ドストエフスキーとキリスト教のおすすめ解説書一覧~小説に込められたドストエフスキーの宗教観とは
ドストエフスキーとキリスト教のおすすめ参考書一覧
今回の記事ではこれまで紹介してきましたドストエフスキーとキリスト教の参考書を一覧できるようにまとめてみました。
ドストエフスキーとキリスト教は切っても切れない関係です。
キリスト教と言えば私たちはカトリックやプロテスタントをイメージしてしまいがちですが、ドストエフスキーが信仰したのはロシア正教というものでした。
仏教にも世界中に多数の宗派があるようにキリスト教にもたくさんの宗派があります。同じキリスト教といっても、カトリックやプロテスタント、ロシア正教はかなり異なった宗教となっています。
そうした背景を知った上でドストエフスキーを読むと、それまで見てきたものとは全く違った小説の世界観が見えてきます。
これを知っているかどうかで180度見え方が変わってくる箇所もあります。
キリスト教を知ることはドストエフスキーを楽しむ上で非常に役に立ちます。
というわけで簡単にですがドストエフスキーとキリスト教の参考書のそれぞれの特徴をまとめましたので、少しでも皆様のお役に立てれば嬉しく思います。
本のタイトルをクリックしますとそれぞれの紹介記事に飛びますので興味がある方はぜひご覧になって頂ければと思います。
セルゲイ・フーデリ『ドストエフスキイの遺産』
この作品の著者であるセルゲイ・フーデリはこれまで紹介してきた書籍の著者とは一際異なる境遇にいた人物です。
巻末の著者紹介から引用します。
1900年、モスクワの司祭の家に生まれる。1917年のロシア革命で教会が否定されていくなか、1922年に最初の逮捕・流刑。以後1956年までに計三回の逮捕・流刑を経験する。その後もモスクワでの居住は許されず、貧窮と病気に苦しみながらも多くの著作を書いた。1977年、ポクロフ市の自宅で死去。ソ連時代に「教会の人」であることを貫いた姿勢は現代のドストエフスキイ研究者に高く評価されている
群像社出版 糸川紘一訳、セルゲイ・フーデリ『ドストエフスキイの遺産』
フーデリはソ連時代に迫害されたロシア正教のキリスト者です。宗教がタブーであるソ連社会に対して、彼は密かにこの書を書き上げます。
そしてこの『ドストエフスキイの遺産』は彼の死後20年後にはじめて世に出ました。
ソ連の研究者はドストエフスキーの宗教性を排して論じます。しかしフーデリはロシア正教を前面に出してドストエフスキーを論じていきます。
この本は私にとって非常に目を開かせてくれた書物でありました。
内容も読みやすく、伝記のようにドストエフスキーの生涯に沿って作品を論じています。作品理解を深めるという意味でも非常に懇切丁寧でわかりやすいです。
ロシア正教の宗教者としてのドストエフスキー像を知るにはこの上ない一冊ではないでしょうか。
ぜひおすすめしたい一冊です。
セルゲイ・フーデリ『ドストエフスキイの遺産』ソ連時代に迫害されたキリスト者による魂のドストエフスキー論
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吉村善夫『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』
著者の吉村善夫は信州大学の教授を務め、主な著作に『椎名麟三論』『愛と自由について』などがあり、プロテスタント神学の大家であるカール・バルトの研究でも知られています。
吉村善夫自身もプロテスタントの信仰者であり、この『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』もキリスト教的な立場から論じられています。
吉村善夫にとってドストエフスキーは自身の信仰を回復されてくれた導師であり、その作品を通して吉村善夫自身のキリスト教信仰が深まっていったとあとがきで述べています。
吉村善夫による『ドストエフスキイ 近代精神の克服』 はキリスト教とドストエフスキーの関係を学ぶにはとてもおすすめの1冊です。
ただ、入門書としては少し難しいのでドストエフスキー作品を読み、だいたいの流れを知ってから読み始めた方が理解しやすいと思います。
ひとつ前にご紹介したフーデリの『ドストエフスキイの遺産』を入門書として読んで頂き、吉村善夫の 『ドストエフスキイ 近代精神の克服』 はそこからさらに深く学ぶ研究書として読めばスムーズに入っていけるかと思います。
「宗教とは何か」ということを学ぶのにうってつけの著作です。ぜひ多くの方にお勧めしたい作品です。
吉村善夫『ドストエフスキイ 近代精神克服の記録』ドストエフスキーとキリスト教を学ぶならこの1冊!
