(25)ワーテルローの戦いをこれでもかと描くユゴー。その真意は?

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(25)ワーテルローの戦いをこれでもかと描くユゴー。その真意は?
『レ・ミゼラブル』第二部 コゼット 第一章 ワーテルロー
さあ、いよいよレミゼも2冊目、第二部に突入です。
ですが、本文を読んでいきなり面食らった方も多いのではないでしょうか。そうです。第一部と同じく、今回も物語の本筋とは異なる長話が延々と続くことになります。第一部はミリエル司教の善良なる生活が説かれましたが、今回はナポレオンが決定的な敗北を喫したワーテルローの戦いが語られます。

日本人でこの戦いについて詳しく知っている方はほとんどおられないのではないでしょうか。かなりの歴史好きでなければこの戦いの詳細は知らないのではないかと思われます。そんな日本人にはピンと来ない戦いに関してユゴーはこれでもかと解説を加えていきます。そしてそれはなんと、105ページまで続くのでありました。
というわけで、この第二部は開始早々から我々日本人にはかなり厳しい読書を強いられることになります。ヨーロッパ人であれば身近な戦いなので親近感を持って楽しめたでしょうが、我々日本人にとってはかなり縁遠い話です。しかも人名や地名などの固有名詞も多く、さらにはユゴーによる歴史談義も語られますのでかなり難解なものとなっています。
正直、私達日本の一般読者であればここで語られる細かい歴史談義にはそこまで立ち入る必要はないと思います。ここはなんとか耐えて流し読みをしながら先へ先へ進んでいくというのも一つの手です。ここで息切れして読むのをやめてしまうことこそ悲劇です。なので思い切って割り切ることも一つの戦略だと私は思います。
とはいえ、ユゴーがここで100ページ以上もかけてこの戦いについて力説している以上、そこに大きな意味があることは間違いありません。
というわけでこの記事ではそんなレミゼとワーテルローについて少しだけお話ししたいと思います。
まず、ユゴーがこのワーテルローの戦いをどう捉えているのか、それを端的に表した言葉が次のものになります。
ワーテルローは、単なる戦いではない。それは世界の方向転換である。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P55
これは非常に重要です。ユゴーにとってワーテルローの戦いはこの世界をどう認識するかそのものを問う重要問題であったのです。つまり、ユゴーの世界観そのものがここにあるのです。
ただ、これはユゴーだけの問題ではありません。この時代の作家は多かれ少なかれ必ず「ナポレオンをどう捉えるか」という命題に突き当たります。
バルザックもスタンダールもゾラもそうですし、トルストイの『戦争と平和』はまさにナポレオン戦争を題材にした作品です。ドストエフスキーの『罪と罰』もナポレオンが大きな主題となっています。つまり、ナポレオンをどう捉えるかはそのまま作家自身がこの世界をどう捉えているかの表現に他ならないということなのです。
そう考えると冗長にも思えるユゴーのワーテルロー談義は彼の世界観を示す重大な箇所というのも見えてくるのではないでしょうか。
とはいえ、それをいきなり我々日本人が全て理解するのはなかなか難しいのは事実です。

かく言う私もドストエフスキー研究を通してフランス史を学ぶまでナポレオンのことはほとんど知りませんでした。そもそも何年から何年まで生きていたのかもよくわかっていませんでした。皆さんはいかがでしょう?名前は知っていてもその詳細まではわからないのではないでしょうか。
ナポレオンは1769年に生まれ1821年に亡くなっています。1789年のフランス革命の激流の中で頭角を現し皇帝へと成り上がった天才将軍でありました。
彼については当ブログでも以下の記事で紹介していますが、知れば知るほど興味深い存在です。
・ナポレオンってどんな人?⑴その出自と下積み時代 ドストエフスキー『罪と罰』とナポレオンの関係を考察
・ナポレオンってどんな人?⑵エジプト遠征と皇帝即位 ドストエフスキー『罪と罰』とナポレオンの関係を考察
・ナポレオンってどんな人?⑶モスクワ遠征と冬将軍、栄光からの転落 ドストエフスキー『罪と罰』とナポレオンの関係を考察
・やはり『罪と罰』は面白い…!ナポレオンという切り口からその魅力を考える
・『ナポレオン言行録』あらすじと感想~読書は世界を制す?文学青年ナポレオンと読書~文豪達はなぜナポレオンに憧れたのか!
いずれにせよ、ナポレオンとは何者かを考えるにはフランス史の基礎が必要です。歴史の流れがわからないと彼の偉大さやその影響力が見えてきません。もちろん、ユゴーの言わんとするところもです。

