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(43)修道院生活で浄化されるジャン・ヴァルジャン~彼はそこで何を知ったのか

ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む
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「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(43)修道院生活で浄化されるジャン・ヴァルジャン~彼はそこで何を知ったのか

『レ・ミゼラブル』第二部 コゼット 第八章 墓地は与えられたものを受取る ⑹

前回の記事ではコゼットの修道院生活を見ていきましたが、第二部のラストはジャン・ヴァルジャンで締めくくられます。

ユゴーはここでの彼の生活について次のように語っています。

この修道院はジャン・ヴァルジャンには深い海に固まれた島のようなものだった。その後、この四つの壁の中が、彼の世界となった。ここでは、思う存分に空をながめて、穏やかな気分になれたし、コゼットをながめては、仕合せな気持にもなれた。

とても静かな生活が、再び彼にはじまった。(中略)

ジャン・ヴァルジャンは一日じゅう庭で働き、とても役に立った。昔枝切り人夫だったので、喜んで庭番になった。彼が園芸についてあらゆるこつや秘訣に通じていたのが思い出される。彼はそれを生かした。果樹園の木は、たいてい野生のままだったので、芽接ぎをして、立派な実をならした。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P493-494

ジャン・ヴァルジャンにとってこの修道院での暮らしは安全そのものでした。彼にとって、誰にも追われる心配のない生活というのはどれほど心休まるものであったことでしょう。

そして彼は得意とする園芸に打ち込むことになります。かつての工場長や市長としての仕事は、機械だけでなく煩雑な人間関係や資金繰りなど実に大変なものであったことでしょうが、今や彼はひとり黙々と植物と向き合い仕事をしていました。元々寡黙な性格であったジャン・ヴァルジャンにとって、こうした日々は実に心穏やかな日々となったことでしょう。

また、前回の記事でも見ていきましたように、日に日に明るくなっていくコゼットの姿を見ていくことは彼にとって何よりの幸せでありました。

こうして彼ら2人は幸せな日々を送ることになったのですが、ここでユゴーは重要な指摘をしています。

修道院は、コゼットと同じく、ジャン・ヴァルジャンの心の中に、あの司教がつくったものを支え、それを完成する助けとなった。たしかに、美徳の一面には傲慢につながるものがある。そこに悪魔のかけた橋があるのだ。たぶんジャン・ヴァルジャンが知らないうちに、その一面に、その橋に近づいたそのときに、神は彼をプチ・ピクピュスの修道院に投げ入れたのである。自分を司教とだけくらべていた間は、自分のいたらなさを知り、謙虚であった。ところがこのごろは自分を凡人とくらべるようになり、傲慢の心が生れていた。結局それは少しずつ憎しみの心まで逆戻りしてしまったかもしれない。

修道院は、その坂の上で、彼を引止めたのだ。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P496

この修道院が彼にいかに良い影響を与えたかがこの箇所からも明らかでありましょう。

ちなみにですが、ジャン・ヴァルジャンはコゼットと出会ったことですでに魂の浄化が始まっています。それは「(30)救われたのはジャン・ヴァルジャンの方だった?コゼットの存在が彼に与えた大きな影響とは」の記事でも見てきました通りです。

ただ、コゼットもそうでありましたように、やはりジャン・ヴァルジャンにとってもまだ時間と環境が足りていなかったのです。この浄化がよりはっきりとした形を取るのはやはりこの修道院があったからこそなのだと言えましょう。

そしてジャン・ヴァルジャンはここで改めて自分自身のことを見つめ直します。

彼は昔の仲間を思い出した。なんとみじめだったろうか。明け方から起きて、夜まで働いた。ろくに眠ることもできなかった。折りたたみのべッドで、七センチの厚さの藁布団が許されるだけで、一年でいちばん寒さのきびしい月しか暖めてもらえない大部屋で寝るのだった。赤い恐ろしい囚人服を着せられていた。お情けで、暑い盛りには木綿のズボンをはき、寒い最中には、馬車屋の着る毛の上着が許された。「苦役」に行くときのほかは、葡萄酒も飲めず、肉も食べられなかった。名前もなく、番号だけで呼ばれ、いわば数字にされ、目を伏せ、声を低め、髪を切られ、棒でなぐられ、汚辱の中で生きていた。