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高橋保行『ギリシャ正教』
著者の高橋保行は1948年に東京で生まれ、1972年にニューヨーク聖ウラジミル神科大学院を卒業、1974年に日本ハリストス正教会の司祭に叙任され、ロシア正教に関する多数の著作を執筆しています。
この本の特徴はロシア正教とドストエフスキーについて詳しい解説がなされている点にあります。
この本を読んで私はとても驚きました。キリスト教といえば無意識にローマカトリックやプロテスタントのことを考えていましたが、ロシア正教はそれらとはかなり異なった教えや文化を持っているということをこの本によって知りました。
そもそもロシア正教とは何なのか。
カトリックやプロテスタントと何が違うのか。
それらがこの著書に詳しく書かれています。
ドストエフスキーとキリスト教をさらに深く学びたい方には非常におすすめです。
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高橋保行『神と悪魔 ギリシャ正教の人間観』
一つ前にご紹介した同じく高橋保行による『ギリシャ正教』 ではギリシャ正教とは何か、そしてロシア正教とドストエフスキーの関係性が解説されています。
それに対し、この著作ではギリシャ正教の思想により焦点を当てて解説をしています。
この本でもドストエフスキー作品についても触れられていて、特に『カラマーゾフの兄弟』の修道院について多く言及されています。
『カラマーゾフの兄弟』をさらに深く読み込みたいという時にはこの著作は特におすすめです。ドストエフスキーが人間の救いをどこに見出していたのかを探る大きな手掛かりになることでしょう。
高橋保行『神と悪魔 ギリシャ正教の人間観』ロシア正教の人間観や救いをわかりやすく解説
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高橋保行『ロシア精神の源』
引き続き高橋保行の著作を取り上げていますが、氏の著作はわかりやすく、なおかつ深いところまで私たちを連れていってくれますのでとてもおすすめです。
さて、本書の特徴はと言いますと、ロシア宗教史とロシア人の精神の源をロシアの歴史と絡めて述べているところにあります。
この本ではその謎の国ロシアの精神史を建国の歴史と一緒に学ぶことができます。
ロシアとは一体何なのか、これまでとは違った切り口で見るとてもよい機会となります。
ロシア宗教史を学びたい方にはうってつけの入門書です。
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ロシア精神の源: よみがえる聖なるロシア (中公新書 952)
S・チェトヴェーリコフ『オープチナ修道院』
著者のS・チェトヴェーリコフは1867年生まれのロシアの司祭で、この著作に書かれた内容はソ連による弾圧直前のもので、1926年に出版されました。
オプチーナ修道院は晩年のドストエフスキーが訪れた、ロシアのとても名高い修道院で、あの偉大なる文豪トルストイも何度も足を運んでいます。
そしてタイトルにもありますように、このオプチーナ修道院は『カラマーゾフの兄弟』にとてつもなく大きな影響を与え、作中のゾシマ長老はここから生まれてきたとされています。
S・チェトヴェーリコフ の『オープチナ修道院』ではこの修道院の歴史や高名な長老達の思想や生涯を知ることが出来ます。写真や絵も豊富なので、この修道院がどのような場所なのかをイメージするには非常に便利な本となっています。
『カラマーゾフの兄弟』、特にゾシマ長老と主人公アリョーシャの関係性をより深く知りたいという方にはぜひともお勧めしたい1冊です。
S・チェトヴェーリコフ『オープチナ修道院』『カラマーゾフの兄弟』ゾシマ長老はここから生まれた
セルゲーイ・ボルシャコーフ『ロシアの神秘家たち』
著者のセルゲーイ・ボルシャコーフは1901年サンクトペテルブルグに生まれ、1943年にオックスフォード大学で哲学博士となり、その後スイスのオウストリーヴ修道院に在住という経歴です。
この本の特徴はロシアの偉大なる修道士の生涯と思想をひとりひとり丁寧に紹介しているところにあります。
