僧侶が選ぶ!エミール・ゾラおすすめ作品7選!煩悩満載の刺激的な人間ドラマをあなたに
はじめに
今回はゾラが20年以上の歳月をかけて完成させた20巻もある「ルーゴン・マッカール叢書」の中でも私が特におすすめしたい7作品を改めてご紹介します。
「ルーゴン・マッカール叢書」とは簡単に言えば、フランス第二帝政期(1852-1870)を舞台にしたゾラの社会観察シリーズとでもいうべき作品群です。2021年7月現在、大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢栄一が訪れたパリ万博はまさにこの時代に当たります。彼が目にしたパリの文化が後に日本にもたらされることになり、今を生きる私たちにつながっているのです。
現代では当たり前の存在になっているデパートが生まれたのがこの時代で、欲望を刺激し、人々の「欲しい」という感情を意図的に作り出していくという商業スタイルが確立していったのもこの時代でした。(※詳しくはデパートはここから始まった!フランス第二帝政期と「ボン・マルシェ」の記事を参照)
第二帝政期は私たちの生活と直結する非常に重要な時代です。現代のライフスタイルの起源がまさにここにあるのです。
そしてその当時の時代背景、そして人間心理を知る上でゾラの「ルーゴン・マッカール叢書」はこの上ない歴史絵巻となっています。
ですが、ゾラの作品は決してただ単に過去の時代を描いたものではありません。彼は人間の本質に迫ろうとしました。彼の描く人間たちは今を生きる私達と何も変わりません。
世の中の仕組みを知るにはゾラの作品は最高の教科書です。
この社会はどうやって成り立っているのか。人間はなぜ争うのか。人間はなぜ欲望に抗えないのか。他人の欲望をうまく利用する人間はどんな手を使うのかなどなど、挙げようと思えばきりがないほど、ゾラはたくさんのことを教えてくれます。
ゾラはどぎつい世の中の現実を私達に見せつけます。作中、きれいごとを排した人間のどろどろしたどす黒い感情、煩悩がこれでもかと飛び交います。
まるで「世の中を知るには毒を食らうことも必要さ。無菌室に生きてたら世の中を渡ることなどできるもんか」と言わんがごとしです。
そのゾラの集大成が「ルーゴン・マッカール叢書」であり、この中にゾラの代表作『居酒屋』や『ナナ』が含まれています。そしてそれぞれの作品はつながりはありつつも、単独の作品としても読むことができるようになっています。
「ルーゴン・マッカール叢書」について興味のある方は以下の記事もご覧ください。
さて、基本的にゾラ作品はどれも面白かったので20巻ある中で7冊を選ぶのはなかなか難しい作業でしたが、個人的に特に好きなものをチョイスしていくことにしました。
それぞれの記事でより詳しくお話ししていきますので、ぜひリンク先もご参照ください。
では、早速始めていきましょう。
1.『ルーゴン家の誕生』
やはり「ルーゴン・マッカール叢書」を読んでいく上でこの本は欠かせません。
言うならば叢書のエピソードゼロとでも言うべき作品で、後のすべての作品の伏線になっています。
そしてこの作品は単に叢書を理解するために重要というだけでなく、そもそもこの作品自体が非常に面白いです。
強烈な個性を持った登場人物たちが互いに謀略を巡らし食い合う様は圧巻の一言。
ナポレオン3世のクーデターで揺れる地方都市で成り上がっていくルーゴン家の戦いは、どす黒いながらも息を飲むほどの緊張感で、ページをめくる手が止まらなくなってしまうほどでした。
そして何よりゾラの映画的描写力が遺憾なく発揮されている点。ここが私の中での最大の魅力でした。
主人公シルヴェールの恋人ミエットが戦場で銃撃され命を落とすシーンはこの作品の白眉です。まるで映画を見ているかのように目の前にその光景がはっきりと見えてきます。
私個人の感想ですがこのシーンは「ルーゴン・マッカール叢書」中、最も芸術的な瞬間なのではないかと感じています。
何と言いますか、まるでスローモーションでその瞬間だけ切り取られたかのような、そしてそれを見つめるシルヴェールの視線の動き、ミエットの死に際の描写・・・もうありとあらゆるものが完璧です。ゾラの織りなす言葉の魔術が最も感じられた瞬間でした。このシーンを読んだ時の衝撃は忘れられません。
あまりに素晴らしい描写なので今でも定期的にこの箇所を何度も何度も読み返しているほどです。
それほど素晴らしいです。
この作品は私の中でとても大きな意味を持つ作品になりました。とてもおすすめです。
ゾラ『ルーゴン家の誕生』あらすじ解説―全てはここから始まった!ナポレオン第二帝政を活写!
