安武塔馬『シリア内戦』~アサド政権の実態と内戦の経緯を知るのにおすすめ。ロシア・ウクライナ戦争とのつながりを学ぶためにも

現代ロシアとロシア・ウクライナ戦争

安武塔馬『シリア内戦』概要と感想~アサド政権の実態と内戦の経緯を知るのにおすすめ。ロシア・ウクライナ戦争とのつながりを学ぶためにも

今回ご紹介するのは2018年にあっぷる出版社より発行された安武塔馬著『シリア内戦』です。

早速この本について見ていきましょう。

2011年3月6日、アサド政権打倒を呼びかけた落書きを理由に少年15人が秘密警察に逮捕され、拷問を受けた。同15日、首都ダマスカス旧市街で、抗議のデモが起こる。

以降、抗議デモはシリア全土に飛び火した。当初、アサド政権と反体制派の戦いであったところに、ISILをはじめとするジハーディストが登場し、米国を含む有志国連合が「対テロ戦争」としてそれに向き合うことになる。さらにはサウジアラビアとイランの代理戦争、トルコとクルドの対立なども、シリア内戦に組み込まれることになった。

国際社会はこの紛争を止めることができず、やがてはロシアも参戦し反体制派は離合集散を繰り返す。シリアの国民は、毎日のように殺害され、難民として周辺諸国に逃れている。

なぜ、シリアという国はこのような状態になってしまったのか。ISILの勢力が削がれ、反体制派はイドリブ県に追い詰められてはいるものの、仮にアサド政権が勝利したとして、大多数の難民は帰国することができないだろうし、クルド勢力は東部を実効支配している。

この先シリアはどうなるのか。本当の意味で、シリアが元の統一国家に戻る道筋は、全く見えてこない。本書では、この複雑な構図を時系列で解きほぐし、レポートしていく。

第2次大戦後最悪の人道危機がなぜ、どのように起きているのかを理解するための1冊。

Amazon商品紹介ページより

この作品は複雑極まるシリア内戦のことを知るのにおすすめです。

ロシアがウクライナに侵攻したのもこの内戦の影響が大きかったと様々な本で語られていました。

今回のロシア・ウクライナ侵攻について考える上でもこの内戦を学ぶことは大きな意味があると思います。

そしてこの本を読んでいて驚いたのはこの内戦がいかに複雑な構図だったかということです。

政権側と反体制側というシンプルな一対一の戦いではなく、そこから次々に現れてくる新勢力。もはやどことどこが戦っているのかすぐにわからないほど入り組んだ構図となっています。

この本ではそんな複雑怪奇なシリア内戦の流れを時系列に沿って解説してくれます。

解説はかなり丁寧で、この内戦について全く知らない方でも読み進めていくことができます。この内戦がなぜこんなにも入り組んだ構図になってしまったのかという流れがとてもわかりやすかったです。

また、この内戦に対するアメリカとロシアの駆け引きを知れたのも大きかったです。この内戦がなぜロシア・ウクライナ戦争において重要だったかがよくわかりました。

すべては紹介することはできませんがこのことについて書かれた箇所を引用します。

オバマ政権が、本質的にG・ブッシュ政権時代の苦い教訓を踏まえた「不戦政権」であること。だから、シリア危機が生じても、直接的な軍事介入を回避してきたことは第2章で説明した。オバマのこの姿勢は米国国内、そして中東の同盟国の反アサド強硬派からの強い批判を受けた。批判をかわすためにオバマが用いたロジックが、「レッドライン」構想である。グータ攻撃のちょうど1年前の2012年8月20日、オバマ大統領はアサド政権と反体制派に対し、生物・化学兵器の移動と使用を禁ずる警告を発した。

この日、オバマはホワイトハウスにおける会見で「我々にとってのレッドラインは生物・化学兵器の利用と移動である―もしそれが起きれば、自分の計算法・方程式は変化する―レッドラインを超えた者は重大な結果に直面する」と発言したのだ。

