(32)インドで忘れ去られた仏教~土に埋まった仏跡について

【シン日本仏教史】(32)インドで忘れ去られた仏教~土に埋まった仏跡について
前回の記事では仏教滅亡の後、巨大なナーランダー大学が土に埋もれ忘れ去られてしまったことをお話ししました。



この遺跡は1200年代初頭に破壊されてから1800年代になって発見されるまで、およそ600年間もの間忘れ去られていたのです。
ただ、それにしてもなぜこんなにも巨大な遺跡が土に埋もれて忘れ去られてしまったのか、私には不思議でなりませんでした。
そんな私でありましたが、以前にも紹介しましたカジュラーホーで驚くべき事実を知ることとなりました。

さて、その驚きの事実そのものに入る前にそもそもの話になりますが、カジュラーホー寺院群を建設したのは9世紀から14世紀初頭にかけて存在したチャンデーラ王朝だとされています。
チャンデーラ王朝は宗教に寛大で、領内に多くの寺院を建立しました。そしてその中でも最も大規模かつ壮麗に作られたのがここカジュラーホー寺院群だったのです。これらの寺院のほとんどが950年から1100年頃にかけて建立され、かつて85あった寺院のうち、現在は22の寺院がその姿をとどめています。
ただ、これらカジュラーホー寺院群もそのままここにあったわけではありません。
「?」と思うかもしれませんが、実はここカジュラーホーも14世紀初頭にイスラーム勢力に滅ぼされてしまった後、すっかり忘れ去られてしまっていたのでありました。
その存在が再発見されるのは1838年を待たねばなりません。イギリス人が虎狩りでこの近辺を訪れた際、偶然この遺跡を見つけたのだそうです。
つまり、このカジュラーホー寺院群も500年間、ほとんどその存在を知られることないまま埋もれていたのでした。
そうです。まさにナーランダー大学と同じような道を辿っていたのがカジュラーホー寺院群だったのです。




以前紹介したアジャンター遺跡も同じように19世紀にイギリス人によって発見されました。仏跡のサールナートや祇園精舎、クシナガラなども全てそうです。それらはインド人達からも忘れ去られ、土に埋まっていたのです。
今となっては信じられませんが本当に土に埋まり忘れ去られていたのです。
私はこうした解説を本で読み、ずっと疑問に思い続けてきました。土に埋まり忘れ去られたといっても、さすがにこんな巨大な遺跡が丸々忘れ去られるなんてありえるのだろうかと。
そこで私は現地ガイドさんにそのことを質問してみました。
すると、「はい、たしかにその通りです」と答えてくれました。
ですが、それだけでは納得がいきません。私はもっと掘り下げて質問してみました。「土が建物を越えて10メートル以上も積み重なるものなのでしょうか?さすがに難しくないですか?」と。
これに対しガイドさんはようやく私の言わんとしていることが呑み込めたようで、こう解説してくれました。
「上田さん、あの木を見て下さい。」ガイドさんは目の前の大きな木を指さしました。

「ものすごく大きいですよね。昔はこの辺りにこういう木がたくさん生えていたんです。もちろん、お寺のすぐ近くにもたくさん生えていました。これがお寺を隠してしまうのです。遠くから見たらそこは森にしか見えません。」
ほお!そうか!そういうことだったのか!土よりもまず木に埋もれるのか!

実際、カジュラーホー寺院境内から外を見てみるとそれを強く実感できました。塀の向こう側にはすぐ川が流れていて、目の前に茂っている木々は対岸のものです。こうして見るとたしかに木々の向こうは全く見えません。
今はこの寺院の境内が整備されここには木がありませんが、ここもかつては対岸と同じような状況だったことでしょう。それならばこの寺院が遠くからは全く見えないのも当然です。
ですが、近くに来ればお寺があることくらいすぐにわかるのではないか。そんな疑問も浮かんできます。それに対してもガイドさんはこう答えてくれました。
「カジュラーホーはそもそも王国の主要都市から離れた辺鄙な場所に作られました。なぜこんな辺鄙な場所に作られたのかは今でもわかっていませんが、侵攻してきたイスラームの人達にとってここは重要な場所ではありませんでした。なのでわざわざここを統治することもなかったのです。
そしてさっきも言いましたように、ここは大きな木がたくさん生えるジャングルになりました。地元の人はジャングルには入ろうとしません。肉食動物やヘビが出て危険なのです。山賊もいました。そんな危険な場所にわざわざ行く地元民はほとんどいません。
それにそもそも農民たちは自分の村から出ようとしません。出たとしても街道しか通りません。道のないジャングルに入っていくなどほとんどなかったことでしょう。だからこの遺跡は忘れられてしまったのです。」
なるほど!そういうことだったのか!
これなら納得できます。ジャングルはあまりに危険です。そこに人は立ち入りません。しかもそれは政府からすれば天然の要塞でもありますからむやみに開発することもありえません。ジャングルは国防上も有用な存在なのです。これはスリランカ仏教を学ぶ過程で読んだロバート・ノックス著『セイロン島誌』の「王の政策は王国内をなるべく入り組んで動き回り難くすることであり、そのために森林の伐採を禁じ、特に地域と地域を分けている森林に対して厳しい。さらに川に橋を架けることも、道を広げることも許さない。(P126-127)」という記述とも重なります。
そうか、そういうことだったのだ。やはり実際に来てみて実感することがあります。現地に来てこの巨大な木々を見たからこそ私の積年の疑問が解けたのです。
仏跡もきっと同じような過程を経て忘れ去られていったのでしょう。多くの仏跡も街から離れた辺鄙なところに作られています。瞑想修行をするためには賑やかな街から離れなければなりません。おそらく、それらの仏跡も木々に遮られ遠くから見えることがなくなったまま徐々に荒廃し土に埋もれていったのでしょう。私がカジュラーホーの次に訪れたサーンチー遺跡もまさにそうした流れを辿っています。




そしてインドから日本に帰って来てからさらに実感したことがあります。
次の写真をご覧ください。


これは私の家の近くの公園を撮影したものなのですがいかがでしょう。上下とも同じ場所です。上の写真は草刈り直後、そして下はそのたった1か月後の状況です。まさにジャングル化としか言いようがありません。向こう側がもはや全く見えなくなってしまったのです。
これを見てさらにインド仏跡の見つからなさが身に沁みました。ジャングル化してしまえば遠くからどころか近くからも見えないのです。しかも一旦ジャングル化してしまえば恐ろしくてこの先になど行けたものではありません。蛇や猛獣、毒虫、熱病の巣窟です。これは村人たちが立ち入らないのもよくわかります。
これらのことは私にとって実に嬉しい発見でした。私の意を汲み取ってくれたガイドさんには本当に感謝しています。
続く
主要参考文献一覧
〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧
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