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2.『パリの胃袋』
ゾラが描いたフランス第二帝政期(1852-1870)は欲望の開放の時代でした。
消費資本主義が急発展し人々の生活レベルも上がり、同時にあらゆるものが大量に市場に出回り始めたのがこの時代だったのです。
そしてこの物語はフランス全土から大量の食糧が集まってくるパリ中央市場が舞台です。
「美味しいものをたくさん食べる」
これは有無を言わさぬ説得力で私たちを魅了します。
しかしその背後にはどんなどす黒いものが隠されているのか、それが今作の主人公痩せっぽちでガリガリのフロランによって明らかにされるのです。
彼は明らかに美食・大食という夢の世界とは異質な人間です。
安穏な生活、善良な家庭、満たされた平和。市場を生きる人間たちの生活は豊か過ぎる食べ物に囲まれて皆幸せそうにでっぷりと太っています。
そんな一見何の落ち度が見られない善良な生活がフロランにとっては我慢のならぬエゴイズムであり偽善に見えてくるのです。
欲望とは何か。そして一見平和に見える善良な家庭に潜むエゴイズムや偽善をこの作品では痛烈なほどにえぐっています。
「欲望とは」、「偽善とは」、「エゴイズムとは」、「美食・大食とは」と、数多くのテーマがこの物語では語られます。
欲望、つまり煩悩とどう向き合うかという仏教の思想を学ぶ私としては、この上なく興味深い作品でした。
この本が文庫化されておらず、日本でほとんど知られていないのは悲劇であると思います。とにかくこの本がもっと広がってほしいです。
書かれているテーマの興味深さもさることながらストーリーもとにかく面白いです。
叢書中、私が最も好きな作品です。最っっ高に面白いです!私も驚きでした!仏教の参考書として書店に並んでいてほしいくらいです。(とは言え、内容はやはりゾラ。悲惨な世界が描かれます。笑えるとか、楽しいとかの面白いではありません。)
ぜひ皆さんに手に取って頂けたらなと思います。
おすすめ!ゾラ『パリの胃袋』あらすじ解説―全てを貪り食うパリの飽くなき欲望!食欲は罪か、それとも…
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3.『ボヌール・デ・ダム百貨店』
私たちが日常生活でお世話になっているデパートや大型ショッピングセンター。
その起源がフランス第二帝政期に現れ、急成長していったデパートにあります。
その代表が「ボン・マルシェ」や「ルーブル」というデパートで、ゾラはこうしたデパートを実際に取材し、デパートの成長過程やその独創的な販売方法、客を惹き付けてやまない秘訣などを物語の中で明らかにしていきます。
このブログで何度もお話ししてきましたように、この時代は私たちの生きる現代社会と直結しています。私たちのライフスタイルはここから始まっているのです。
そのライフスタイルがどのように生まれ、何を意図して作られてきたのか。
それを知ることは今を生きる私たちそのものを知ることであります。
フランスの華やかなファッションの世界や、お洒落なフランス界隈の雰囲気もこの作品では感じることができます。それらがどのようにして出来上がったかを知ることはきっと興味深い体験になることでしょう。
こちらも非常におすすめな作品です。
ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』あらすじ解説―デパートはなぜ人を惹き付けるのか、その起源と秘密に迫る!