著者は15世紀末頃までさかのぼり、そこから20世紀に至るまでどのように思想が継承されていったかをこの本で解説します。
特に18世紀に名を馳せた聖ティーホンについて書かれた章は重要です。聖ティーホンの思想は後の修道僧や長老に大きな影響を与え、ドストエフスキーも彼の思想や生涯に感銘を受け、その印象は『カラマーゾフの兄弟』や『悪霊』の執筆に反映されています。
内容はかなり専門的になっているので、初学者には厳しいかもしれません。ロシア正教に関する入門書を読み、さらに興味が湧いた方にはとても読み応えのある著作であると思います。
セルゲーイ・ボルシャコーフ『ロシアの神秘家たち』ロシアの偉大なる修道士たちの歴史
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ベーリュスチン『十九世紀ロシア農村司祭の生活』
著者のI・S・ベーリュスチン(1820年頃~1890)はロシア正教の司祭の家庭に生まれ、自身も司祭職に就きました。
この本はとにかく強烈です。ロシアの農村の教会がここまでひどい状況にあったのかと目を疑いたくなってきます。
そしてなぜそうなってしまったのかを著者は語っていきます。
ドストエフスキーが生きた19世紀のロシアの宗教事情を知るには非常に興味深い本です。
ベーリュスチン『十九世紀ロシア農村司祭の生活』19世紀ロシア正教の姿を嘆く農村司祭の悲痛な叫び
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P・フォーキン「ドストエフスキーの「信仰告白」からみた『カラマーゾフの兄弟』」岩波書店『思想』2020年6月号より
著者のF・フォーキン氏は1965年、カリーニングラードに生まれ、カリーニングラード大学を卒業し現在はロシア国立文学博物館研究員であると同時にモスクワ・ドストエフスキー博物館の主任を務めています。
この論文の特徴はドストエフスキー最後の作品『カラマーゾフの兄弟』をドストエフスキーの信仰告白であると捉えている点にあります。
また、論文の後には日本のドストエフスキー学者によるコメントもあり、論文についての興味深い見解を聞くことができます。
フォーキン氏の論文は『カラマーゾフの兄弟』をより深く理解するために新たな視点をもたらしてくれます。
この論文が掲載されている岩波書店の雑誌『思想』2020年6月号は5月末に発売されたばかりです。
ぜひ皆さんも手に取って頂けたらなと思います。
P・フォーキン「ドストエフスキーの「信仰告白」からみた『カラマーゾフの兄弟』」岩波書店『思想』2020年6月号より
フスト・ゴンサレス『キリスト教史』
著者のフスト・ゴンサレスは1937年にキューバの首都ハバナに生まれ、ハバナ大学で哲学を学び、合同神学校を卒業後キューバで合同メソジスト教会の牧師を務め、57年にアメリカへ移住しています。
アメリカで出版されたこの本はキリスト教史の教科書として最も広く用いられているようです。 訳者あとがきでは次のように述べられています。
本書はアメリカで出版された当初から注目され、その記述の明快さ、平易さ、そして歴史的・神学的視点の明確さのゆえに、きわめて高い評価を受けている。現在、少なくとも英語圏の神学大学、神学校におけるキリスト教史の教科書としては、本書が最も広く用いられているようである。
新教出版社 石田学、岩橋常久訳、フスト・ゴンサレス『キリスト教史』上巻P453
キリスト教の歴史を学ぶならこの本は非常におすすめです。肩肘張らずに読めるとても面白い物語です。
フスト・ゴンサレス『キリスト教史』キリスト教史を学ぶならこれ!
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ジョルジュ・サンド『スピリディオン』
ドストエフスキーに大きな影響を与えたフランスの女流作家ジョルジュ・サンド。そのサンドの作品をもう少し読んでみたいと思い、本を探していると驚くべきフレーズが私の目の前に飛び込んできました。本の帯に大きくこう書かれていたのです。
「ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に決定的に影響を与えた作品」
え!?
