(11)運命を変える「たまたま」が頻発する『レ・ミゼラブル』

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(11)運命を変える「たまたま」が頻発する『レ・ミゼラブル』
第一部 ファンチーヌ 第四章 委託は譲渡となることがある
トロミエスに逃げられたファンチーヌは愛する娘を養うため必死に働きましたが、パリではもはや生活することが不可能となっていました。そして最後の望みとして故郷の町に帰ることを決断します。身の回りのものをすべて売り払ってなんとか小金を用意し、彼女は出発したのでありました。
そしてその道中、ある居酒屋の前を通りかかった時にたまたまかわいい女の子が2人で遊んでいるのを見かけます。その姿はまるで天使のようでした。ユゴーはこの時の様子を次のように描写しています。
彼女はすっかり感動して二人を見つめた。天使の存在は、天国を知らせてくれる。彼女はこの宿屋の上に、神意の神秘な「ここ」を見るような気がした。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P283
ユゴーらしいドラマチックな表現ですが、ファンチーヌはたまたま出くわしたこの光景にすっかり神秘的な何かを感じていたのでありました。
そして吸い寄せられるように近づき、テナルディエのおかみさんに「かわいいお子さんたちですね」と声をかけてしまうのです。これが地獄の入り口だと気づかずに・・・。
ファンチーヌが天国だと思ったその場所から地獄が始まっていくというのは憎らしい演出ですよね。さすがユゴーです。
そしてここからテナルディエのおかみさんの描写が始まるのですが、その中でも私はある言葉に注目せずにはいれませんでした。その箇所を読んでいきましょう。
このテナルディエのおかみは、赤毛で、肉づきがよく、角ばった女だった。しとやかさなどまるでなく、兵隊女房の標本だった。それに奇妙なことだが、小説の読みすぎで、どこかしおらしいところもあった。しなをつくる男みたいな女だった。古い小説が、安料理屋のおかみの想像力の中ですり切れると、こんな結果になるものだ。彼女はまだ若くて、三十そこそこだった。この女はしゃがんでいたが、もし立っていたら、その背の高いことと、縁日に出るのにふさわしい歩く巨人のような肩幅をしていることで、おそらくは初めからこの旅の女を恐れさせ、信頼を揺るがせ、これから述べるようなことは起らなかっただろう。立っていないで、坐っていた人間、運命はそんなことでも変ってくるのだ。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P284
「立っていないで、坐っていた人間、運命はそんなことでも変ってくるのだ」
そうです。まさにおかみが「たまたま」坐っていたからこそ、ファンチーヌは彼女に声を掛けることになったのです。
またもや、「たまたま」です。
たまたま通りかかった居酒屋で、たまたま子供が遊んでいて、たまたまテナルディエのおかみさんが坐っていた。だからこそ物語が動き始めたのです。
そしてこれから先、『レ・ミゼラブル』はこうした「たまたま」が頻発していきます。もはやこの「たまたま」は偶然ではなく、必然と言ってもよいでしょう。『レ・ミゼラブル』という偉大な物語、いや神話においてはこの「たまたま」が運命を動かす「必然」へと昇華していきます。
厳密なリアリズムから言えばこうしたあり方は「ご都合主義」と批判されるかもしれません。
ですが、キリストの物語しかり、ブッダの物語しかり、神話においては一つ一つの出来事がまさに偶然であっても必然のようにしか思えないということが多々あるというのも事実ではないでしょうか。その「たまたま」に意味があるようにしか思えない。それが偉大なる物語にとって必然的なものだと自然と思えてしまう。これぞ神話であり、英雄の物語なのではないでしょうか。
ブッダがネパールの小国の王子として生まれたのもたまたまです。母親が産後わずか一週間で亡くなってしまったのもたまたまです。出家のきっかけとなった沙門(宗教者)との出会いもたまたまです。ですが、そのたまたまがブッダという偉大な人物を構成しているのは間違いのない事実なのです。ここに人生の不思議があります。
そしてそれは偉人だけでなく私達ひとりひとりも同じです。私達もこの一瞬一瞬「たまたま」と共に生きています。そのたまたまを自分の物語としてどう受け取っていくのか、そこに人生の分かれ道があるのではないかと私は思うのです。
考えすぎと言われればそれまでのお話しですが、レミゼにおいてはこの後もたまたまの出来事がとにかく続いていきます。ぜひそのことに注目しながら読んで頂けたらと思います。
続く
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