こちらの記事でフランス史やナポレオンを学ぶためのおすすめ参考書をまとめていますので、レミゼをもっと楽しむためにもぜひこちらで紹介した本も読まれることをおすすめします。
さて、こういうわけで長々と語られるワーテルローの戦いにも実は大きな意味があることがわかりました。レミゼの物語の本筋から離れているように見えて、実はその世界を成り立たせている根本原理をここで示そうとしているのです。
ユゴーは巨人です。ユゴーはこの小説で世界そのものを描こうとしました。まさに巨人的試みです。そしてそのためにワーテルローの戦いはなくてはならないものだったのです。
また、ちなみにでありますが、100ページ以上も続くこの語りではありますが、そのラストのラストでテナルディエの名前が登場するのも実に憎い演出です。
この壮大なワーテルローの戦いにおいて、あのテナルディエがその歴史に参入しているのです。しかもそれが後の展開に極めて重大な影響を与えていくのですからこれは見事と言うしかありません。さすがユゴーです。
そして最後にもう1点。
このワーテルローの語りにおいて、ユゴーは語り手として実際にそこに行って来たかのように書いていますが、実は本当に彼はこの地を訪れてこの章を書いているのです。しかも、彼はわざわざここまで来てレミゼの最後の原稿を書き上げたのでありました。
当時ユゴーは1852年にナポレオン三世がフランス皇帝となったことから、イギリスのガーンジー島に亡命を余儀なくされていました。実はその亡命中に書き上げられたのが『レ・ミゼラブル』という作品だったのです。そんな故郷の地を踏めないユゴーがその大作の仕上げの地に選んだのがこのワーテルローだったのでありました。
レミゼを書き終えるためにわざわざはるばるここまでやって来たというのは非常に大きな意味があると私は思います。
言わずもがなですが『レ・ミゼラブル』は全五巻の大作です。彼は着想から十年以上の歳月をかけてこの作品を書き上げました。ただ、この大作は全て順番通りに書かれたわけではありません。その最後の最後まで残されていたのがこの第二部冒頭で描かれる「ワーテルローの戦い」だったのです。
ユゴーは単にレミゼをここで完成させたのではありません。
わざと第二部冒頭の「ワーテルローの戦い」の部分を取っておいて、レミゼの原稿のフィニッシュをわざわざワーテルローの古戦場その地で書き上げるという念の入れようだったのです。
ユゴーがどれだけナポレオンの存在、ワーテルローの存在に思い入れがあったかがうかがわれるエピソードではないでしょうか。
そしてそんなワーテルローを私も2022年に訪れています。



「ユゴーはどんな思いでこの地を訪れ、レミゼを書き上げたのか」
そのことに思いを馳せながらの訪問は私にとっても忘れられない瞬間でありました。
この時の体験は以下の旅行記で記してありますのでぜひ興味のある方はご参照頂ければと思います。

では、次の章よりいよいよ我らがジャン・ヴァルジャンの登場になります。第一部のラストで姿を消したジャン・ヴァルジャンがどのような消息を辿っていたかがここで明らかにされます。
続く
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「『レ・ミゼラブル』おすすめ解説本一覧~レミゼをもっと楽しみたい方へ」
「『レ・ミゼラブル』解説記事一覧~キャラクターや時代背景などレミゼをもっと知りたい方へおすすめ!」
「フランス革命やナポレオンを学ぶのにおすすめの参考書一覧~レミゼの時代背景やフランス史を知るためにも」
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