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4.『制作』
ゾラは学生時代、なんと印象派の大家セザンヌと同級生であり、その後もずっと親友関係であったそうです。
印象派といえばセザンヌだけではなく、モネやマネ、ドガなど多数の有名作家がこの第二帝政時代に現れています。
しかし、彼らははじめから順風満帆だったわけではなく、その革新的な画法から美術界からまったく評価されないという苦難の歴史を歩むことになりました。
ゾラはジャーナリストとして、彼ら印象派の芸術を世に広めるために多くの美術論文を発表し、その発展に尽力しました。そしてその尽力の背景にはセザンヌとの友情や芸術への鋭いまなざしがあったと言われています。
今作ではセザンヌやマネなどの印象派の画家たちをモデルに、彼らの苦難の歴史や、天才芸術家がいかにして作品を生み出しているのかということを描いています。
また、主人公の天才画家クロードの親友として現れる小説家のサンドーズはゾラ自身がモデルになっていて、彼の自伝的な要素も含まれた作品となっています。
私たちが芸術作品を見る時、それはすでに完成されたひとつの作品として何気なく見てしまいます。
しかしその作品がどれほどの生みの苦しみを経て制作されてきたかということをこの作品は教えてくれました。
芸術家の人たちがどんな思いで作品を作っているのかということを改めて考えさせてくれる良書です。芸術を見る目が変わったような気がします。
文庫本で売られている作品でもありますので、入手しやすくお手軽に読めるのも嬉しいポイントです。
印象派に興味ある方にもぜひ読んで頂きたい作品です。おすすめです。
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5.『獣人』
鉄道を舞台にした犯罪小説である『獣人』。
実はこの作品、ドストエフスキーの『罪と罰』の影響を受けた作品と言われています。
『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフは理性の極限まで行ってしまった結果老婆を殺してしまいます。そして彼は自らの心の奥底にある何かによって苦しみ、葛藤します。
それに対しゾラは主人公ジャックに「殺人は理性ではできない。獣のような本能が自分を動かすのだ」と言わせます。
理性VS本能
ゾラとドストエフスキーはまさしく殺人を巡って相異なる根源を探究します。
ドストエフスキーを学ぶ上で非常に興味深い対比をこの作品では見ることができました。
もちろん、ドストエフスキーに関係なく単体の作品としても非常に面白い作品です。
鉄道と恋愛、殺人をめぐるハラハラしたストーリー展開が読む者を惹き付けます。いつの間にか小説に没頭し、気付けばかなりのページを一気に読み進んでいたということが何度も起こります。
この作品も私の中でかなりおすすめな作品です。
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6.ゾラ『金』
今作の主人公サッカールは『ルーゴン家の誕生』、『獲物の分け前』でも主要な役割を果たしていて、「ルーゴン・マッカール叢書」中でも非常に重要な人物として描かれています。
サッカールは初登場の『ルーゴン家の誕生』の時から狡猾で強欲な人間として描かれていましたが、その金に対する鋭い嗅覚や執着、才能は、次作の『獲物の分け前』で開花することになりました。
『獲物の分け前』では主に土地投機によって巨額の金を稼いだサッカールでしたが、今作では巨大銀行を設立することで新たな戦いに身を投じていく様子が描かれています。
この作品では日本のバブル時代の熱狂を彷彿とさせるようなシーンが多々出てきます。あのバブルよりも100年以上も前にすでにパリでは同じような狂乱が起こっていたのですね。
そして見逃せないのは、この物語がコロナ禍で経済が深刻なダメージを受けているにも関わらず株価が高騰を続けている現代にも通じていることです。
巨大な資本があらゆるものを吸い上げ、そして崩壊していく。
そこに巻き込まれた人間は、働かずとも巨額の利益を得ることを夢見て投資するも、すべてを失ってしまいます。
何十年も勤勉に働いていた真面目な夫婦ですらその誘惑には抗えず、汗水たらして働くことが馬鹿らしく思うようになっていく様は恐怖すら感じさせます。
株価の高騰や配当、金利収入が人を狂わす過程をこの小説では丹念に描いています。
これはまさしく現代を描いているようにすら思えてきます。ゾラの恐るべき洞察力がこの本で発揮されています。今こそ読みたい非常におすすめな一冊です。
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7.『壊滅』