私は自分の目を疑いました。
これまで様々なドストエフスキー作品や参考書を読んできましたが、ジョルジュ・サンドの作品が『カラマーゾフの兄弟』に決定的な影響を与えていたというのは初めて聞きました。これには驚きでした。
『スピリディオン』は後のルナン、マシュー・アーノルド、エマーソン等に多大な影響を与えたという。とりわけドストエフスキーは、その『カラマーゾフの兄弟』のゾシマとアリョーシャの対話が本書のアレクシとアンジェロのそれを踏まえたものだと、ハーク他の研究者から言われているくらい、深く学んだらしい。それは(少なくとも既成の)神が死につつある時代に、全人類が何をもとに連帯して生きてゆくかという大問題を、早くもサンドが考え始めていたとドストエフスキーが感じたからに他なるまい。三十四歳の若き女性が真剣にこうした大問題に取り組んだことには驚嘆するほかない。そしてサンドはこの作品を書いたという一点からでも、当時の大作家たち、バルザック、ユゴー、ミシュレ等に通じる問題意識を持っていたと言える、と指摘しておこう。
藤原書店 大野一道訳『スピリディオン』P321
『スピリディオン』はある修道院を舞台に、信仰深く、思慮深い青年とその彼に多大な影響を与える老修道士との魂の交流を描いた物語です。
たしかにこの作品を読むと『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老と主人公の見習い修道僧アリョーシャを彷彿とさせるシーンが多々出てきます。
もしかすると「決定的な影響を与えている」というのもあながち間違いではないかもしれません。
当時の修道院の様子や信仰の姿を知る上でも非常に興味深い作品でした。
ジョルジュ・サンド『スピリディオン』あらすじ解説『カラマーゾフの兄弟』に決定的影響!?サンドの修道院小説
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スピリディオン―物欲の世界から精神性の世界へ (ジョルジュ・サンドセレクション 2)
島田桂子『ディケンズ文学の闇と光』
ディケンズ(1812-1870)といえば『クリスマス・キャロル』や『オリバー・ツイスト』などで有名なイギリスの文豪です。
ディケンズは1812年生まれでドストエフスキーの9歳年上に当たります。
ディケンズなくしてドストエフスキーなし!イギリスの文豪ディケンズとドストエフスキーの記事でもお話ししましたように、ディケンズとドストエフスキーは非常に深いつながりがあります。
そしてディケンズとドストエフスキーを考える上で重要になってくるのは、キリスト教作家としてのディケンズの姿です。
ドストエフスキーはキリスト教作家としてディケンズを尊敬していました。
この作品ではディケンズの宗教的な思想や遍歴、そして作品から見る聖書的な世界観を解説していきます。
ディケンズの作品はキリスト教的な世界観が非常に多く描かれています。
ディケンズの作品創造の源泉がキリスト教的世界観にあるのです。
ディケンズといえばイギリスの文豪。ロシアで言うならドストエフスキーやトルストイのような存在です。
そのような作家の解説書となると読みにくかったり難しくなってしまいがちですが、この本は一味違います。
わかりやすく、かつ非常に深いところまで解説してくれるのです。
言葉も平易ですし文章も読みやすい。
しかもテーマに沿って作品ひとつひとつを解説してくれるのでその作品を理解するのに非常に役に立ちます。これほどわかりやすく、かつ深い考察までされている本はなかなかお目にかかれるものではありません。
島田桂子『ディケンズ文学の闇と光』ディケンズとドストエフスキー・キリスト教を知るならこの1冊!
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ディケンズ文学の闇と光: 〈悪〉を照らし出す〈光〉に魅入られた人の物語
『ロシア正教古儀式派の歴史と文化』
17世紀半ばのロシア正教の教会改革による宗教分裂は、ロシア社会と国民精神の分裂をもたらし「古儀式派」と呼ばれる分派を生み出した。ロシア理解はそれへの深い認識なしには不可能といってよい。本書は古儀式派に関する初めての概説書。
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ロシア正教の教義や歴史を学ぶ上で避けて通れないのが古儀式派(分離派)と呼ばれる存在です。この分離派はロシア語で「ラスコーリニキ」といいます。
「ラスコーリニキ」といえばもしかするとピンとくる方もおられるかもしれません。
実はドストエフスキーの『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフの名はこの「ラスコーリニキ」から来ていると言われています。
とはいえ、ラスコーリニコフ自身は古儀式派(分離派)ではなく、あくまでそれを暗示させる名前であるということだけなのでそこは深読みしすぎるのは危険であると解説されています。
