(6)祈れば祈るほどありがたい!日本的信仰とも共通点?

『シン日本仏教史』(6)祈れば祈るほどありがたい!日本的信仰とも共通点?
午前11時頃、宿を出発。本日の目的地は街のすぐそばにある山の頂上にあるマンサ・デーヴィー寺院というヒンドゥー教のお寺です。
この寺院に行くには山の麓から出ているロープウェイが最も便利だということで、私もその乗り場目指してハリドワール市街を歩き始めました。

早朝から降り続いている雨も未だ止まず。口に出すのも億劫ですが色々なものが混ざり合ったぐちゃぐちゃな道を歩いていきます。靴もすでに汚れて白っぽい染みでいっぱいです。
2023年8月下旬 雨季のインド
— 上田隆弘@函館錦識寺 (@kinsyokuzi) April 12, 2024
ガンジス川上流のヒンドゥー教の聖地ハリドワール20 pic.twitter.com/AxuOvNE28S
バーザールということで、道の両脇に商店がずらりと並んでいますがそれに気を取られている場合ではありません。油断しているとリキシャーやらバイクやらが突っ込んできます。ここはまだ道が広いからよいです。ですが、もっと狭くて人が密集しているところでも構わずバイクは突っ込んでくるのです。前から後ろからけたたましいクラクションがひっきりなしに鳴り響きます。慣れない内はこれがきつかった・・・サバンナの草食動物の気分です。いつインドに食われてもおかしくない。これもじわりじわりと私の体力をすり減らしていきました。

それにしても汚い。どこを見てもゴミがあります。一応こうしてまとめられてはいますが、雨のぬかるみと混じりもはや何とも言えません。そして常にではないのですが、時折風に乗って生臭い腐臭のようなものも漂ってきます。これには参りました。雨季は汚さに生々しさを与えるのではないか。これは厳しい。インド初心者の私が入門に訪れるにはここはスパルタすぎるのではないかと思い始めてきました。

そしてロープウェイで山を上り通路を進むとマンサ・デーヴィー寺院へと到着です。
寺院内に入った瞬間、ムワっとした熱気を感じました。換気が弱いのか人の熱気がこもっているのか、とにかく明らかに空気が変わりました。そして雨漏りがひどい。ぽたぽた落ちるというレベルを超えた水の落ち方をしています。もはやここを屋内だと思わない方がよいでしょう。寺院内のコンクリートの床はほとんどびちゃびちゃ。至る所に水たまりができています。しかもここからは土足厳禁。裸足で歩かねばなりません。

寺院本殿の入り口前には供物をそろえた売店がありました。ここで皆供物や花を購入し寺院内へと入っていきます。靴を預かってもらうのもここです。もちろん有料です。
私もここで恐る恐る裸足になりました。あぁ・・・床が濡れている・・・。この水もどんな水かなんてわからない。絶対に触りたくない。ヴァーラーナシーでは指先にガンジスの水を浸けただけで体調不良になったと言うではないか。それを私は素足で今触ってしまっている・・・。
そろりそろりと進んでいきます。冷たい水や細かな砂利、ごみの感覚を足裏に感じました。たまらないのは床に落ちた花のぬちゃっとした感触です。床に落ちた花に雨水が浸み込んで半液状化しているのです。これは今思い返してもぞっとします。
ただ同時にふと思ったこともありました。こうして靴を脱いで裸足になることで、足裏の感覚が鋭くなるのです。しかもそれだけではありません。漠然としか意識していなかった五感そのものまで敏感になるような気がしたのです。だからこそ、あのぬちゃっとした足裏の感覚がここまで記憶に残ったのでしょう。靴のままだったらそうもいかなかったかもしれません。
インドやスリランカでは神聖な場所はたいてい屋内であろうと屋外であろうと裸足になることを要求されます。それは単に礼儀上の問題だけでなくこうして五感そのものを活性化させるという理由もあったのではないでしょうか。
ふむふむ、これは興味深い。五感が活性化するならそれは魅力的です。ならば日本も同じように裸足になればいいのでは?
あ、やっていた。そういえば日本人はいつだって靴を脱ぎます。でも裸足ではない。いや、裸足だと木造建築や畳によくないのかもしれません。正確なことはわかりませんが、石の文化と木の文化の違いもこうした所に現れるのではないかと興味深く思われました。

さあここからが大変です。列に並び少しずつ奥へ奥へと進んでいきます。
ここも油断なりません。ちょっとでも前の人と間隔を開けようものならすぐに横入りされます。なので前の人と常にくっつくほどの距離にいなければなりません。人と人との距離感がある程度欲しい我々日本人にとってこのゼロ距離での待機はなかなかに精神的負担となります。人間の熱気もにおいもすぐに伝わってきます。インドの生々しさはこういうところでも感じられるように思います。

