MENU

(9)フョードルの道化ぶりに笑えるようになったのは私が年をとったからなのだろうか

カラマーゾフの兄弟を読む
目次

「カラマーゾフを読む」(9)フョードルの道化ぶりに笑えるようになったのは私が年をとったからなのだろうか

第二編 場違いな会合 二 年とった道化

いよいよ庵室での会合が始まります。

ここでも冒頭のミウーソフの心情は見逃せません。

ゾシマ長老と司祭修道士の間で行われた厳粛なあいさつの儀式を見て、無神論者で自由主義者のミウーソフは苛立ちを覚えるのです。これも宗教嫌いの人によくある非難です。ドストエフスキーはここでもしっかりとそれを押さえています。

そしてそんなミウーソフの内面を見て取ったフョードルはここぞとばかりにそれを茶化します。闘いのゴングはすでに鳴り響いています。

さあ、この会合はどうなってしまうのか。もはや始まる前からそれは見え見えでしたが、さすがはゾシマ長老。フョードルの道化ぶりにもほとんど動じません。むしろ、滔々と続けられるフョードルの道化ぶりに我慢ならなくなったのはそれと同類視されたくないミウーソフの方でした。

フョードルはゾシマ長老に語りかけながら、巧妙にミウーソフを挑発していきます。次の箇所は私も思わずくすっとしてしまいました。

わたしは生れつき、根っからの道化でしてね、長老さま、言うなれば神がかり行者と同じようなものでさ。ひょっとすると、悪魔でも体内に住みついてるのかもしれませんな、と言ったところで、ちっぽけなやつでしょうがね。もっと偉いやつは別の棲家を選ぶでしょうからね。ただ、あんたじゃありませんよ、ミウーソフさん。あんただって、たいした棲家じゃありませんからな。

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P95

このセリフでは、まず神がかり行者と道化を同一視している時点で修道院側を茶化しているわけです。しかし、いつの間にか標的がミウーソフへと変わってしまっています。話のスムーズな流れからすれば、別にここでミウーソフへの挑発を挟む必要はないわけです。ですが、それでもなおフョードルがミウーソフを焚きつけようとしているのが何ともくすっとしてしまうのです。

しかもこれが効果てきめん!ミウーソフはだんだん自分を抑えることができなくなっていきます。

もはや庵室内は異様な空気です。まさに前代未聞。神聖なこの部屋でこんな愚かしいやりとりが行われたことは未だかつてありませんでした。

そしてこの異様な空気にアリョーシャが苦しんでいたその時、ある人物が初登場してきます。それがアリョーシャの友達でもある神学生ラキーチンです。この男に関してついてはドストエフスキーも「アリョーシャは(彼を※ブログ筆者注)眺めやることさえできなかった。相手の思想がよくわかっていたからだ。とはいえ、それを知っているのは、修道院じゅうで、アリョーシャひとりだった」という意味深な言葉を記しています。

このラキーチンは後に大きな役回りを果たす人物ですので、彼の存在もよく覚えておきましょう。

さて、話は戻りますが、こうして自分でもばつの悪さを感じたミウーソフはゾシマ長老に「どうかこの人と同じだとは思わないでください」と謝罪し、部屋を出ていこうとまでしてしまうのですが、ゾシマに引き留められます。第一ラウンドはフョードルの圧勝です。

そしてゾシマに話を促されて調子に乗ったフョードルがしゃべるしゃべる!まさにロシア的雄弁!しかもその中にまたしてもこちらをドキッとさせるような言葉を吐くのです。

わたしはいつも、人さまの前に出るたびに、俺は誰よりも下劣なんだ、みんなが俺を道化と思いこんでるんだ、という気がするもんですからそこでつい『それならいっそ、本当に道化を演じてやれ、お前らの意見など屁でもねえや、お前らなんぞ一人残らず俺より下劣なんだからな!』と思ってしまうんです。

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P101

かりにわたしが入っていっても、みんながすぐにわたしを感じのよい聡明な人間と見なしてくれると確信さえしていたら、わたしだってそのときはさぞ善良な人間になることでしょうからね!わが尊師!

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P101

これらの言葉は単なる道化のおちゃらけと甘く見ることはできません。シェイクスピアの『リア王』にも偉大なる道化が出てきますが、このフョードルもまさにその域に達しているのではないかと私は思うのです。

そしてそれに対するゾシマの対応もさすがの一言です。ぜひ皆さんもじっくり味わって頂きたいです。ミウーソフとは役者が違います。

フョードルの道化的なおちゃらけに付き合いつつもズバリ核心を言い当てるゾシマ。

普通ならズバリやられたらもうおちゃらけなんてできないものですが、こちらも怪物フョードル。負けてません。さらにおちゃらけを重ねながらまたしても偉大なる愚者ぶりを発揮していきます。この二人のやりとりは玄人好みの舌戦と言えるでしょう。

そしてこの章のラストがもう最高です。二人の極上の舌戦の締めくくりはやはりミウーソフへの一撃でした。

さて、それじゃ、これで黙ります、今後ずっと口をつぐみますよ。椅子に座って、沈黙しますから。さ、ミウーソフさん、今度はあんたのしゃべる番、今度はあんたが主役ですよ……十分間だけね