さて、この古儀式派というのがロシアの宗教史を語る上でものすごく重要で、これを知っているか知らないかでロシア文学の見え方ががらっと変わってきます。というのも、ドストエフスキーやトルストイなど、ロシアの文学者がどのようにキリスト教を見ているかがこの歴史をふまえていないと見えてこなくなるからです。
この記事ではまず『ロシア正教古儀式派の歴史と文化』を参考にロシアの宗教事情を見ていきます。
その後「ドストエフスキーは無神論者で革命家?ドストエフスキーへの誤解について考える」というテーマで「おわりに」でお話ししていきます。
「おわりに」まではちょっと長くなってしまいますが「ドストエフスキーは無神論者で革命家か」という問題を考える上で非常に重要なことをお話ししていきますので、さらっとでも結構ですので読んで頂けると幸いです。
ドストエフスキーは無神論者で革命家?ドストエフスキーへの誤解について考える『ロシア正教古儀式派の歴史と文化』を読んで
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W.シューバルト『ドストエフスキーとニーチェ その生の象徴するもの』
著者のワルター・シューバルトは1897年にドイツで生まれた哲学者です。日本ではほとんど知られておらず、ドイツ本国でもあまり知られていない存在だそうです。というのも、彼はナチスに反対していたためドイツから逃れリトアニアに亡命しなければなりませんでした。そこで苦労しながらも研究を続けこの『ドストエフスキーとニーチェ その生の象徴するもの』を1939年に書き上げました。
しかし1941年に独ソ戦が始まると今度はソ連によって連行されそのまま殺害されてしまったそうです。
ですのでシューバルトは学者時代に常に迫害され続けたため歴史の表舞台に立つこともなく、ひっそりとナチス、ソ連の対立の中でその生涯を終えてしまったのです。
こうした悲運の著者による力作が今回ご紹介する『ドストエフスキーとニーチェ その生の象徴するもの』になります。
著者は絶対的な真理を追い求める両者を神との関係性から見ていきます。
さらにこの本では『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフや『カラマーゾフの兄弟』のイワンとニーチェの類似についても語っていきます。理性を突き詰めたドストエフスキーの典型的な知識人たちの破滅とニーチェの発狂を重ねて見ていきます。これもものすごく興味深かったです。
この本では興味深い箇所が山ほどあり、正直、本そのものを全部引用して紹介したいくらいの気持ちです。ですがそれをしてしまうと大変なことになってしまうのでそれはあきらめます(笑)
ただ、私自身にとってもこの本は非常に衝撃的なものであり、これからも何度もじっくりと読み返していきたいなと思える本でした。
この本はドストエフスキー、ニーチェの両者を考える上で非常に有益な参考書です。この本がほとんど知られていないのはあまりにもったいないです。ぜひともこの本がもっと広まることを願っています。
W.シューバルト『ドストエフスキーとニーチェ その生の象徴するもの』2人のキリスト教理解から読み解くおすすめ参考書!
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ドストエフスキーとニーチェ―その生の象徴するもの (1982年)
『ゲンロンβ63』齋須直人『「カラマーゾフの子供たち」、聖地ヴァラームへ行く』
齋須氏はロシア正教とドストエフスキーという観点から研究をされている研究者で、今回ご紹介する『「カラマーゾフの子供たち」、聖地ヴァラームへ行く』では、齋須氏が2021年に実際にロシアを訪れ、ロシア正教の聖地を巡った体験をここに記しています。
齋須氏はドストエフスキーやロシア正教を学ぶために、日本で暮らす私たちには想像もできないような世界に飛び込んでいきます。
「とてつもない所に齋須さんは行かれたのだな」と読んでいてびっくりしてしまいました。まず普通の観光者では行くことのできないようなディープな場所です。
『「カラマーゾフの子供たち」、聖地ヴァラームへ行く』は旅行記的な読み物として楽しめながら、知られざるロシア正教の世界やドストエフスキーとのつながりについて知ることができます。面白くてあっという間に読んでしまいました。
読んでいると旅に出たくてうずうずしてきました。聖地まで実際に行き、その空気を体感すること。そして現地に生きる人の声を聴くこと。本やメディアで知る情報とは違う生の体験。
齋須氏の『「カラマーゾフの子供たち」、聖地ヴァラームへ行く』はロシア正教の雰囲気やドストエフスキーとのつながりを知るのに最適な1冊です。また、ドストエフスキーやロシア正教のことを知らなくても齋須氏のディープなロシア体験を記した「旅行記」としても楽しめます。非常におすすめな作品です。ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