いよいよ寺院中心部までやって来ました。順路はすべて一方通行。この順路に沿って神々の祭壇が組まれています。そしてそのひとつひとつにバラモン(宗教者)がいてお供物やお布施を受け取り、その代わりに我々は額に印を付けてもらったり、祈ってもらえるという仕組みになっています。
日本のお寺のように広い本堂があってその奥にご本尊がいるという構造ではありません。まさに順路を歩きながら次から次に神様の祭壇を練り歩き、その度に神様にお願いをしていくというスタイルです。
日本でも知られるように、インドは多神教世界です。それこそ無数に神様がいます。そしてそれぞれの神様には金運、商売、学問、病気快癒、安産、恋愛などなど様々な得意分野があります。
そんな多種多様な得意分野を持った神様がこのマンサ・デーヴィー寺院で祀られていて、順路に沿って歩けばそれこそあらゆるジャンルの願い事をお祈りすることができるのです。歩きながら、「なるほど、これはうまくできた仕組みだ」と感心してしまいました。
もちろん、この寺院はマンサ・デーヴィー寺院という名前の通り、「マンサ・デーヴィー」という何でも願いを叶えてくれる女神様が主神です。巡礼者の多くがその女神様目当てでやって来るのはもちろんのことです。
ですが、それに付随して様々な神様の祭壇が道に沿って順繰り祀られているというのも大きな魅力のひとつなのでしょう。なぜなら、祈る対象や祈る回数が多ければ多いほど何か願いが叶いそうな気がしてありがたい気持ちになるというのは、古今東西問わず人間の本性だからです。こればっかりは理屈ではありません。これは日本にいる私達にとっても頷ける感覚ではないかと思います。
こうして拝観ルートに沿って祭壇を巡り、その度にお供物とお布施を渡し、バラモンから印と祈りを受け取ります。そして順路に沿ってそれを何度も繰り返していくのです。寺院という閉鎖空間の中で煙と熱気でむんむんの中を、これまた熱気溢れる巡礼者が押し合いへし合いで我先にとバラモンからの祝福を受けようとするその光景はまさに異空間。日常を離れた聖なる空間であることをまざまざと感じさせます。ここは特別なのだ。そう感じさせるに余りある空間でした。
しかし同時に私は思いました。ここはまさに「神々のテーマパーク」のようだとも。
つまり、ここはヒンドゥー教というひとつのテーマの下、様々な神々が一堂に会し、それぞれの祭式に沿った祭壇が組まれるヒンドゥー教空間なのです。そしてその特殊世界の中で巡礼者が定式化されたお祈りを捧げていくのです。まさにヒンドゥー教の世界観に没入するという体験をこの寺院は提供しているのです。
外界の日常世界から遮断された空間、長い待機列、順路沿いの祭壇をひとつひとつ巡っていくシステム、これは私達が行くテーマパークとも共通するものがあるでしょう。また、バラモンからの印や呪文はまさに体験型のアトラクションとも言えるかもしれません。
信仰の聖地を「テーマパーク」、「アトラクション」という言葉で例えていくのは不適切と思われるかもしれません。しかし、宗教は宗教だけにあらず。堅苦しく禁欲的なものだけが宗教なのではないのです。多くの人を惹きつける様々な要素があってこその宗教なのです。どんな宗教にもこうしたエンタメ的な側面が必ず存在します。それは昨晩見たプージャでもまさにそうでありました。プージャの記事でもお話ししましたが、エンタメはエンタメ業界の専売特許ではないのです。むしろその起源は宗教にあると言っても過言ではありません。
そして現にそうしたものが存在する以上、それを無視することはできません。こうした側面が宗教にもあることを知ることは私達にとっても有益なことだと私は思います。科学的合理的思考を重んじる現代ならばなおさらです。何事も分析せずにはいられない現代人にとって、宗教が人々にとってどんな役割を果たしているかを知ることは決して無駄にはならないはずです。単なる迷信とか昔ながらの古臭いものという観点から宗教を切って捨てるのは人間の歴史や文化そのものを見捨てることに他ならないと私は思うのです。
現にここを訪れているインド人は皆楽しそうなのです。ここが彼らにとって非常に魅力的な場所であるのは明らかです。こうした彼らのあっけらかんとした楽しそうな顔がとても印象に残っています。
※追記
宗教とエンタメについては同じインドのマドゥライでも感じることがありました。その時の体験は以下の「南インドのマドゥライ、ミナクシ寺院でディズニーの宗教性を確信した日」の記事でもお話ししていますのでぜひご参照ください。

続く
主要参考文献一覧
〇インドの歴史・宗教・文化について知るのにおすすめの参考書一覧
〇インド仏教をもっと知りたい方へのおすすめ本一覧
〇仏教国スリランカを知るためのおすすめ本一覧
〇中国仏教・中国思想のおすすめ解説本一覧
〇親鸞聖人や日本仏教を学ぶためのおすすめ参考書一覧
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