これまではアサド政権の過剰な暴力行使に対して、米国は軍事介入をしてこなかったが、生物兵器や化学兵器を用いた場合は別だ、と言ったのだ、おそらくオバマは、いくらアサド政権が残忍で冷酷であっても、まさか自国民相手に化学兵器を使うはずはない、と考えたのだろう。あるいは、アサドはそこまで追い詰められていない、他に兵器はいくらでもあるのだから、と考えたのかもしれない。いずれにせよ、オバマはシリアへの不介入への正当化する口実として、この表現を用いたのであろう。

ところがその1年後、明らかにアサドはレッドラインを超えた。

米国の情報機関の総意として、アサドがグータで化学兵器を用いたと結論し、ホワイトハウスもそれを認めた。そうなると当然、次のステップは米軍によるアサド政権への軍事攻撃になる。

あっぷる出版社、安武塔馬『シリア内戦』P214-215

元々軍事介入をしないことへの口実として述べたのがこのレッドラインでしたので、オバマ大統領は窮地に追い込まれることになります。アメリカはにっちもさっちもいかない状況になってしまいました。

ここで巧妙に立ち回ったのがロシアである。

アサド政権の崩壊を回避したいロシアは、化学兵器攻撃が起きてからも「アサド政権の仕業と決まったわけではない」と、米英仏による軍事介入に反対し続けた。実際には、介入を阻止する術がなかったというべきだろう。

2013年当時のロシアにはシリアに軍事的プレゼンスはなく、米英仏との戦争のリスクを冒す用意もなかった。だから、プーチンも一旦は腹をくくり、在留ロシア人の退避作業をはじめたのだ。しかし、オバマの逡巡を見て、プーチンは両人とアサドにとって最善の―そしてシリア反体制派にとっては悪夢のような―妙策を見出し、提示した。シリアを化学兵器禁止条約に加盟させ、アサド政権の所蔵する生物・化学兵器を国連管理下で廃棄させる。つまり、アサド政権による化学兵器使用が二度と起こらないような国際的な管理体制を築くことと引き換えに、政権は軍事攻撃を免れる、ということだ。

これであれば、オバマも「シリアでの新たな戦争をはじめない」という公約と、「アサドに二度と化学兵器を使わせない」さらには「米国やイスラエルの脅威となる化学兵器の拡散を阻止する」といった戦略的な目的をすべて達成できる。超大国の面子も失わずにである。

オバマはこのロシアの提案に乗った。米露両国の外相間で細部をめぐる交渉が行われ、9月14日にはシリアの化学兵器破棄合意が大枠で成立した。

8月21日のグータ攻撃ではじまった新たなシリア危機は、こうして終息した。

あっぷる出版社、安武塔馬『シリア内戦』P217-218

ロシアの提案に乗る形で軍事介入を回避したアメリカ。

しかしこの出来事が後のロシアのあり方に決定的な影響を与えることになってしまったのでした。

米国が2013年9月に対アサド軍事攻撃を回避したことは、おそらくはシリア内戦史上の最大の転機だろう。この決定がその後の情勢に及ぼした影響の大きさ、深さは計り知れない。唯一の超大国が、自ら引いたレッドラインを公然と踏み破られたのに、懲罰行動をとらなかった。しかも、それを正当化するために、よりによってアサド政権の庇護者であるロシアの提言を受け入れた。中東における最大・最強の政治的・軍事的プレーヤーである米国の権威が完全に失墜した瞬間である。

米国の敵は、米国の弱腰を見て侮るようになった。

オバマに助け舟を出したプーチンは、オバマが土壇場で見せた弱さを内心ではあざ笑ったのではないだろうか。翌年4月に、ロシアは西側諸国の全面的な反対を押切り、クリミア併合に踏み切る。

アサドに至っては、どうやらこの後の国際管理下における化学兵器廃絶の約束さえもごまかし、履行しなかったようだ。国連が廃棄プロセス完了を宣言した後の2017年4月にイドリブ県で、2018年4月には東グータの一角ドゥーマ市で、新たな化学兵器攻撃が発生することになる。

