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ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』あらすじと感想~亡命ロシア人哲学者によるドストエフスキー思想研究の古典

ベルジャーエフ
目次

白水社、斎藤栄治訳ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』

今回ご紹介するベルジャーエフの『ドストエフスキーの世界観』はドストエフスキーの思想研究の古典として知られている作品です。

前回の記事で紹介した『革命か神か―ドストエフスキーの世界観―』では作者のクドリャフツェフがソ連的なイデオロギーからこの作品を厳しく批判していましたが、それはこの作品が世界中でそれだけ大きな影響力を持っていたということの裏返しであるとも言えるかもしれません。

では早速彼のプロフィールを見ていきましょう。

ニコライ・ベルジャーエフ(1874-1948)Wikipediaより

ニコライ・アレクサンドロヴィチ・べルジャーエフ( 1874-1948)

ロシア生まれの哲学者。マルクス主義をカント哲学と結びつけ、唯物論から観念論へと転向。ドストエフスキーの影響を受けて、キリスト教に回帰。革命と知識階級の問題をめぐり哲学的思惟を深め、精神の自由をもとに文化や歴史を論じた。主要著書として、『ドストエフスキーの世界観』のほかに『歴史の意味』、『孤独と愛と社会』『わが生涯―哲学的自叙伝の試み』などがある。

白水社、斎藤栄治訳ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』

続いて巻末の訳者解説でこの本についてまとめられていましたのでそちらも引用します。

ニコライ・アレキサンドロヴィチ・べルジャーエフ(一八七四-一九四八)は、一九一九年、革命の混乱のただなか、ロシアの精神文化を維持しようという使命感をもって、「精神文化のための自由アカデミー」をモスクワに創設した。

このアカデミーにおいて彼は、一九二〇年から二一年にかけての冬のあいだ、ドストエフスキー=セミナーを指導した。それがきっかけとなって、本書『ドストエフスキーの世界観』は、一九二一年の秋に書きあげられた。

しかし、それから一年後の一九二二年秋には、彼はその宗教観のゆえに、国外に追放された。本書の上梓は国外においておこなわれたのである。ベルジャーエフは、同国人としてドストエフスキーに感動的な尊敬をささげ、深い同感を表明している。だから彼のドストエフスキー論には、随所に彼自身の思想の自由で自然な浸透が見られる。

本書におけるベルジャーエフの意図は、ドストエフスキーについての文学史的研究、ないしは文学批評、ないしは伝記、あるいはその心理学的分析を提供するにあるのではなくて、彼の精神の奥底をきわめ、彼の世界観の深所を開き、彼の世界観を≪直観的≫に再現しようというのである。ベルジャーエフは、彼の芸術をつらぬいている観念生活、彼の思想の弁証法を解明しようとするのである。(中略)

そして本書におけるベルジャーエフの根本態度は、ドストエフスキーという統一ある偉大な精神現象のなかに≪直観的≫に身を沈め、ドストエフスキーという精神的有機体のなかにとけこんでゆくという態度であった。
※一部改行しました

白水社、斎藤栄治訳、ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』P285-286

ベルジャーエフはロシア生まれで革命後のソ連でも活躍していた学者でした。しかしドストエフスキーの影響でキリスト教を信仰することになり、その思想故にソ連から国外追放され亡命することになりました。

ベルジャーエフ自身、この本の序文で次のように述べています。

ドストエフスキーは、私の精神生活において決定的な意義を有した。すでに少年のころ私は、ドストエフスキーからの最初の接種を受けた。作家や思想家で彼ほどつよく私の魂をゆりうごかしたものはなかった。いつも私は人間を、ドストエフスキーの人間と、彼の精神に無縁な人間とに分けた。私の意識は、すでに若いころから哲学的諸問題にむけられていた。そしてこうした傾向は、ドストエフスキーのいわゆる≪いまわしい問題≫と結びついていた。

ドストエフスキーの作品を読むたびごとに、彼はいつも新しい面を私のまえに開いて見せた。『大審問官物語』のテーマは、若い日の私の魂を、戦慄的な鋭さでもってさしつらぬいた。キリストにたいする私の最初の信仰告白は、この『物語』のなかのキリストの姿にたいする信仰告白であった。