それから、今、目の前にいる人たちに、思いをはせるのであった。

これらの人たちも、髪を切られ、声を低め、汚辱ではないが、世間の嘲笑の中で、棒で背を傷つけられるのではないが、苦行で肩を破られて生きていた。この人たちもまた、世間での名は消えて、もはやいかめしい呼び名があるだけだった。決して肉を食べず、葡萄酒も飲まなかったし、夕方まで何も食べずにいることもしばしばであった。赤い上着ではなかったが、夏には重く、冬には軽い、黒い毛の衣を着たきりで、何一つ脱いだり、重ねて着たりできなかった。季節によって、木綿や、ことに毛の服を着るという方便さえなかった。一年のうち六カ月は、サージの下着を着て、暑さに苦しむ者もいた。寒さのきびしいときしか暖めない大部屋にではなく、年じゅう火のけのない独房に住んでいた。七センチの厚さの藁布団ではなく、藁の上に寝た。そのあげく、眠らせてももらえなかった。毎夜、苦行の一日を終えて、初めて休息し、疲れはてて、まどろみかけ、やっと暖まりだしたときに、目をさまし、起き上がり、冷たく暗い礼拝堂に行って、石にひざまずいてお祈りをしなければならなかった。

あそこにいたのは男で、ここにいるのは女である。

あの男たちは何をしたのか?盗み、暴行し、掠奪し、殺害し、暗殺した。強盗、偽造者、毒殺者、放火犯、人殺し、親殺しなどだった。ここの女たちは何をしたのか?彼女たちは何もしなかった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P497-498

かつてジャン・ヴァルジャンはパンを1個盗んだ罪で逮捕され監獄生活が始まりました。ここで語られますように、その生活はそれはそれは惨めな日々でありました。ですが、今振り返ってみると、それは自らの罪が招いたものではなかったかと彼は気づきます。たしかにあの監獄での罰はあまりに厳しいものでありましたが、自らの罪を償うためにあのような生活を強制されていたのです。

それに対し、この修道院での修道女たちは何もしていないのに監獄と同じような苦しい生活に自ら身を置いています。そう!悪いことは何もしていないのにです!それにも関わらず彼女たちは身を捧げ祈り続けているのです。

これにジャン・ヴァルジャンは衝撃を受けたのでありました。

ジャン・ヴァルジャンは前者の贖罪、個人的な贖罪、自分自身のための贖罪ならよくわかった。しかし、後者の贖罪、非のうちどころのない、汚れない人たちの贖罪はわからなかった。それで、彼はおののきながら心に尋ねた。「なんの贖罪か?どんな贖罪か?」

心の中で一つの声が答えた。「人間の高潔さの中でも最も神聖なもの、他人のための贖罪だ」(中略)

彼は、自己犠牲の絶頂、到達しうる徳の最高峰を、目のあたりにした。人間の過失を許し、彼らにかわって罪を贖う純潔、罪を犯したことのない魂が、過失を犯した魂を罰から救うために、屈服に従い、苦しみを承知し、刑罰を求める。神への愛の中に沈みながら、人類愛がはっきりと存在し、それは祈願する。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P500

そうです。ジャン・ヴァルジャンはここで初めて気づくのです。

ミュージカルに慣れた私達にとっては、ジャン・ヴァルジャンは偉大なる自己犠牲の人であり、身を挺して他者を救う英雄です。

ですが、彼が真の意味で自己犠牲の精神を学んだのはこの修道院においてなのです。彼は最初から自己犠牲の人だったわけではありません。元々そういう素質はあったでしょうが、彼がこの概念を明確に感じることができたのはこの修道院のおかげなのです。こうしてミリエル司教から与えられた慈悲の心がここで完全に彼の中で血肉となったのでした。

