MENU

シェイクスピア『マクベス』あらすじと感想~「バーナムの森がダンシネインにやって来るまでは」

マクベス
目次

「バーナムの森がダンシネインにやって来るまでは」で有名な傑作悲劇 シェイクスピア『マクベス』あらすじ解説

ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)Wikipediaより

『マクベス』はシェイクスピアによって1603年から1606年の間に書かれたとされる作品です。

私が読んだのは新潮社、福田恆存訳の『マクベス』です。

早速あらすじを見ていきましょう。

ええい、星も光を消せ!この胸底の黒ずんだ野望を照らしてくれるな――。

「権力」という毒に溺れた男を描く、シェイクスピア4大悲劇の白眉!

かねてから、心の底では王位を望んでいたスコットランドの武将マクベスは、荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言と激しく意志的な夫人の教唆により野心を実行に移していく。王ダンカンを自分の城で暗殺し王位を奪ったマクベスは、その王位を失うことへの不安から次々と血に染まった手で罪を重ねていく……。

シェイクスピア四大悲劇中でも最も密度の高い凝集力をもつ作品である。

Amazon商品紹介ページより

今作の主人公は勇猛な武将マクベス。彼は数々の武勲を上げ、王の信頼も厚い将軍です。

そのマクベスがある日荒野で3人の魔女と出会うことになります。

この魔女たちの「マクベス殿!いずれは王ともなられるお方!」という不思議な予言によってマクベスの運命の歯車は動き出すことになるのです。

巻末解説では次のように述べられます。

『ハムレット』も『マクべス』も、主人公の行為のきっかけが超自然の力(亡霊と魔女)との出遭いにあることで共通している。が、両劇、特にその主人公の性格とありかたは著しく対照的である。(中略)

ハムレットとマクべスの違いの最たるものは、何と言っても、前者が叔父によって間接的に王位を簒奪された正統の王子であるのにたいし、後者はみずから手を血に染めて正統の王を暗殺する簒奪者であるということだろう。ハムレットは犯罪が行われた、、、、者であり、マクべスは犯罪を行う、、者なのだ(中略)

マクべスは魔女の預言に代表される運命を信じ(それも文字どおりに信じていたのではない―あくまでもその運命が自分の身に有利なものであるとして自己中心的に解釈していたにすぎない)、やがて自分の不死身を信じて次第に大胆に犯行を積みかさね、バーナムの森が動き、「女から生れた人間ではない」マクダフと対戦するに及んで、魔女の預言がすべて二枚舌の罠だったことを悟り、運命信仰を奪われ、頼む妻にも死なれて、完全に一人きりとなり、世界の中の孤立者として地獄に落ちる。

新潮社、福田恆存訳『マクベス』P173-175

あらすじにもありますように、マクベスは表向きは王に忠実な男でした。しかし心の奥底では王位を狙っていたのです。その本音が魔女たちの予言によって彼の全存在に引き出されてしまったのです。

もし本当に野心がなかったならば魔女の預言になど耳を貸さなかったでしょう。魔女の預言が頭から離れなかったのは意識的にも無意識にも彼が王位を狙っていたからなのです。

そしてマクベスは自らの城に王を招き、護衛に罪を着せて王を暗殺し、自らが王となります。

しかし、ここから彼はその地位を守るために手を汚し続けなければならなくなってしまったのでした・・・悲劇の始まりです。

クライマックスはマクベス軍と先王の息子マルコム軍との戦闘です。

この戦闘の前に不安に駆られたマクベスは再び魔女のもとへ赴き、預言を求めます。

そこで彼が得たのが有名な「バーナムの森がダンシネインにやって来るまでは」という預言だったのです。

魔女はこう言いました。

獅子の心を身につけ、傲然と構えているがよい、誰が怒ろうと、誰が悩もうと、裏切者がどこで何をたくらもうと、いっさい歯牙にかけるな、マクべスは滅びはしない、あのバーナムの大森林がダンシネインの丘に攻めのぼって来ぬかぎりは。

新潮社、福田恆存訳『マクベス』P89

それに対しマクベスはこう答えます。

そんなことがあってたまるものか、だれが森を召集できる?樹に向って、地中にがっしりと張った根を抜けなどと、誰が命令できる?さいさきがよいぞ!文句なしだ。死んだ奴まで、恨めしげに頭をもたげる、そんなことはもう二度と起るな、バーナムの森が一斉蜂起するまではな

