(26)ジャン・ヴァルジャン、軍艦から海へ飛び込み決死の脱獄!

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(26)ジャン・ヴァルジャン、軍艦から海へ飛び込み決死の脱獄!
『レ・ミゼラブル』第二部 コゼット 第二章 軍艦オリオン号
100ページ以上にわたって語られたワーテルローの話から話題は転じ、ここでは第一部のラストで姿を消したジャン・ヴァルジャンの消息が語られることになります。
なんと、彼はまたもや逮捕されトゥーロンの徒刑場へと送られていたのでありました。パリでモンフェルメイユ行きの馬車に乗ろうとしていたところを逮捕されたようです。
トゥーロンといえば、彼が19年も収監されていた監獄になります。ジャン・ヴァルジャンはこうしてまた始まりの地へと逆戻りしてしまったのでありました。
そしてここでユゴーは新たな情報も明かしてくれます。
例のモントメイユ・シュル・メールがその後どうなったかという、私達も気になるあの情報です。この連載ではすでにその顛末はお伝えしましたが、ここで改めて本文を読むのもやぶさかではないでしょう。ジャン・ヴァルジャンの偉大さを再確認する上でもこれは良い機会となると思います。
なお、あとになってもう一度繰返さなくても済むように今言っておけば、モントルイユ・シュル・メールの繁栄はマドレーヌ氏とともに消滅してしまった。彼が興奮とためらいの夜に予想したことがすべて、現実となった。実際彼がいなくなったことは、「魂がなくなった」ことにひとしかった。
彼の没落のあと、モントルイユ・シュル・メールでは、大人物が倒れたときに起る利己的な分割が行われた。この繁栄の宿命的な解体は、人間共同体の中で毎日ひそかに行われているのだが、ただ歴史にそれがはっきり記載されたのは、アレクサンドロスの死後に起ったときだけである。副官の輩が王冠をいただき、職工長たちが急に工場主になる。羨望から生じた競争がはじまる。マドレーヌ氏の広大な工場は閉鎖され、建物は荒れほうだいとなり、労働者たちはちりぢりばらばらになった。ある者は土地を去り、ある者は仕事を捨てた。それ以来、すべてが大きくなるかわりに小さくなり、善のためではなくて、利益のためということになった。中心がなくなり、いたるところ競争と憎しみがあった。
マドレーヌ氏がすべてを支配し、指導していたが、彼が倒れると、各自が私利に走った。組織の精神が競争心となり、真心がとげとげしさとなり、すべての人にたいする創立者の愛情が、相互の憎しみと変った。マドレーヌ氏が結んだ糸目は、もつれて、切れた。
人びとは方法をごまかし、製品を低下させ、信用をなくした。販路はせばまり、注文は少なくなった。賃金は低くなり、工場は休業し、破産がやってきた。もはや貧しい人たちには援助もなくなった。すべてが消滅した。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P109-110
※スマホ等でも読みやすいように一部改行した
あれほど恩義のあるマドレーヌ氏に対して掌返しをした人々です。こうなることは目に見えていました。ですがいざ実際にこうなってみると、悲しいことですよね・・・。
ただ、よくよく考えてみると、こうした圧倒的なカリスマを失った後にガタガタガタっと崩壊していく組織というのは意外と多いようにも思えます。圧倒的なカリスマがワンマンで全てを引っ張っていたからこそ成立していたのであって、その存在がいなくなってしまうと全く機能してくなってしまう・・・。これは現代でも変わらず起こり得ることでありましょう。
となると、圧倒的なカリスマがいなくとも何とか回していける仕組みを作ることが重要となっていきます。マドレーヌ氏の工場ではそうした仕組みがなく、すべてが個人の意思と良心に委ねられていました。ですがそれではだめなのです。組織を長く繫栄させたいのであれば、不正をしにくい仕組み作りや、そもそもある程度の人間であればそこそこ回せてしまうという「ベストとは言えなくともベター」な運営を構築する必要があります。
これは工場だけでなく、まさに宗教教団においても同じです。だいたい、開祖というのは基本的にはカリスマです。ですがそのカリスマがいなくなってしまった後もその教団が長く続くかどうかというのはこの点にかかっています。優れた参謀がいて強力な組織作りに成功しない限り、教団はあっという間に終わってしまうのです。今も残る巨大な宗教教団というのはどこかのタイミングで必ずこうした強力な組織作り、仕組み作りが行われています。開祖のカリスマだけに頼るだけではだめなのです。
まあ、この物語においてそんなことを言っても仕方のないことなのですが、そんなこともこのマドレーヌ氏の工場の結末で感じたのでありました。
さて、そんなジャン・ヴァルジャンでありましたが、彼にはまだ果たすべき使命が残っています。
それがコゼットを救い出すことでありました。ファンチーヌとの約束を守るためにも腐ってはいれません。彼はトゥーロンの徒刑場で脱獄の機会を虎視眈々とうかがっていました。
そしてその機会がついにやってきます。
ジャン・ヴァルジャンが服役中、たまたまフランスの軍艦が台風で損傷し、その修理のためにトゥーロン港に寄港していました。そしてその修理作業中、ある作業員がバランスを崩し、マストから転落してしまったのです。彼は何とか綱を掴んでぶら下がっていましたが、このままだと力尽きてしまうの目に見えています。それを見ていた群衆も彼が落ちていくのを見まいとして顔をそむけるしかありませんでした。
しかしそこに突然ものすごいスピードで現れた男がいました。
そうです、それが何を隠そう、我らがジャン・ヴァルジャンです。
彼はちょうど徒刑場の労役として艦上で作業をしていたところでした。そしてこの窮地を見て上官に彼を助けに行く許可を求めたのです。こんな危険な救出に手を挙げる者は誰もいなかったので、この申し出はすぐに許可されました。そして彼の足につけられていた鎖が破壊され、身軽になった体で一気にマストを上ります。
こうして彼は哀れな作業員のもとへ急行したのでありました。
そして持ち前の怪力で綱を手繰り寄せ、見事救出に成功します。
この見事な救出劇に人々は大歓声です。ただ、「さあ、めでたしめでたしだ」と皆がほっとした瞬間、信じられないことが起こります。なんとこの英雄が急によろけ、そのまま海へと転落してしまったのです。これには人々も大パニックでした。
ですが、これが実はジャン・ヴァルジャンの作戦でした。「脱獄するなら今しかない!」あまりに大胆な方法ではありましたが結果的にこれによって彼は脱獄に成功します。
こうしてトゥーロンの徒刑場から脱獄し、彼は再び姿を消すことになります。ミュージカル映画ではファンチーヌの病室からそのまま海へダイブし姿を消していましたが、原作ではこれほど手間をかけてジャン・ヴァルジャンは逃走していたのです。
そしてジャン・ヴァルジャンにとってさらに都合の良いことに、人々は「あの囚人は死んだ」と思いこんでいました。あれだけの高さから海に転落し、しかも浮かび上がってこないのだとしたらこれはもう死んだと考えるほかはありません。こうして新聞にも彼の死が掲載されることになったのでありました。
さあ、こうしていよいよジャン・ヴァルジャンは自由に動けるようになりました。そして準備を整えた彼が向かうは当然、あの場所です。いよいよジャン・ヴァルジャンとコゼットの運命的な対面が近づいて参りました。
続く
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