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(16)仏教繁栄の大恩人アショーカ王!~インド全土を支配した大王の偉大な功績とは

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『シン日本仏教史』(16)仏教繁栄の大恩人アショーカ王!~インド全土を支配した大王の偉大な功績とは

ブッダが亡くなってからちょうど100年後、アショーカ王がマウリヤ王朝の王として即位しました。年代としては紀元前268年頃と言われています。

紀元前265年、アショーカの頃の版図 Wikipediaより

マウリヤ王朝は当時インドのほとんどを統治した大国で、その力は絶大でした。そしてその王が仏教に深く帰依し、インド中にブッダの偉大さを記念する柱を立てたのでした。仏教がインド全土に広がったのは彼のおかげだと言われています。

そしてその中でも最も有名なのがサールナートで発見されたライオンの柱です。

筆者撮影
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これはインドの歴史上最高峰の彫刻として知られ、インドの国章としても採用されています。

私もこのライオンには圧倒されました。あまりに精緻!これがインド最高の彫刻作品のひとつと言われるのもよくわかりました。

ちなみに、こちらがそのライオンの柱が埋まっていたサールナートです。ブッダが初転法輪をしたあのサールナートです。そしてこの写真左側の東屋のような建物にはアショーカ王柱が展示されています。

今は折れてしまっていますがかつては15メートルもの高さがあったそうです。

こちらはこのアショーカ王柱が発掘された当時の写真です。本当にこんな形で埋まっていたのかと思うと驚かざるをえません。

そしてアショーカ王が歴史的に重要なのは、こうした柱の存在によってブッダの歴史が証明されたという点にあります。

と言いますのも、インドでは13世紀初頭に仏教が滅び、その後忘れ去られていたため、遺跡はほぼ土に埋まっていたのでした。しかし19世紀のイギリス統治下で発掘が行われ、これらの柱に書かれた碑文からそこがブッダの遺跡であることが証明されたのです。もしアショーカ王の柱がなければインドの仏跡は分からずじまいだったかもしれないのです。というわけで、アショーカ王は私達の大恩人だと言うことができるでしょう。

スリランカへの仏教伝来~アショーカ王の息子マヒンダの活躍

そしてこのアショーカ王の息子マヒンダもものすごい人物でした!彼は王位継承者としてではなく、出家僧侶としての道を歩み、高名な長老となりました。そして彼はスリランカに渡り、仏教を伝えたとされています。これは紀元前3世紀の後半の頃だったと言われています。

筆者撮影

ちなみに上の写真がスリランカ仏教伝来の地ミヒンタレーになります。伝承によればこの岩の上でスリランカのティッサ王とマヒンダ長老が会談し仏教が公式に伝来したとされています。私もここを訪れましたが、その伝説にふさわしい厳かな山でした。スリランカで最も印象に残った場所のひとつです。

スリランカ仏教についてはこの連載でもこの後じっくり見ていきますのでお楽しみに。

続く

主要参考文献一覧

〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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