アレクシエーヴィチ『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』ソ連崩壊後のロシアを生きる人々の生の声を聴ける名著!

現代ロシアとロシア・ウクライナ戦争

アレクシエーヴィチ『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』ソ連崩壊後のロシアを生きる人々の生の声を聴ける名著!

今回ご紹介するのは2016年に岩波書店より発行されたスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、松本妙子訳の『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』です。

早速この本について見ていきましょう。

「思想もことばもすべてが他人のおさがり、なにか昨日のもの、だれかのお古のよう」

1991年、ソ連が崩壊した。20世紀の壮大な実験ともいわれるこの国での日々は、人びとの心になにを残したのだろうか。共産主義下の暮らしを生きていた人間の声を書き残すべく、作家はソ連崩壊直後から20年以上にわたって数多くの聞き取りをおこなった。自殺者の家族、収容所の経験者、クレムリンの元幹部、民族紛争を逃れた難民、地下鉄テロの被害者、デモに参加して逮捕拘禁された学生。街頭や台所で交わされ響きあう幾多の声から、「使い古し(セカンドハンド)の時代」に生きる人びとの姿が浮かび上がる――。21世紀に頭をもたげる抑圧的な国家像をとらえたインタビュー集。著者のライフワーク「ユートピアの声」完結作。

Amazon商品紹介ページより

この作品の著者スヴトラナーナ・アレクシエーヴィチはこれまでも当ブログでも紹介してきました。

アレクシエーヴィチの特徴はそれぞれの境遇に置かれたひとりひとりの声を丁寧にすくいあげ、心の奥底にある記憶や思いを引き出している点にあります。

歴史という大きな枠に埋もれてしまい、本来ならば顧みられないひとりひとりの人生がアレクシエーヴィチの著書ではくっきりと浮かび上がってきます。

今作『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』ではソ連崩壊後のロシアに生きる人々の生活や苦悩、迷いを知ることができます。

この本を読んで本当に驚きました。

ソ連が崩壊した後、全てが変わってしまった。

これまで「良し」とされていたものが一瞬でひっくり返ってしまった世界。

「金儲け」は悪だと教えられ続けていたのに、今や際限のない「拝金主義」「利己主義」に呑み込まれたロシア。

従来の生活からのあまりの変化についていけない人々のリアルな声。

ソ連崩壊後悪化していく経済状態、生活水準、そして人とのつながり・・・

ロシアの人々がソ連崩壊後何を思い、何に苦しんでいるのか、何に不満を持っているのかをこの本では知ることができます。

そして何より「自由」が重荷であることも・・・

このことは前回の記事で紹介した『踊る熊たち』でも述べられていたことです。

『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』でも「自由」について次のように説かれていました。

自由!わたしたちが待っていたのはこんな自由だったのか。わたしたちは、自分たちの理想のために死ぬ覚悟でいた。戦闘でたたかう覚悟でいた。ところが、はじまったのは「チェーホフを彷彿とさせる」くらし。歴史をもたないくらし。あらゆる価値が音をたてて崩れた、命の価値以外の。命全般の価値以外の。あたらしい夢は、家を建てること、いい車を買うこと、スグリを植えること……。自由とは、ロシアの生活においてふだんは横っ面をはたかれている俗物根性の復権のことだったのだ。消費陛下さまの自由。闇の業績。欲望と本能の闇―それはわたしたちがおおよそ知っていた人間のひそかな生活。わたしたちは生活を楽しんでいたのではなく、昔から歴史を生き残ろうとしていた。いまとなっては戦争の体験はもう必要ない、忘れなくてはならなかった。幾多のあたらしい感情、気持ち、反応……。なんだか、まわりのすべてがとつぜん別のものになった。看板、モノ、お金、旗……。そして人間自身も。

岩波書店、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、松本妙子訳『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』P7

ここで語られる「チェーホフを彷彿とさせる」くらしとは、以前当ブログでも紹介したチェーホフの傑作短編『すぐり』から来ています。

ここではその内容については長くなってしまうのでお話しできませんが、戦慄の物語です。間違いなくチェーホフ短編の最高傑作のひとつと言えると思います。

アレクシエーヴィチはこの作品に出てくる「幸福な男」がまさに今のロシアに跋扈していると述べています。ソ連が崩壊し、いよいよ自分たちの自由を生きるんだと理想を見ていたはいいものの、時が経つにつれそんな自由の理想は崩壊し、理想とはかけ離れた世界が目の前に現れた当惑がこの本で語られます。