『ゲンロンβ63』齋須直人『「カラマーゾフの子供たち」、聖地ヴァラームへ行く』ドストエフスキーとロシア正教のディープな世界へ
パウエル中西裕一『ギリシャ正教と聖山アトス』
パウエル中西神父は元々ギリシャ哲学の研究をされていたそうですが、ギリシャに渡ったのをきっかけに正教の世界へと導かれていったそうです。
この本では私たちがあまり知ることのない正教の教えをわかりやすく解説してくれます。カトリックやプロテスタントとの違いもこの本を読めば見えてきますし、聖地アトス山が一体どのような場所なのかということも知ることができます。
宗教的な感覚が薄れていった現代、そしてグローバル化が進む世界の中で女人禁制で、そもそも外部からの参入を厳しく制限し、修道や祈りに没頭する生活を未だに続けているアトス山。その歴史は1000年に及びます。
長きにわたって守られ続けてきた祈りの生活とははたしてどんなものなのか。修道士は何を思い、どんな生活をしているのか。
これは私たちには想像もつかない世界です。
読んでいて驚くような世界がどんどん出てきます。
写真も豊富で、現地の様子が非常にイメージしやすいです。これもこの本のありがたいところです。
パウエル中西神父の語り口もとても読みやすく、楽しみながら知られざる正教の姿を学ぶことができます。
正教の入門書のひとつとしてぜひおすすめしたい1冊です。
パウエル中西裕一『ギリシャ正教と聖山アトス』知られざる正教とギリシャの聖地とは
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O・ファイジズ『ナターシャの踊り ロシア文化史』
この本は間違いなく名著です。これだけの本にお目にかかれるのはめったにありません。
ロシアの文化、ロシアの精神性を学ぶのに最高の本です。
私個人としては、この本を読んで特に印象に残ったのはオプチナ修道院についての記述です。
以前当ブログでもオプチナ修道院のことは紹介しましたが、この修道院は晩年のドストエフスキーが訪れた、ロシアのとても名高い修道院で、あの偉大なる文豪トルストイも何度も足を運んでいます。
『ナターシャの踊り』では俯瞰的にオプチナ修道院のことが解説され、この修道院がいかにロシア人のメンタリティーに影響を与えたのかが語られます。
単にオプチナ修道院の歴史だけを見ていくのではなく、ゴーゴリ、ドストエフスキー、トルストイらとの繋がりからロシア人のメンタリティーを探っていくというのが非常に興味深かったです。これはドストエフスキーのキリスト教理解を学ぶ上でも非常に重要な視点を与えてくれると思います。
ロシアの文化、精神性を学ぶのに最高の1冊です!2021年、素晴らしい作品が登場しました!これはぜひぜひおすすめしたい作品です!
O・ファイジズ『ナターシャの踊り ロシア文化史』ロシアの文化・精神性の成り立ちに迫るおすすめ参考書!
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ローテル『無名の巡礼者 あるロシア人巡礼の手記』
この本はドストエフスキーやトルストイにも大きな影響を与えた「ロシアの巡礼」について知るためにうってつけの作品となっています。この本が初めて出たのはドストエフスキーが亡くなった1881年より数年後ですので直接彼がこれを読んでいたわけではありませんが、当時ロシアにいた巡礼者がどのような教えの下生きていたのかということを知ることができます。
私はこの作品を読んで何度も驚かされました。
この本で語られる祈りや瞑想の方法が仏教で説かれることとそっくりな部分がいくつもあったのです。
ロシア正教には東洋的な瞑想の要素と似ている部分があるというのはこれまでも読んだことがありましたがまさにそれを証明するかのような祈りの方法がこの本で書かれていたのでありました。
そしてこの作品の語り手である無名の巡礼者の祈りへの渇望や真摯な信仰心には胸打たれるものがありました。なぜ彼が巡礼者となったのかという経緯もすさまじいものがあります。
仏教徒としてもこの本は大きな意味がある作品だと私は思います。
なかなか手に入れにくい作品ではありますが、信仰と祈りについて学ぶのに素晴らしい作品です。ぜひおすすめしたい一冊です。
ローテル『無名の巡礼者 あるロシア人巡礼の手記』~ドストエフスキーに大きな影響を与えた巡礼の精神を知るのにおすすめの作品
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エフドキーモフ『ロシア思想におけるキリスト』
著者のエフドキーモフは1901年生まれのロシア人神学者です。
彼は宗教弾圧の猛威が吹き荒れるソ連時代にフランスに亡命し、そこで学者としての名声を確立することになりました。
ソ連内にいてはロシア正教の信仰は弾圧され、書物の発行はもちろんご法度です。ですのでロシア正教の教えを詳しく知っている人物がロシアのキリスト教について解説している本というのは貴重な存在です。