新潮社、原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』P107

「今度はあんたが主役ですよ……十分間だけね」の破壊力たるや!ニヤッとせずにはいれません。

ミウーソフが自分の知識をひけらかしたい欲があるのをフョードルはちゃんと知っています。見栄っ張りなところもちゃんと知っています。その上でこんな皮肉をぶつけるんですからやはりフョードルは恐ろしい。しかも「……十分間だけね」がまた絶妙な味を出しています。

前回の記事でもお話ししましたが、こうしたフョードルの道化ぶりに笑えるようになったのは私が年をとったからなのでしょうか。それにしてもこの章のフョードルは見事でした。フョードルVSミウーソフの戦いはフョードルの圧勝です。そして同時にゾシマの有能さも垣間見れた章となりました。

続く

前の記事はこちら

あわせて読みたい
(8)繊細な心理バトルがさりげなく仕込まれている『カラマーゾフ』 フョードルとミウーソフはまさに俗なる領域をいかんなく発揮しています。そしてこれが後に現れる聖なる領域への原動力になっていきます。 この絶妙な往復作用が、私が思う『カラマーゾフ』の魅力のひとつです。

ドストエフスキーのおすすめ書籍一覧はこちら


「ドストエフスキーのすごさはどこにある?その魅力を味わうためのおすすめ解説書15冊を厳選してご紹介!」
「おすすめドストエフスキー伝記一覧」
「おすすめドストエフスキー解説書一覧」
「ドストエフスキーとキリスト教のおすすめ解説書一覧」

ドストエフスキー年表はこちら

あわせて読みたい
ドストエフスキー年表と作品一覧~ドストエフスキーの生涯をざっくりと この記事ではドストエフスキー作品一覧と彼の生涯を簡潔にまとめた年表を掲載します。 ドストエフスキーの生涯は簡易的な年表では言い尽くせない波乱万丈なものです。特にアンナ夫人とのヨーロッパ外遊の頃は賭博に狂った壮絶な日々を送っています。 ドストエフスキー作品は彼の生涯とも密接な関係を持っています。彼の生涯を知ることは作品を知る上でも非常に大きな助けとなるのではないでしょうか。

「ドストエフスキーの旅」はこちら

あわせて読みたい
上田隆弘『秋に記す夏の印象 パリ・ジョージアの旅』~ドストエフスキーとトルストイを学ぶ旅 2022年8月中旬から九月の中旬までおよそ1か月、私はジョージアを中心にヨーロッパを旅してきました。 フランス、ベルギー、オランダ、ジョージア・アルメニアを訪れた今回の旅。 その最大の目的はジョージア北部のコーカサス山脈を見に行くことでした。 私は「親鸞とドストエフスキー」をテーマにここ三年間研究を続けてきました。そして今年に入ってドストエフスキーをもっと知るために正反対の存在と言われるトルストイのことも学ぶことになりました。 そしてその過程で知ったのがこのコーカサスの山々だったのです。
あわせて読みたい
『ドストエフスキー、妻と歩んだ運命の旅~狂気と愛の西欧旅行』~文豪の運命を変えた妻との一世一代の... この旅行記は2022年に私が「親鸞とドストエフスキー」をテーマにヨーロッパを旅した際の記録になります。 ドイツ、スイス、イタリア、チェコとドストエフスキー夫妻は旅をしました。その旅路を私も追体験し、彼の人生を変えることになった運命の旅に思いを馳せることになりました。私の渾身の旅行記です。ぜひご一読ください。
あわせて読みたい
【ローマ旅行記】『劇場都市ローマの美~ドストエフスキーとベルニーニ巡礼』~古代ローマと美の殿堂ロ... 私もローマの魅力にすっかりとりつかれた一人です。この旅行記ではローマの素晴らしき芸術たちの魅力を余すことなくご紹介していきます。 「ドストエフスキーとローマ」と言うと固く感じられるかもしれませんが全くそんなことはないのでご安心ください。これはローマの美しさに惚れ込んでしまった私のローマへの愛を込めた旅行記です。気軽に読んで頂ければ幸いです。

関連記事

あわせて読みたい
連載記事「カラマーゾフを読む」~ドストエフスキーの最高傑作を味わい尽くす! 私の人生に最も大きな影響を与えた小説は間違いなくこの『カラマーゾフの兄弟』です。 その『カラマーゾフ』に全身全霊で体当たりしようというのがこの連載です。ぜひその熱気を皆さんにも体感して頂けましたら幸いでございます。
あわせて読みたい
ドストエフスキーおすすめ作品7選!ロシア文学の面白さが詰まった珠玉の名作をご紹介! ドストエフスキーといえば『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』など文学界では知らぬ者のない名作を残した圧倒的巨人です。彼は人間心理の深層をえぐり出し、重厚で混沌とした世界を私達の前に開いてみせます。そして彼の独特な語り口とあくの強い個性的な人物達が織りなす物語には何とも言えない黒魔術的な魅力があります。私もその黒魔術に魅せられた一人です。 この記事ではそんなドストエフスキーのおすすめ作品や参考書を紹介していきます。またどの翻訳がおすすめか、何から読み始めるべきかなどのお役立ち情報もお話ししていきます。
あわせて読みたい
(12)バーデン・バーデンでの賭博者ドストエフスキーの狂気~ドストエフスキー夫妻の地獄の5週間 ドイツ西部の有名保養地バーデン・バーデンへと移った二人。ドストエフスキーはここのカジノで狂ったようにルーレットにのめり込みます。 今回の記事ではそんなドストエフスキーの狂気とアンナ夫人の絶望の日々を見ていきます。
カラマーゾフの兄弟を読む

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

目次