケランジェロ作品の特徴とその魅力とは!古代ローマ芸術とのつながり イタリア・バチカン編③」の記事を参照して頂きたいが、腹部や脚の描き方は明らかにこの古代ローマの彫刻の影響を見て取れるだろう。ミケランジェロと古代ローマのつながりというのも非常に興味深いテーマだ。
さて、話は少しそれてしまったが、レミゼは本当に奥が深い。何気なく語られるシーンにもこうしたユゴーの意図がふんだんに散りばめられている。知れば知るほどレミゼは面白い。そのすごさを感じさせられる。
数多の困難や葛藤に苦しめられるも、その度に力強く立ち上がり復活していくジャン・ヴァルジャン。
その復活のワンシーンがここパリの下水道で展開されたのである。
『レ・ミゼラブル』が大好きな私にとってもこれは非常に嬉しい聖地巡礼となった。
また、これよりこの記事のおまけとしてレミゼゆかりの地をいくつか紹介したい。
こちらはマリユスの散歩コースのリュクサンブール公園。
ミュージカルや映画ではコゼットと偶然出くわし、お互いに一目ぼれしてすぐに恋が始まるが、原作では驚くほどプラトニックで、しかもその恋はまったく進展しない。
マリユスの散歩コースにいつもいる親娘。その娘に心惹かれたマリユスはその毎日の散歩を楽しみにし、遠くから彼女を眺めているので精一杯だった。『レ・ミゼラブル㈢ 第三部 マリユス』ではそんなもどかしいマリユスの恋を私たちは目の当たりにすることになる。
こちらはレミゼ最大の見せ場バリケードの攻防があったとされるエリア。現在ではその姿もだいぶ変わってしまっているのでそっくりそのままとはいかないが、この辺りでマリユスやアンジョルラスは戦っていたのかと胸が熱くなる。
そして何と言っても『レ・ミゼラブル』の作者ユゴーの家もぜひとも巡礼したい。
そして前回の記事「(6)パリ、バルザックゆかりの地巡り~ブローニュの森、バルザックの家、ペール・ラシューズ墓地へ」でも紹介したがペール・ラシューズ墓地にはジャン・ヴァルジャンが埋葬されている。ここもぜひレミゼ巡礼の大きなポイントとして私は挙げたいと思う。
他にもレミゼゆかりの地はたくさんあるのだが、とりあえずはこれらを紹介させて頂いた。もっともっとゆかりの地について知りたい方はこちらの「劇場街」というサイトをおすすめしたい。レミゼゆかりの地を非常に詳しく解説してくれるので非常に便利。私も大変お世話になったサイトだ。ぜひおすすめしたい。
続く
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