(28)コゼットとジャン・ヴァルジャンのドラマチックすぎる出会い~作中屈指の名場面!

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(28)コゼットとジャン・ヴァルジャンのドラマチックすぎる出会い~作中屈指の名場面!
『レ・ミゼラブル』 第二部 コゼット 第三章 死んだ女への約束をはたす ⑵
テナルディエのおかみの言いつけで、夜にも関わらず森へ水汲みへ行かされるコゼット。
彼女はこの暗い森を心底恐れていて、どうしてもそこへは行きたくはありませんでした。それはそうです。小さな子供がたった一人で森の中を歩くなんて想像するだけでも恐ろしいことです。
ですが、もっと恐ろしいおかみの言いつけには逆らえません。彼女は重い桶を持ち、とぼとぼ森の方へ歩いて行ったのでした。
真っ暗な、人けのない空間が、彼女の前にあった。彼女は絶望して、人っ子一人いない、暗闇を見つめた。そこには、けだものがいるし、きっと幽霊もいるだろう。じっとよく見ていると、草の中を歩く、けだものの足音が聞えたし、それから、木の間で動きまわる幽霊がはっきりと見えた。そこで、彼女は桶をつかんだ。恐怖で、大胆になった。
「いいわ」と彼女は言った。「水はなかったと言ってやろうっと!」
彼女は思いきって、モンフェルメイユに引返した。
百歩も歩かないうちに、彼女はまた立ち止って、頭をかきはじめた。今度は、テナルディエのおかみさんがあらわれたのだ。おかみさんは、ものすごかった。ハイエナのような口をして、目は怒りで燃えていた。小娘は、悲しそうに前を見、うしろを振返った。どうしよう?どうなるだろう?どこへ行こう?前には、テナルディエのおかみさんの幻があり、うしろには、夜と森のありとあらゆるお化けがいる。彼女はテナルディエのおかみさんの方から逃げ出した。彼女は、泉へ行く道に引返すと走り出した。目をつむり、耳をふさぎ、走りながら村を出、走りながら森の中に入った。息がつづかなくなって初めて走るのをやめたが、休まずに歩きつづけた。無我夢中で、前へ進んだ。
走りながらも、泣きたくなった。
森の夜のざわめきが、彼女をすっぽりとくるんでいた。彼女は、何も考えず、何も見なかった。とてつもなく大きな夜の闇が、このいたいけな小娘の前に立ちはだかっていた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P156-157
「前には、テナルディエのおかみさんの幻があり、うしろには、夜と森のありとあらゆるお化けがいる。彼女はテナルディエのおかみさんの方から逃げ出した」
いかがでしょう。このユゴーの見事な描写がコゼットの気持ちを実に的確に表していますよね。彼女にとっておかみさんというのはそれほど恐ろしい存在だったのです。
そして同時に、このコゼットをすっぽりとくるむ闇は、彼女の人生そのものを象徴しているようにも思えます。全く光のない暗闇・・・。それは頼るべき母もなく、終わりのない虐待に苦しむ彼女の日々も表しているのではないでしょうか。
そしてこの後もコゼットの健気な奮闘が実に細やかに語られます。その全てを紹介したいくらいですが、こうしてコゼットは一人森の中を歩き続け、なんとか泉に辿り着いたのありました。
そしていよいよ運命の瞬間が訪れます。
これは作中でも屈指の名場面ですので少し長くなりますが、その箇所をご紹介したいと思います。
彼女は立ち上がった。恐怖がよみがえってきた。それは自然な、おさえようのない恐怖だった。もう逃げ出そう、ということしか考えなかった。森を越え、野を越え、大急ぎで、窓のあるところまで、家のあるところまで、蝋燭の灯のともっているところまで逃げよう。前にある桶が目についた。逃げ出すにしても、水の桶は放さなかった。それほどおかみさんがこわかったのだ。彼女は桶の柄を両手で持った。やっとのことで桶を持ち上げた。
そして、十歩あまり歩いたが、桶はいっぱいで重かった。また桶を地面におかないわけにはいかなかった。ちょっと息をついてから、また桶を持ち上げて、歩き出した。今度は、前より少し長く歩いた。しかし、また止らなければならなかった。しばらく休んでから、また歩き出した。老婆のように、身をかがめ、頭を垂れて歩いた。桶の重さに、細い腕は引張られ、こわばった。鉄の柄で、ぬれた小さな手は、しびれて、かじかんだ。ときどき、止らねばならなかった。そして止るたびに、冷たい水がこぼれて、跣の足をぬらした。これが、冬、夜中に、森の奥で、全く人の目のとどかないところでのことなのである。しかも、八つの子供なのだ。そのとき、この悲しい出来事を見ていた者は、神のほかにはいなかった。