今作は日本ではあまり知られてはいませんが戦争文学の金字塔と評価されている作品です。
そして「敗北の文学」と表現されるように、普仏戦争という戦争はナポレオン三世率いるフランスが圧倒的な敗北を喫することになります。
普仏戦争は1870年に勃発した戦争で、この戦争はあの「鉄血宰相」の異名を持つプロイセンのビスマルクの策略によって引き起こされた戦争でした。
ナポレオン三世自身はまったくこの戦争に乗り気ではなかったと言われています。
しかしビスマルクの策略でフランス国民の世論を巧みに操作し、フランス国民が戦争を望むように仕向けたのでありました。
フランス第二帝政は経済の発展はすさまじかったものの、その引き換えともいうべき腐敗も進んでいました。
ゾラがここまで18巻に及んで書き続けていたのはそうしたフランスの悲惨な現実であり、腐敗そのものでした。
第二帝政はすでに末期症状を示しており、そのとどめとなったのがこの普仏戦争であったのです。
あまりにもずさんな作戦、無能な指揮官、場当たり的な行軍、補給物資すら満足に確保できない有り様。
この物語は崩壊へと突き進んでいくフランス第二帝政を普仏戦争を通して描いています。
私は最近スターリンを学ぶために独ソ戦について様々な本を読んできました。
人類史上最も巨大な戦争となった独ソ戦の惨禍を記した様々な本を読んで、改めてゾラのこの作品のすごさを感じました。戦争の悲惨さをストレートに語るゾラの筆は圧倒的です。
負傷者収容病院のシーンはそれこそ寒気がするほどの迫力でした。
治療不可能な負傷者のため腕を切り落とすシーン、苦しみにうめきながら緩慢な死を迎える負傷者の断末魔・・・
ゾラ得意の五感を刺激する文章はまるで自分が間近でその負傷者たちを見ているかのような感覚にさせます。
腕を切り落としていくシーンでは自分の腕にメスが入れられていくかのような、そして薬剤や死臭がただよう室内に自分が取り残されているような、言葉ではうまく言い尽くせませんが、現実感覚として私たちに訴えかけてくるような、壮絶な何かをゾラはここで描いています。
ゾラはやはり芸術家です。読む者に恐るべきインスピレーション、イメージ、ショックを与えます。彼は単に世の中の相を写し取っただけではなく、それを芸術に昇華させています。この作品がフランス文学の金字塔と言われる所以のひとつはこの辺りにあるのではないでしょうか。
こちらも今だからこそ読みたい非常におすすめな作品となっています。
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おわりに
「ルーゴン・マッカール叢書」20巻の中から7冊を選ぶのは本当に苦渋の選択でした。
ゾラの代表作であります『居酒屋』や『ナナ』、『ジェルミナール』をはずさなければならないのはかなり苦しい決断ではありましたが、やはり上の7冊が私の中ではそれを上回って好きな本たちでした。
『居酒屋』、『ナナ』に関しては以前の「エミール・ゾラが想像をはるかに超えて面白かった件について―『居酒屋』の衝撃」の記事でもお話しさせて頂いたのでそちらを読んで頂けましたら幸いです。
またおすすめの7作には入れることができませんでしたが第20巻の『パスカル博士』は私の中でもベスト3に入る作品です。
ただ、この作品はその前の19冊を読んだ上で読まないとその感動が薄れてしまうという弱点があります。
ゾラの思想や叢書に託した思いを知る上でこの上ない1冊なのでありますが、その弱点故に泣く泣くおすすめ7選からはずすことになってしまいました。
『パスカル博士』は単独でも面白い作品ではあるのですが、できれば少なくとも何冊か読んでからこの作品を読んで頂けたらなと思います。
さて、ここまでゾラの作品を紹介してきましたが皆さんもお気づきになられたかもしれません。
そうです。
「ルーゴン・マッカール叢書」には文庫化されている本がほとんどないのです。
さらに言えば、そもそも在庫すら存在しなく、かろうじて中古でとてつもない値段で売り出されているものをなんとか見つけられるという状況です。
ゾラ作品は手に取ることすら難しい状況になっています。私も図書館を利用してなんとか読むことができたという状況でした。
ゾラの作品は素晴らしいものばかりです。これらの作品が日本でもっと広がることを心から願っています。
ぜひ出版社さんには、エミール・ゾラ作品の文庫化や重版発行などをお願いできたらなと思います。どうか、よろしくお願いします。
エミール・ゾラ作品には予想のはるか上を行く面白さがあります。
ぜひ、皆さんも手に取ってみてはいかがでしょうか。
以上、「僧侶が選ぶ!エミール・ゾラおすすめ作品7選!煩悩満載の刺激的な人間ドラマをあなたに」でした。
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