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(47)父の最期を看取れなかったマリユス~無知なマリユスは何と恩知らずなことを・・・

ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む
目次

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(47)父の最期を看取れなかったマリユス~無知なマリユスは何と恩知らずなことを・・・

第三部 マリユス 第三章 祖父と孫 ⑵

王党派の祖父ジルノルマンに育てられたマリユスは、祖父の思惑通りの思考になり、やがて父親を嫌悪するようになっていきました。ユゴーはそんな彼の幼少期から青年期について次のように述べています。

マリユス・ポンメルシーは、あらゆる少年たちと同様、あれこれと勉強をした。彼が叔母のジルノルマンの手を離れると、彼の祖父は、純粋で、潔白で、古典の教養がある立派な教師に彼を預けた。ひらきかかったこの若い魂は、貞節ぶった女から、衒学者の手に移った。マリユスは数年間中学校に通い、それから法律学校に入った。彼は、王党主義で、熱狂的で、真面目だった。祖父をあまり好きではなかった。その陽気とシニスムには閉口していた。そして父を思うと、悲しくなった。

だが彼は、熱心で、冷静で、上品で、鷹揚で、気高く、信心深く、感激しやすい少年だった。冷静に見えるほど品があり、粗野に見えるほど純粋だった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P90

ここで重要なのはマリユスがあまりに純粋であり、感激しやすいタイプの人間だということです。彼は一度感激してしまうとそのまま極端に突っ走ってしまう傾向があります。彼には「ほどほど」というものがないのです。これが彼の性格のひとつとして重要なポイントとなってきます。

さて、そんなマリユスでありましたが、ある日祖父から意外な言葉をかけられます。

「父親に会ってきなさい」と。

あの祖父がこう言うのですから、これはよっぽどのことがあったに違いありません。実際、父は危篤であり、今すぐに会いに来てほしいとのことでした。

ですがこれに対しマリユスは、全く乗り気ではありません。むしろこの突然の再会を苦役のように感じています。そしてユゴーはその理由を次のように述べています。

マリユスは、政治的反感のほかに、ジルノルマン氏が機嫌がいいときに、猪武者と呼んだあの父が、自分を愛していないと思いこんでいた。これは明らかだった。なぜなら、こんなふうに自分を見捨て、他人に任せっぱなしにしていたからである。少しも愛されていないと思って、彼も愛そうとしなかった。これほどわかりきったことはない、と彼は思っていた。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P92

そうです、彼は幼い頃に父親と引き離され一切会っていないのです。しかも祖父から散々父の悪口を吹き込まれ過ごしてきました。「父は自分を愛していない」と彼が思ってしまうのも仕方がありません。

ですが、それが勘違いであることを私たち読者はすでに知っています。これがマリユスの背負う宿命なのです。後にまた改めてお話ししますが、彼にはそういうところがあるのです。

さて、こういう具合でマリユスは父の下を訪ねることになったのですが、すぐに出発したわけではありませんでした。父の危篤を知らせる手紙には至急来るようにとあったにも関わらず、マリユスはそうしなかったのです。さらに言えば、出発しなかったどころか、より早く行ける方法はないのかと問い合わせることすらしませんでした。こういうところがマリユスなのです。ぜひこれは覚えておいてください。

そして翌日の夕方、彼は父の家に到着します。ここからのシーンはあまりに劇的ですので全文引用したいと思います。かなり先回りになりますが、ジャン・ヴァルジャンの死とこの場面が繋がると私は考えています。それほど重要な場面だと私は思うのです。

翌日の夕方、マリユスはヴェルノンに着いた。明りがつきはじめていた。彼は出会った男に「ポンメルシーさんの家」を尋ねた。なぜなら、内心彼は、王政復古に賛成だったし、父を男爵とも大佐とも思っていなかった。

その家はすぐわかった。べルを鳴らすと、女が小さなランプを持って出て来て、あけてくれた。

「ポンメルシーさんは?」とマリユスは言った。

女は動かなかった。

「こちらでしょうか?」とマリユスが尋ねた。

女はうなずいた。

「お会いできますか?」

女は頭を横に振った。

「でも、僕は息子なんです」とマリユスが言った。「僕を待っているはずです」

「もう待っていらっしゃいませんわ」と女が言った。

そのとき彼は、女が泣いているのに気づいた。

彼女は天井の低い部屋のドアを指で示した。彼は入った。

暖炉の上にある獣脂の蝋燭で照らされたその部屋には、三人の男がいた。一人は立ち、一人はひざまずき、一人は床の上にシャツを着たまま横たわっていた。横たわっているのが大佐だった。