新潮社、福田恆存訳『マクベス』P89

バーナムの森が動き出すなどありえん話だ!それならば私の安寧は確実だ!勝利は私のものだ!とマクベスは喜び帰っていくのです。

しかしこれが彼の命取りになります。

そうです、この後バーナムの森が実際に動き出し、彼の城に迫ってくることになるのです。なぜそんなことが起きたのか、それはぜひこの作品を読んで確かめてみてください。

感想

魔女にそそのかされて王位を狙ったマクベスの悲劇、それがこの作品のメインテーマです。

ストーリー展開もスピーディーで息もつかせません。魔女の不思議な預言も絶妙な伏線となっていて、それがどう回収されるのかは本当に面白いです。

先程紹介した「バーナムの森が動くまでは」というのも絶妙ですよね。

そんな『マクベス』ですがメインストーリーの他にも見どころがたくさんあります。

その中でも私が特に印象に残っているのがマクベス夫妻の罪の苦しみです。

マクベスは魔女にそそのかされて王を殺します。

しかしさすがのマクベスもいざ自分の城に王を迎え入れた時、殺害を躊躇します。彼は元来そこまでの悪人ではないのです。

そんな夫に喝を入れて殺害を決行させたのがマクベス夫人でした。夫以上に気が強く腹をくくった妻の迫力に押されてマクベスは殺害を決行します。勇猛な武将として名の通ったマクベスも真っ青な妻の迫力。やはり女性は強い。

さて、計画通り王を暗殺し自ら王となったマクベスですが、彼にとってはそれが地獄の始まりでした。

王を殺めてしまったという罪の意識に苦しみ、さらには罪の露見や自らの地位の転落を恐れて疑心暗鬼に落ち込みます。そうしてとめどなく自らの手を血で汚すことになってしまうのです。

そして豪傑さながらの迫力を見せて夫を叱咤した妻はどうなったかといいますと、彼女も夫と同じく罪の意識に囚われてしまうのでした。

彼女の精神錯乱は日に日に増していき、ついには夜眠ったまま歩き回りうわごとを言うようになります。

彼女はまるで手を洗うかのように両手をこすりつけこう言います。

消えてしまえ、呪わしいしみ!早く消えろというのに!一つ、二つ、おや、もう時間だ。地獄って、なんて陰気なのだろう!ええい、情けない、あなた、情けないったらありはしない!武人だというのに、こわがるなんて、それでよいのですか?誰が知ろうと恐れることがあって?権力に向って罪を責めるものがあるとでも?でも、誰だって思いもよらないでしようね、年寄りにあれほど血があるなどと?(中略)

まだ血の臭いがする、アラビアの香料をみんな振りかけても、この小さな手に甘い香りを添えることは出来はしない。ああ!ああ!ああ!

新潮社、福田恆存訳『マクベス』P113-114

手にこびりついた呪われた先王の血が彼女を苦しめているのです。いくら洗おうが彼女の汚れた手から血が消えることはありません。彼女の「まだ血の臭いがする、アラビアの香料をみんな振りかけても、この小さな手に甘い香りを添えることは出来はしない。ああ!ああ!ああ!」という嘆きは読む者をぞっとさせます。

実際私も舞台で『マクベス』を観たのですがやはり私の中ではこの妻の嘆きが印象に残っています。罪の意識におののく姿はやはり強烈な何かを感じさせられました。

『マクベス』はそのストーリー展開も非常に面白いですがこうした内面の葛藤やおののきの描写もすさまじいです。

この作品も私の中で特に好きな作品のひとつです。ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「シェイクスピア『マクベス』あらすじ解説―「バーナムの森がダンシネインにやって来るまでは」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

マクベス(新潮文庫)

マクベス(新潮文庫)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』あらすじと感想~カエサルの名言「ブルータス、お前もか」で有... 「賽は投げられた」、「ルビコン川を渡る」、「来た、見た、勝った」、「ブルータス、お前もか」 これらを見てピンとくる方もおられると思います。 私自身、ジュリアス・シーザーという名ではピンと来なかったのですが、この人物のローマ式の本名はと言いますと、ガイウス・ユリウス・カエサルとなります。 『ジュリアス・シーザー』は私の中でも強烈な印象を残した作品でした。あらすじや背景を知ってから読むと最高に面白い作品でした。非常におすすめです。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
シェイクスピア『リア王』あらすじと感想~世界最高峰の傑作悲劇!「誰が言えよう、『俺も今がどん底だ... この作品はリア王を含め幾人もの人間が悲惨な運命を辿ります。その悲惨さは目を覆いたくなるようなものがあり、彼らの悲痛な叫びには思わず圧倒されてしまいます。 ですがこの作品は単に悲劇的な厭世的な物語というわけではありません。苦痛の中にこそ人間の偉大さや測り知れぬ神秘があるのだと述べられています。