自由という理念は、つねに私の世界感および世界観の礎石であった。そしてこの自由という根源的な直観において私はドストエフスキーとめぐりあったのだ。彼は私の精神的故郷となったのである。
※一部改行しました

白水社、斎藤栄治訳、ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』P5

そして彼はこの作品における彼自身の立場を次のように述べます。

私はドストエフスキーについて文学史的論文を書くつもりはない。また、彼の伝記とか、彼の人格の見取図とかを提供するつもりもない。いわんや私のこの本は、≪文学批評≫の領域に属する研究では毛頭ない。―そういう種類の研究活動は、私のあまり重視するところではないのである。

また、心理学の立場からドストエフスキーに近づくとか、ドストエフスキーの≪心理≫を掘りおこすというのでもない。私の課題はそれらとはちがったものだ。

私の仕事は、心理学の領域に属するものではなくて、心霊学のそれにかぞえられねばならない。私はドストエフスキーの精神の底を究め、彼の世界感の深所を開き、彼の世界観を直観的に再現したいのである。

ドストエフスキーは、単に偉大な作家たるにとどまらず、また偉大な思想家、偉大な予言者であった。彼は偉大な弁証家であり、ロシア最大の形而上学者であった。

観念、、は、ドストエフスキーの創作において、大きな、中心的役割を演じており、そして天才的な思想の弁証法は、ドストエフスキーにおいて、彼の驚嘆すべき心理学にすこしも劣らない地位を占めている。

彼の思想の弁証法は、彼の芸術の特性の一つである。彼は彼の芸術をとおして、観念生活の根源にまで迫る。そしてまた観念生活は、彼の芸術をつらぬいているのである。
※一部改行しました

白水社、斎藤栄治訳、ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』P10-11

後半部分から「観念」や「弁証法」などの哲学的な言葉が出てきましたね。

クドリャフツェフの『革命か神か―ドストエフスキーの世界観―』ではこの辺りの抽象的、観念的な姿勢が批判の対象になっていました。ベルジャーエフは現実世界を見ていないと彼は言うのです。

クドリャフツェフを読んでからこの本を改めて読み返してみるとたしかにそんな気もしないではありません。しかし、ベルジャーエフは最初の序文から「ドストエフスキーを観念の上から観る」という自分の立場を明確に述べた上でこの本を書いています。ですのでそこを強く批判されるのは少し気の毒な気もしました。

そしてこの本ではベルジャーエフの次の言葉が目を引きます。これはドストエフスキーを学んでいく上で非常に重要な指摘であるように思われます。

ドストエフスキーを読んで、ただなんの救いもない暗黒のなかに突き落とされる感じをうける人、苦しさだけが感じられて喜びを感じ得ない人は、彼を見ず彼を知らない人である。

白水社、斎藤栄治訳、ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』P33

ベルジャーエフはドストエフスキーの作品には救いがあると述べるのです。

ドストエフスキーを読むと、大きな喜びが湧いてくる。大きな精神的解放である。それは苦難をとおしてやってくる喜びである。しかしこれがキリスト教の道なのだ。ドストエフスキーは、人間への信仰、人間の深さへの信仰をわれわれのために回復してくれる。

白水社、斎藤栄治訳、ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』P32

光明への道は暗黒をとおってゆく。ドストエフスキーの偉大さは、暗黒のなかに光明がかがやくことを示した点にあった。

白水社、斎藤栄治訳、ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』P276

人生の苦悩の中に光明が、救いがある。苦悩を苦悩として引き受けていく、そこにドストエフスキー作品の救いがあるとベルジャーエフは述べるのです。

ドストエフスキーは重くて暗い作品ばかり書いたというイメージが根強い作家ですが、それは真のドストエフスキーではないと彼ははっきり言うのです。ここに彼のドストエフスキー観の特徴があります。

この立場をベースに彼はドストエフスキーの世界観を「観念」という独自な視点で見ていきます。これはなかなか刺激的な本でした。

クドリャフツェフの『革命か神か―ドストエフスキーの世界観―』と対比しながら読むとそれぞれの思想の違いが際立ってさらに面白くなります。

ぜひ2つセットで読んでみてはいかがでしょうか。

以上、「ベルジャーエフ『ドストエフスキーの世界観』ドストエフスキー思想研究の古典」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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