彼はここでの祈りの生活の内に幾度となく深い瞑想に入りました。そしてこうした高潔な精神に心打たれ、彼は何度となく涙します。それほどここでの生活は彼の心に深い影響を与えたのです。

そして第二部のラストは次のような文章で締められています。

この平和な庭、香り高い花、明るい声を立てる子供たち、真面目で素朴な女たち、静かな修道院など、彼を取囲むすべてのものが、少しずつ彼の心にしみ込んでいった。そこで修道院のような静けさ、花のような香り、庭のような平和、ここの女たちの素朴さ、子供たちの明るさなどで、彼の魂は次第に形づくられていった。それから、彼は自分の人生の二度の危険な瞬間に相次いで自分を迎え入れてくれたのは、神の二つの家であったことを考えた。最初は、すべての戸口が閉ざされ、人間社会からつき出されたときであり、二度目は、人間社会から再び追跡されはじめ、牢獄がひらいたときだった。最初の家がなければ、罪を繰り返しただろうし、第二の家がなければ、再び罰を受けただろう。

彼の心はすべて感謝にとけこみ、ますます愛するようになった。

数年がこうして流れ去った。コゼットは成長した。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P502-503

いかがでしょう。この巻のラストの言葉「数年がこうして流れ去った。コゼットは成長した。」の破壊力!

第二部の章題は「コゼット」です。それを見事に回収するかのようなラストでありますよね。

それにしてもこの終わり方は反則的なほど格好良いです。「数年がこうして流れ去った」と「コゼットは成長した」という2つの文を繋げてここに置くというのがもうたまりません。どうしてこんなことを思いつけるのでしょう!

私達は出来上がった作品をこうして読んでいますので当たり前のようにこれを読んでしまいますが、もしこれが自分がまっさらなところから物語を書いているとしたらどうでしょう!こんな大胆不敵で見事な終わり方なんて私には絶対に思いつけません。

『カラマーゾフの兄弟』もそうでしたが、これらの傑作はあまりにすごすぎて、自分の力のなさを痛感させられるということがよく起こります。私は一時期、いや、最近までのかなり長い間、浄土真宗の開祖親鸞聖人をモデルにした歴史小説を書こうと志していたのですがついにそれは諦めてしまいました。私には絶望的なまでの力不足を感じずにはいられないのです。

その原因はまさしくこれらの傑作にあります。

私には書けない・・・。こんな美しい言葉を生み出せない・・・。それに、私は情景描写を書くのが致命的に苦手であることがはっきりしてきました。私は絵の訓練をしてきませんでしたので、どうも空間認識が弱いのです。ユゴーもトルストイもドストエフスキーも絵がかなり上手で、かなり専門的な描き方もできる作家でした。そんな彼らだからこそ美しい風景を文字で表すことができたのです。

それに、そもそも心理分析の巧みさや圧倒的なシナリオ、これらに関しても全く太刀打ちできません。世界を代表する作家と比べること自体大変おこがましいことなのでありますが、私は自分で物語を作るくらいなら、彼らの素晴らしい作品に没頭していたいと今は思うのです。もう私が何か作らなくともこんなに素晴らしいものがあるではないかと。

そんなことを言ってしまったら現代において新たに作られるものはどうなんだとなってしまいますが、それはそれでよいのです。創作したい人は創作すればよいのです。むしろ、大いにするべきだと思います。ただ、私は創作する側の人間ではなかった。それだけのことです。

さて、話はずいぶん遠くに行ってしまいましたがこうして第二部が幕を閉じました。

ミュージカル映画では第二部後半で語られた修道院内部での出来事がほとんどカットされています。尺の問題もあり、これは仕方ないことだと重々承知ですが、実はこの修道院での出来事がジャン・ヴァルジャンとコゼットに大きな影響を与えていたということはぜひ強調したいと思います。

では、次の記事から第三部へと入っていくことにしましょう。

続く

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ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む

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この記事を書いた人

2019年「宗教とは何か」をテーマに80日間で13カ国を巡り、その旅をもとにした世界一周記を全国9紙で連載。
現在は北海道新聞「みなみ風」で『インド・スリランカ仏跡紀行』を連載中。

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