おすすめシェイクスピア作品一覧はこちら

あわせて読みたい
シェイクスピアおすすめ作品12選~舞台も本も面白い!シェイクスピアの魅力をご紹介! 世界文学を考えていく上でシェイクスピアの影響ははかりしれません。 そして何より、シェイクスピア作品は面白い! 本で読んでも素晴らしいし、舞台で生で観劇する感動はといえば言葉にできないほどです。 というわけで、観てよし、読んでよしのシェイクスピアのおすすめ作品をここでは紹介していきたいと思います。

関連記事

あわせて読みたい
シェイクスピアのマニアックなおすすめ作品10選~あえて王道とは異なる玄人向けの名作をご紹介 シェイクスピアはその生涯で40作品ほどの劇作品を生み出しています。日本ではあまり知られていない作品の中にも実はたくさんの名作が隠れています。 今回の記事ではそんなマニアックなシェイクスピアおすすめ作品を紹介していきます。
あわせて読みたい
シェイクスピアおすすめ解説書一覧~知れば知るほど面白いシェイクスピア!演劇の奥深さに感動! 当ブログではこれまで様々なシェイクスピア作品や解説書をご紹介してきましたが、今回の記事ではシェイクスピア作品をもっと楽しむためのおすすめ解説書をご紹介していきます。 それぞれのリンク先ではより詳しくその本についてお話ししていますので興味のある方はぜひそちらもご覧ください。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ジョン王』あらすじと感想~吉田鋼太郎さんの演出に感動!イングランド史上最悪の王の... 『ジョン王』は戦争を舞台にした作品でありますが、その戦争の勝敗が武力よりも「言葉」によって決するという珍しい展開が続きます。そして私生児フィリップの活躍も見逃せません。そんな「言葉、言葉、言葉」の欺瞞の世界に一石を投じる彼のセリフには「お見事!」としか言いようがありません。 そして2023年1月現在、彩の国シェイクスピア・シリーズで『ジョン王』が公演中です。吉田鋼太郎さん演出、小栗旬さん主演の超豪華な『ジョン王』!私も先日観劇に行って参りました!その感想もこの記事でお話ししていきます。
あわせて読みたい
阿刀田高『シェイクスピアを楽しむために』あらすじと感想~難しそうなシェイクスピア作品が一気に身近... シェイクスピア作品は名作揃いでありますが、読むときにはあらかじめある程度の知識が必要です。 そこでおすすめなのが今回紹介する阿刀田高氏の『シェイクスピアを楽しむために』という本です。 この本を読めば早くシェイクスピア作品を読みたくなりうずうずしてきます。それほどシェイクスピアの作品を魅力たっぷりにお話ししてくれます。 私自身もこの本にとても助けられました。 ぜひシェイクスピアを読む前にこの本を読んでみてください。物語の楽しみが何倍にもなること請け合いです。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ハムレット』あらすじと感想~名言「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」を生んだ名作 シェイクスピアの演劇というと小難しいイメージもあるかもしれませんが、実際はまったくそんなことはありません。現代人たる私たちが見てもとても楽しめる作品です。その中でも『ハムレット』は特にドラマチックで感情移入しやすい作品となっています。 シェイクスピアの演劇はカッコいい言葉のオンパレードです。 このセリフの格好良さ、心にグッとくる響きがなんともたまりません。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ロミオとジュリエット』あらすじと感想~圧倒的スピード感で進展する恋!恋愛劇の王道! 『ロミオとジュリエット』は悲劇的な純愛のドラマというイメージがかなり根強くありましたが、ロミオが実はその直前まで他の女性を狂うほど熱愛していたという事実はなかなかに衝撃的でした。読んでみてびっくりでした。 そういう発見があるという意味でもこの作品を読んでみるのはとても面白いです。もちろん、恋愛悲劇という本筋もさすがはシェイクスピア。傑作と言われるだけあります。物語の展開に引き込まれ、ぐいぐい読まされてしまいます。
あわせて読みたい