それから、この子の母親も見ていたろう。ああ!墓の中の死んだ女の目をひらかせる事柄もあるのだから。
小娘は、苦しそうにぜいぜい息をした。すすり泣きが喉をしめつける。それでも、声を出して泣きはしなかった。それほどおかみさんがこわかったのである。おかみさんがいつもそばにいると思う癖がついていたのだ。
ところで、こんなふうでは、どんどん進むわけにはいかなかった。それで、とてもゆっくりしていた。立ち止る時間を短くして、なるべく長い間歩いたが駄目だった。こんなふうでは、モンフェルメイユに帰りつくには一時間以上かかるだろう、それで、おかみさんにぶたれるだろうと、考えて心細くなった。この不安は、夜中に森で一人ぼっちでいる恐ろしさと一緒になった。もうへとへとに疲れていたのに、まだ森から出ていないのだ。見覚えのある、栗の老木のそばまでたどり着くと、最後に体をよく休めるために、今までよりも長く立ち止った。ありったけの力をしぼって、桶を持ち上げると、元気を出して、歩きはじめた。それでも、この絶望した哀れな女の子は、叫ばずにはいられなかった。「ああ、神さま!神さま!」
そのとき、急に、彼女は桶が少しも重くないことを感じた。とても大きく見えた、一本の手が、桶の柄をつかみ、勢いよく持ち上げたのだった。彼女は頭をあげた。大きな黒影が、まっすぐに立って、闇の中で、彼女のそばを歩いていた。それは、彼女のあとからやって来た男で、彼女にはその足音が聞えなかったのだ。この男は、一言も言わずに、彼女の持っていた桶の柄を握ったのであった。
人生のどんな出会いにもふさわしい本能がある。小娘はこわがらなかった。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P161-163
これぞ世界文学史上名高い、コゼットとジャン・ヴァルジャンの出会いのシーンになります。
このシーンについてはフランス文学者の鹿島茂先生も『レ・ミゼラブル百六景 増補新版』で「このシーンは全編中で最も感動的なものであり、これまでにも多くの芸術家がこの場面に着想を得た作品を作り上げてきた。(P154)」と絶賛しています。
私もそう思います。
苦しんで苦しんで、「ああ、神様!神様!」と嘆いた瞬間、ふと桶が軽くなる・・・!
この何も言わずに桶がふと軽くなったというところに痺れますね!普通だったら、「大丈夫かい?」と姿を現すところでありましょう。それを無言でこうです。ああ!さすがユゴー大先生!
しかもその直後、「人生のどんな出会いにもふさわしい本能がある。小娘はこわがらなかった」という見事な言葉でこの出来事が締めくくられます。これはもう降参ですね。ため息が出るほどの素晴らしさです。
この伝説的なシーンはさすがに映像化できなかったのでしょう。ミュージカル映画ではこうした対面ではなく、むしろ普通の(わかりやすい)出会いとなっています。
なぜそうなったかは私にはわかりませんが、この伝説的なシーンは原作でだけ味わうことができます。やはりこれは小説という表現形式だからこそ響くものなのかもしれません。読書の良さはこういうところにもありますね。映像作品とは異なる魅力があるというのもこのシーンから感じられるのではないでしょうか。
そしてこの後ジャン・ヴァルジャンはこの少女の名前を聞き、文字通り雷に打たれたかのような衝撃を受けます。彼は知らずにたまたまこの少女と出会ったのでありますが、まさにこの子こそ彼が探し求めていた少女だったのでありました。
そうです。またしても偉大なる「たまたま」です。
いずれにせよ、こうしてコゼットとジャン・ヴァルジャンは出会うことになりました。そしていよいよコゼットをテナルディエから取り戻す段に入っていくのですがこれも原作とミュージカルではその流れが異なります。
次の記事ではざっくりとでありますが原作におけるコゼット救出について見ていきたいと思います。
続く
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