あっぷる出版社、安武塔馬『シリア内戦』P218

クリミア併合へ至る決定的な分岐点がここにあった・・・そして現在のウクライナ侵攻へとも繋がっていく・・・

著者が「米国が2013年9月に対アサド軍事攻撃を回避したことは、おそらくはシリア内戦史上の最大の転機だろう。この決定がその後の情勢に及ぼした影響の大きさ、深さは計り知れない」と述べるのは非常に重要な点だと思います。この箇所を読んで私は鳥肌が立ちました。

なぜロシアは強硬にクリミア併合を行い、ウクライナを侵攻したのか。そうした背景にこのシリア内戦があったことをこの本では知ることになりました。

そして最後にもうひとつ気になった箇所を紹介します。

これも非常に興味深い箇所ですのでじっくりと見ていきます。

「政権に反対する者はすべからく外国の支援を受けたテロリストであるから、断固討伐するほかはない。諸外国はアサド政権を倒す陰謀をめぐらしており、そのためにテロリストを利用している」

この状況認識は、2011年3月30日のアサド演説で、既に明確に示されている。そして2018年末時点でも、基本的にはまったくそのままだ。実際、アサドのこの認識を、アサド政権のほとんどが共有しているのではないだろうか。

アサド政権の中核エリートは、アラウィ派という、人口比でいえば圧倒的な少数派と、都市部のスンニ派エリートで構成される。反体制派にはキリスト教徒も、クルド人も、そしてアラウィ派さえも存在するが、圧倒的大多数はスンニ派、特に農村や部族社会の出身者だ。彼らの「革命」が成功し、これまで独占してきた権力を一部なりとも譲り渡すと、それをきっかけに生命も含めて何もかもを失うことになる……政権側の人間や、多くの非スンニ派マイノリティは、心底そんな恐怖を抱いている。

そういう意味では、政権側の人間が、反体制派との政治闘争を「正死をかけた戦い」という時、そこに誇張はない。

政治闘争が政治の争いに留まらず、資産や生命すべてを賭けた争いに確実に転化していくことを、彼らは熟知しているのだ。なぜなら、彼ら自身が、あるいはその先代が、政敵をまさに根こそぎにして、権力の座にたどりついたからである。

なんとなれば、ハーフェズ・アサドその人が、バアス党内でドルーズ派やイスマイリ派のライバルたちとの権力闘争を勝ち抜いてきた。そして最後は、バアス党を掌握していた同じアラウィ派のサラーハ・ジャディードを1970年に党内クーデターで倒し、最終的な勝者となった。ジャディードはアサドによって投獄され、1993年に獄死している。

「反休制派」がどんな主義主張の、どの宗派の、どんな人間であるかは差し当たり重要ではない。体制に異議を申し立てる者は、存在自体が危険なテロリストである。従って、徹底的に取り締まるしかない。

さもなければ、「反体制派」は自分たちを追放し、裁判にかけ、あるいはその手間すらかけずに処刑するだろう……。やるか、やられるか、二つに一つ。他に選択はない。

あっぷる出版社、安武塔馬『シリア内戦』P45-46

いかがでしょうか。言われてみればたしかに「なるほど」と思ってしまいますが、それでもかなり衝撃的ですよね。これはまさしくプーチン政権にも言えるのではないでしょうか。「独裁者がなぜ反対勢力をテロリストと呼び、徹底的に攻撃しようとするのか」ということの背景がここにあるのではないでしょうか。

ロシア・ウクライナ戦争を知る上でもこの本は非常におすすめです。シリア内戦がいかに複雑な構図だったのか、そしてそこから見えてくるプーチン政権の外交戦略を学ぶことができます。

ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

以上、「安武塔馬『シリア内戦』アサド政権の実態と内戦の経緯を知るのにおすすめ。ロシア・ウクライナ戦争とのつながりを学ぶためにも」でした。

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