シェイクスピア『オセロー』あらすじと感想~勇将オセローの嫉妬と激情の悲劇!イアーゴーの巧みな騙し... この作品はオセローが主人公ではありますが、実はイアーゴーの方が出番が多く、しかも生き生きと描かれます。イアーゴーがタイトルでもいいくらい彼の奮闘ぶり、策の鮮やかさが描かれています。 『アラジン』のイアーゴもそうですが、人を騙す悪役ではあるのですがなぜか憎めない不思議な魅力があります。そんなイアーゴーの立ち回りもぜひ楽しんでみてください。
あわせて読みたい
シェイクスピア『ヴェニスの商人』あらすじと感想~機知に富んだ見どころ満載の名作喜劇 この作品の大筋は借金を返せなかったアントーニオーと高利貸しシャイロックとの対決なのですが、そこはシェイクスピア。このメインストーリーと並行して続いていくお話がこれまた面白い! そしてシェイクスピアはこの作品で悪徳な守銭奴、吝嗇漢の象徴となったシャイロックを生み出しました。シャイロックの造形はこれ以降、世界中の文学者たちにインスピレーションを与えることになります。
あわせて読みたい
シェイクスピア『夏の夜の夢』あらすじと感想~恋人たちと妖精のドタバタ喜劇!メンデルスゾーンの序曲... 『夏の夜の夢』は有名どころの作品と比べて、たしかに影の薄い作品かもしれませんが、大好きな作品です。 とにかく笑える愛すべき作品です。「スパニエル」、「石垣」がもう愛しくてたまりません。心がふっと軽くなる夢のような楽しい劇です。 シェイクスピア作品でこんなに笑える劇と出会えるなんて思ってもいませんでした。 ぜひぜひおすすめしたい作品です!
あわせて読みたい
シェイクスピア『あらし(テンペスト)』あらすじと感想~『リア王』と対をなす大団円!爽やかな読み心... 『あらし』には『リア王』の悲劇がその背後に流れています。 プロスペローの境遇は娘たちに裏切られたリア王や息子に裏切られたグロスター伯を彷彿とさせます。 『リア王』ではそんな彼らが救いようのない絶望に叩き込まれて物語は終わるのですが、『あらし』ではなんと、プロスペローはその地位を回復し、さらには敵とまで和解するという離れ業までやってのけます。 この作品はシェイクスピアが単独で書いた最後の作品になります。自身の演劇人生のフィナーレにこうした物語を持ってきたというのも何とも味わい深いですよね。
あわせて読みたい
シェイクスピア『アントニーとクレオパトラ』あらすじと感想~シーザー亡き後のローマ帝国が舞台!愛に... 今作『アントニーとクレオパトラ』は以前紹介した『ジュリアス・シーザー』の続編にあたる作品です。 この作品は『ジュリアス・シーザー』からの流れで読んでいくと、ローマ帝国の壮大な栄枯盛衰を感じられて非常に面白い作品となっています。 この作品だけを単独で読むのはかなり厳しいとは思いますが『ジュリアス・シーザー』を読んだ後にこの作品を読めばその面白さを感じることができるのではないかと思います。 ぜひ『ジュリアス・シーザー』とセットで読んで頂きたい名作です。
あわせて読みたい
シェイクスピア『お気に召すまま』あらすじと感想~「この世はすべて舞台」の名言で有名な名作!才気煥... 『リア王』や『マクベス』などの悲劇群は読んでいて正直重いです。その重さがそれらの最大の魅力でもあるのですが今作『お気に召すまま』や『夏の夜の夢』、『あらし』は非常に読みやすく明るい作品です。軽やかさがあります。 シェイクスピアの含蓄溢れる名言を味わうもよし、ストーリーの軽やかさを堪能するもよし、それこそ「お気に召すまま」です。 気軽に親しむことができるのがこの作品のありがたいところではないかと私は思います。 ぜひおすすめしたい作品です。
あわせて読みたい
熊井明子『シェイクスピアの町 ストラトフォード=アポン=エイヴォンの四季』あらすじと感想~これを読... この本を読んでいて常に感じるのは著者のこの町への愛です。本当にこの町が好きなんだなということがものすごく伝わってきます。読んでいて思わず微笑んでしまうような、ほっこり感満載の素敵な一冊です。 私もシェイクスピアが好きなのですが、この本を読んだらもうものすごく現地に行ってみたくなります。そういう意味ではある意味危険な書物かもしれません(笑
あわせて読みたい
福田恆存『人間・この劇的なるもの』あらすじと感想~シェイクスピア翻訳で有名な劇作家による名著!「... この本は1956年に初めて刊行され、今でも重版されている名著中の名著です。現代においてもまったく古さを感じません。 自分とは何か、個性とは何か、自由とは何か。 私たちの根源に迫るおすすめの1冊です。非常におすすめです!ぜひ手に取って頂ければなと思います。
マクベス

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次