そして次の文。

ドストエフスキイの「大審問官の伝説」のなかに自由についての論争がある。自由の道は困難で、苦難にみち、悲劇的だということについての……。「これがあんなに高くつくものなら、なんのためにろくでもない善と悪というものを自分から知ろうとしなければならないのか」。人はつねに選択しなければならない。自由か、それとも、安穏で整った生活か。苦悩を伴った自由か、それとも、自由のない幸福かを。そして、大部分の人が二番目の道を歩むのだ。


岩波書店、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、松本妙子訳『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』P9-10

自由の重荷と隷属の幸福という問題といえばやはりドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』で語られる「大審問官の伝説」は避けて通ることはできません。

自由とは何か。

アレクシエーヴィチの『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』ではこの問題がソ連崩壊に伴う社会変革、経済、思想、文学などと絡めて語られていきます。

そしてこの箇所の少し後に非常に興味深いことが述べられていました。少し長くなりますが現代ロシアを考える上で非常に重要な箇所ですのでじっくり見ていきます。

知人の大学教師との会話から。「九〇年代末、ぼくがソ連のことを思いだしていたとき、学生たちはわらっていたものだ」と彼は語った。「学生たちは、自分の前にあたらしい未来が開けているのを信じて疑わなかった。いまはべつの状況だ……。今日の学生は資本主義がどんなものかすでにわかっていて、肌で感じ取っている。それが不平等で、貧困で、厚顔無恥の豊かさであることを。彼らの目の前には、略奪された国からなにひとつ手に入れられなかった親たちのくらしがある。だから、彼らは過激な考え方をしている。自分たちの革命を夢みている。レーニンやチェ・ゲバラの肖像がプリントされた赤いTシャツを着ている」

社会にソ連邦の需要が生まれたスターリン崇拝の需要が。一九歳から三〇歳までの青年の半数がスターリンを「もっとも偉大な政治家」だと考えているのだ。スターリンが、ヒトラーより少なくない数の人間を一掃したこの国で、あらたなスターリン崇拝だなんて!?ソ連時代のものすべてがまたはやっている。たとえば、ソ連風の名前とソ連風の料理を出す「ソ連」風カフェ。「ソ連」のお菓子と「ソ連」のソーセージ―わたしたちが子どものころから慣れ親しんできたにおいと味。そして、当然ながら「ソ連」のウォッカ。数十のテレビ番組があり、インターネットにはソ連時代をなつかしむ数十のサイト。スターリンの収容所ーソロフキ〔ソロヴェツキイ諸島にあったソ連で最初の収御所〕やマガダン〔極東における金鉱開発の拠点となった収容所〕に観光客として行けるのだ。広告は、雰囲気が十分でるように囚人服とつるはしを与えると約束している。修復済みのバラックに案内される。そして最後に、釣りが企画されているのだ。

古くさい思想が復活している。偉大な帝国について、「鉄の腕」について、「ロシア独自の道」について……ソ連国歌がもどってきた〔二〇〇一年、ソ連邦国家の曲に新たな歌詞がつけられロシア連邦の国歌になった〕。名前こそ「仲間ナーシ」〔親プーチンの青少年団体〕だが、共産青年同盟があり、共産党をコピーした権力の政党がある。大統領の権力は書記長なみ。絶対的な権力だ。マルクス=レーニン主義のかわりは正教……(中略)

街で会った若者たちは、鎌と槌(共産主義のシンボル。ソ連の国旗〕とレーニンの肖像がついたタンクトップを着ていた。彼らは、共産主義がなんなのか、知っているのだろうか。

岩波書店、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、松本妙子訳『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』P11-12

ソ連崩壊後のロシアで、スターリン崇拝が復活しているという恐るべき事実がここで語られています。

ソ連崩壊後の混乱を経て、なぜプーチンが権力を掌握できたのか。ロシア国民はなぜプーチンを支持しているのかということもこの本を読めばその空気感が伝わってきます。

ロシア人は何を思い、何に苦しんでいるのか。そして何に怒り、何を求めているのか。

現在のロシア・ウクライナ問題を考える上でもこの作品は非常に参考になる作品です。

正直、紹介したいことが山ほどあるのですが、中途半端に引用してもうまく伝えきれない危険があるためここではこれ以上はお話しできません。ぜひ読んで下さいとしか言いようがありません。

この本は今のロシアを考える上で必読と言ってもいいのではないでしょうか。

ロシアが置かれている現状を知る上でぜひぜひおすすめしたい作品です。

以上、「アレクシエーヴィチ『セカンドハンドの時代「赤い国」を生きた人々』ソ連崩壊後のロシアを生きる人々の生の声を聴ける名著!」でした。

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