この作品はタイトルにも書きましたようにロシアにおけるキリスト教の歴史や思想の概略を示してくれる作品となっています。
そしてこの本で一番ありがたかったのはザドーンスクの聖ティーホンについての解説の存在です。
この人物はドストエフスキーの『悪霊』に出てくる主教ティーホンと『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老の造形に大きな影響を与えた人物として知られています。
この作品ではドストエフスキーについても語られますしトルストイやゴーゴリなどロシア文学を代表する人物達とキリスト教の関係を知ることができます。
エフドキーモフ『ロシア思想におけるキリスト』~『悪霊』ティーホン主教のモデルになったザドンスクの聖ティーホンとは
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高橋保行『迫害下のロシア教会―無神論国家における正教の70年』
この本は宗教を禁じたソ連時代にロシア正教の教会はどのような状況に陥っていたのかということを見ていく作品です。
ソ連とキリスト教についてはこれまでもドストエフスキーとの関連から当ブログでもいくつかの本を紹介してきましたが、今作『迫害下のロシア教会―無神論国家における正教の70年』はまさにこの問題について正面から論じた作品になります。
本編ではまず、ロシア正教がどのような宗教でどのような歴史を辿ってきたかということが解説されます。私達はキリスト教というとカトリックやプロテスタントをイメージしてしまいがちですが、それらとは異なるロシア正教の特徴をまずは学ぶことになります。
そしてその上でソ連時代の壮絶な教会弾圧の流れを見ていくことになります。目を反らしたくなるような凄まじい弾圧です。そのような中で教会はどのような対応を取ったのか、そして信仰を守るために人々はどのように過ごしてきたのかということを知ることになります。
ソ連時代のことは現代を生きる私たちにはなかなかイメージしにくいかもしれません。同時代を生きていた人にとっても情報が制限されていたため限られた範囲でしかその実態を知ることができませんでした。
そんな中ソ連政権下でタブー視されていた宗教については特に秘密にされていた事柄だと思います。
ソ連が崩壊した今だからこそ知ることができるソ連とロシア正教の関わり。
そのことを学べるこの本は非常に貴重な一冊です。
高橋保行『迫害下のロシア教会―無神論国家における正教の70年』~ソ連時代のキリスト教はどのような状態だったのか
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ジェフリー・ロバーツ『スターリンの図書室』~読書という視点から見る斬新なスターリン伝。彼はドストエフスキーをどう見たのか。
なぜスターリンは独裁者となれたのか、その背景となったものは何だったのか、それを「読書」という観点から見ていく本書は非常に刺激的です。「読書」というある意味独裁者と結びつきにくいマイナーな切り口から攻めていく著者の勇気には驚くしかありません。非常に斬新です。
私自身、スターリンが猛烈な読書家であったことは以前当ブログでも紹介したモンテフィオーリ著『スターリン 青春と革命の時代』という伝記から知ってはいました。しかし、まさかこの「読書家スターリン」という一本槍で大部の伝記を書き上げてしまうのには恐れ入りました。この本の存在を知った時はそれこそ度肝を抜かれたものです。もちろん、すぐさま購入でした。
その中でも私にとって印象に残ったのはやはりスターリンのドストエフスキーに対する見解です。ここ数年間ドストエフスキーを学んできた私にとってここは見逃せないポイントでした。
スターリンはやはりドストエフスキーのことを深く理解していました。そしてマルクス主義というイデオロギーに対する脅威も明確に認識しています。だからこそスターリンはドストエフスキーを恐れていたのでしょう。ドストエフスキーのキリスト教理解を知る上でも本書は有益です。
スターリンがどのようにドストエフスキーを見ていたかを知る重要な手がかりがこの本にはあります。
ジェフリー・ロバーツ『スターリンの図書室』~読書という視点から見る斬新なスターリン伝。彼はドストエフスキーをどう見たのか。
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終わりに
以上、私のおすすめのドストエフスキーとキリスト教の参考書一覧でした。
他にも紹介したい本はまだまだあったのですが分量の関係上ここまでとさせて頂きました。
ただ、何冊かはまだ読みたくても読み切れていない重要な参考書があるので、また落ち着きましたら追加していきたいと思います。
では、本日も最後までお付き合い頂きありがとうございました。
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