他の二人は医者と司祭で、司祭はお祈りをしていた。

大佐は三目前から脳膜炎にかかっていた。病気の初めに、悪い予感がしたので、ジルノルマン氏に手紙を書き、息子をよこしてくれるように頼んだ。病気はひどくなった。マリユスがヴェルノンに着いた晩、大佐は錯乱の発作を起し、女中が止めたのに、べッドの上に起きあがって、叫んだ。「伜は来ない!俺が行こう!」そして部屋を飛び出し、控え室の床の上に倒れた。それっきり息が途絶えた。

医者と司祭が呼ばれた。医者も司祭も間に合わず、息子も遅すぎた。

蝋燭の薄暗い光で、そこに横たわった青ざめた大佐の頬の上に、死んだ人の目から流れ出た大粒の涙が見えた。目は死んでいたが、涙は乾いていなかった。その涙は、息子が遅れたせいだった。

マリユスはこの男を見つめた。最初で最後に会ったのである。男らしい、立派な顔、もう見えないひらかれた目、白い髪、がっちりした手足、手足には、サーベルで傷つけられた茶色い筋と、弾丸にあたった赤い点が、あちこちに見られた。神が善良さをしるしたその顔の上には、武勇を物語る大きな斬り傷が見られた。彼は、これが自分の父であり、もう死んでいるのだ、と考えた。依然として冷静だった。

彼の悲しみは、誰かほかの人が倒れて死んでいても、感じるような悲しみだった。

悲痛、身にしみるような悲痛が、この部屋に立ちこめていた。女中は隅で泣いていた。司祭が泣きじゃくりながら祈っているのが聞えた。医者は目をこすっていた。死体までが泣いていた。

医者と司祭と女中は、ひと言も言わずに、悲しみのこもった眼差しでマリユスを見つめた。彼の方が他人のようだった。ほとんど感動しない自分の態度に、きまりが悪くなり、当惑した。彼は手に帽子を持っていた。悲痛のあまり、持つ力もなくなったと見せかけるために、それを下に落した。

同時に、何か後悔に似たものを感じた。そんなふうにふるまう自分を軽蔑した。自分のあやまちだろうか?父を愛していなかったのだ、仕方がない!

大佐の遺産は何もなかった。家具を売り払って、葬式の費用をやっと払うことができた。女中が一枚の紙きれを見つけて、マリユスに渡した。それには、大佐の自筆で、次のように書かれていた。

「―わが子に―皇帝はワーテルローの戦場でわたしを男爵とした。血を流したこの称号も、王政復古で否認されたが、息子にこれを譲り渡す。息子がそれに値することは言うまでもない」

その裏に、大佐はつけ加えていた。

「そのワーテルローの戦いで、一人の軍曹がわたしの命を救ってくれた。名前はテナルディエ。最近、パリ界隈の村、シェルまたはモンフェルメイユで小さな宿屋を出していると思う。もしテナルディエに会ったら、できるだけの好意を示してくれ」

父にたいする尊敬の気持からではなく、いつも人間の心に否応なしに押しつける死にたいする漠然とした敬意から、マリユスはその紙きれを取って、握りしめた。

大佐のものは、何一つなかった。ジルノルマン氏は、大佐の剣と軍服を古道具屋に売らせた。付近の人びとが庭を荒し、珍しい花を盗んで行った。その他の植物は、茨の藪となるか、あるいは枯れてしまった。

マリユスはヴェルノンに四十八時間しかいなかった。彼は、葬式ののち、パリに帰り、父のことは、まるで生きていなかったように、少しも考えず、また法律の勉強にとりかかった。大佐の葬式も二日で終り、三日間で忘れられてしまった。

マリユスは帽子に喪章をつけた。それだけだった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P92ー96

いかがでしょうか。父の頬を流れる涙、泣きじゃくる3人、そして冷静なマリユス・・・この対比はあまりに見事です。そして事情を知っている私たちからすると、マリユスの恩知らずな振る舞いに目を背けたくもなります。

そうです。この何も知らない恩知らずのマリユスはジャン・ヴァルジャンの最期にも再び登場します。彼は何も知らず、いや知ろうともせず相手を勝手に決めつけ、悪人だと思い込みます。そして気付いたころにはすでに遅し・・・自分の至らなさを激しく後悔するのです。

さて、父の死に間に合わなかったマリユス。この時はまだ彼は何も知りません。

しかし、この数日後マリユスはふとした偶然から真実を知らされることになります。次の記事ではそんなマリユスについて見ていくことにしましょう。

続く

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この記事を書いた人

2019年「宗教とは何か」をテーマに80日間で13カ国を巡り、その旅をもとにした世界一周記を全国9紙で連載。
現在は北海道新聞「みなみ風」で『インド・スリランカ仏跡紀行』を連載中。

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