(4)息子の存在を忘れる父親がいるだろうか、いや、いるのである。なぜなら、それがフョードルだから。

「カラマーゾフを読む」(4)息子の存在を忘れる父親がいるだろうか、いや、いるのである。なぜなら、それがフョードルだから。
第一編 ある家族の歴史 二 遠ざけられた長男
カラマーゾフ家の父親フョードルの怪物ぶりを垣間見た我々ですが、そんなフョードルの長男ドミートリイについてここでは語られます。
よく、とんでもない男でも子供ができればその可愛さに性格も丸くなるなんて話がされたりもしますが、とんでもない。我らが怪物フョードルがそんな生ぬるい人生など送ろうはずもありません。
では、フョードルは息子を虐待したのでしょうか。
意外や意外。彼はそういう暴力行為をするような男ではないのです。ただ単に息子の存在を忘れたのです。
同じ家に住んでおきながら自分の子供の存在を忘れるなんてありえるのか。
ありえるのです。
なぜなら彼はフョードル・カラマーゾフなのだから。
これがフョードルのすごいところです。なぜか私たちもそれで納得してしまうような恐るべき特質の持ち主なのです。
もちろん、完全なほったらかしでは赤子は死んでしまいます。なので召使のグリゴーリイ夫妻が育ての親となってなんとか生きながらえていたのです。こうして育ったのが長男ドミートリイなのでした。
しかし、やがてアデライーダ(フョードルの妻)のいとこにあたるミウーソフがやって来てドミートリイを連れ出します。
こうしてドミートリイはカラマーゾフ家から離れることになるのですが、このミウーソフという男が後にフョードルと大立ち回りを演じるので忘れないようにしましょう。ついついスルーしてしまいがちですが、ドストエフスキーは丁寧に伏線を張っています。
ミウーソフは教養が深く、都会的、外国的であり、終生ロシア人でなくヨーロッパ人で通した西欧かぶれの人物です。つまり、ロシア人でありながらロシアを嘲笑し、西欧の社会主義活動にかぶれる人物ということです。しかもリベラリストということで旧来の教会に強い反感を持った人物として描かれています。
ドストエフスキー自身、『冬に記す夏の印象』という著作で西欧への強い批判を展開していますが、これはドストエフスキーひとりの問題ではありません。当時のロシアではスラブ派と西欧派に分かれて大激論が交わされていたのです。これら二つの派をものすごくざっくり言うならば、スラブ派というのはロシア大好き派、西欧派というのはヨーロッパ大好き派ということになります。
これは日本の幕末から明治維新にかけてもあった議論です。
尊王攘夷派と開国派も似た原理です。
「日本固有のものこそ重要だ。西欧にかぶれてはこの国はだめになる!」
「いやいや、今こそ古い日本を打ち壊して進んだ西欧文明を取り入れて生まれ変わるべきだ!」
云々という議論とそっくりです。
意外かもしれませんが、ロシアはかつてヨーロッパからすればアジアの辺境の国という扱いだったのです。
1700年代初頭にピョートル大帝によってサンクトペテルブルクが造成され一気に西欧化が図られましたが、それでもなおイギリスやパリ、ドイツなど西欧諸国からすれば遅れた国という扱いだったのです。日本もそうしたヨーロッパ列強との関わりから西欧化に対する議論が生まれましたが、ロシアも日本と同じようなことに悩んでいたのです。
そうした時代背景の下スラブ派と西欧派という二大潮流が生まれてきたのです。
そしてドストエフスキーが巧みなのは、この西欧かぶれの男を道化者フョードルの口を介してこっぴどく愚弄する点にあります。直接的に西欧かぶれを批判しても芸がありません。どうしようもない愚か者フョードルが西欧かぶれの知識人を愚弄するからこそミウーソフには堪えるのです。
このミウーソフとフョードルとのやり合いは第二編の「場違いな会合」ですぐにやって来ますのでお楽しみに。
そして肝心のドミートリイですが、その後ミウーソフにも忘れられ、住む家をたらいまわしにされます。そして成長して将校として勤務するも、気性も激しく、派手好みで金遣いも荒いという典型的なロシアの熱血漢といったルートを辿ります。
案の定、金がなくなり、フョードルに自分の取り分をよこせとせっつくのですが、そこは金勘定に抜け目のない男フョードルです。のらりくらりとドミートリイに小金を与え、ついにはもうやれるものは全てやってしまったとしたり顔です。
これにドミートリイは癇癪を爆発させます。
「そんなはずはない!俺の母親はもっと金持ちだったはずだ!その遺産があるだろう!」
そんなことをわめいたところで曲者フョードルには何の効果もありません。こうしてドミートリイは金銭絡みで父親を死ぬほど憎悪することになります。これが後の事件の引き金になるのです。
それにしても、ドストエフスキーがこのドミートリイの遺産について微妙にはぐらかして書いているのが気になります。この書き方だとフョードルが完全に嘘をついてドミートリイから金を奪ったとは言い切れないものがあるのです。まあ、フョードルならやりかねないだろうと私たちはすでに思い込まされていますが、この微妙な含みのある書き方はやはりさすがです。こうして読者に想像の余地を与えるのがドストエフスキー流。まさに超一流のサスペンス作家です。
続く
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