MENU

山下博司『古代インドの思想―自然・文明・宗教』あらすじと感想~インドの気候・風土からその思想や文化の成り立ちを知れるおすすめ参考書

古代インドの思想
目次

山下博司『古代インドの思想―自然・文明・宗教』概要と感想~インドの気候・風土からその思想や文化の成り立ちを知れるおすすめ参考書

今回ご紹介するのは2014年に筑摩書房より発行された山下博司著『古代インドの思想―自然・文明・宗教』です。

早速この本について見ていきましょう。

最大の民主主義国家であり、多様な民族・言語・宗教の坩堝であるインドをまとめる価値観とは何か。緻密な哲学思想や洗練された文学理論など、高度に発達した「知の体系」は、いかに生まれたか。厳しくも豊かな自然環境がインド人に与えた影響とは。外の世界から多くを受け入れながら矛盾なく深化・発展させることで、独自の文化や思想を生み出し、世界中に波及させてきた。ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教…。すべてを包み込むモザイク国家「インド」の源流を古代世界に探る。

Amazon商品紹介ページより

この本ではインドの思想がその独特な気候や風土から大きな影響を受けていることを知ることができます。インドではなぜ無限の宇宙的な哲学が生まれたのか、なぜインド人は多神教的な宗教を信仰するのか、そうしたことを自然や風土という切り口から見ていけるこの作品は非常に刺激的です。

その中でもこの本の第一章に出てくる次の箇所はとても印象的でした。

「悠久」への思いを育む風土

インドを訪れて、空がとても大きく、また星のまたたきをことのほか美しく感じた人も多いであろう。また小高い丘や建物の上から開ける視界の広さと視野の奥行きに驚きをおぼえた人もいるに違いない(ただし、最近ではインドの都会も排気ガスに覆われ、ビルの林立もあって、広角の眺望も澄んだ星空も望むべくもないが……)。

はるか遠くの場所まで、一望のもとに見わたせるのには理由がある。第一インドでは高層ビルや地形の高低差など、視野をさえぎるものが少ない。それに加え、多くの場所では、ほぼ一年中気温が高いため空気の飽和点も上がり、大気が乾燥してかすみもやができにくい。低緯度だから陽射しも強く、光の量も多い。だから、湿気の多い雨季の一時期を除けば、肉眼でも驚くほど遠方まで、しかも鮮明に見晴らせるのである。

このようにインドでは、一個人の視界のなかに、日常生活の範囲を超えた領域まで手にとるように一望される。土地に起伏が目立ち、霧、霞、靄などにも阻まれて、遠くまで見通せないことも多い日本や西ヨーロッパの場合ときわめて対照的である。ヨーロッパは偏西風帯にあり、西に大洋を控えているため、大気が湿りがちで、地上まで届くような層雲に閉ざされることも少なくない。日本も、ケッペンの気候区分でいう温暖湿潤気候で、夏季を中心に低緯度の海洋からの湿潤な気団の影響をうけ、一年を通じ快晴の日は限られる。眼前に展開する世界の拡がりや奥行きが、インドの場合とまるで異なるのである。

こうして見ると、インドの大地には、個々の人間が「無限」や「永遠」と一対一で向き合うような風土的条件が自ずと用意されているということもできる。そこでは、人間の偉大さよりも卑小さを実感させ、「個」を超えた「全体」に対する意識が芽生え、超越的なものへの視野が開かれるのである。インドで、きわめて深遠な哲学的思索が花開き、日常の経験や認識を超えた絶対的存在をめぐる形而上学的営みが今日まで連綿と続いてきたのも、こうした地勢や景観と無縁ではない。

インド人による「ゼロの発見」(数としてのゼロの概念の確立)はつとに有名だが、科学における無限(∞)の概念も、由来をインドの数学、とくにジャイナ教のそれに負うところが大きい。「阿僧祗あそうぎ」や「無量大数むりょうたいすう」など気の遠くなるような巨大な単位や、原子にも相当する「極微ごくみ」など、存在物の最小単位も古代インド人が考えだしたものである。

筑摩書房、山下博司『古代インドの思想―自然・文明・宗教』P26-28

「こうして見ると、インドの大地には、個々の人間が「無限」や「永遠」と一対一で向き合うような風土的条件が自ずと用意されているということもできる。そこでは、人間の偉大さよりも卑小さを実感させ、「個」を超えた「全体」に対する意識が芽生え、超越的なものへの視野が開かれるのである。インドで、きわめて深遠な哲学的思索が花開き、日常の経験や認識を超えた絶対的存在をめぐる形而上学的営みが今日まで連綿と続いてきたのも、こうした地勢や景観と無縁ではない。」

文化や思想、宗教は自然環境と無縁ではいられない。この解説には思わず「なるほど!」と膝を打ってしまいました。

この本では他にもモンスーン気候や乾季、雨季、森などインド思想を考える上で非常に興味深いことが語られます。

これは面白いです。インドだけでなく、あらゆる宗教、思想、文化を考える上でもとても重要な示唆を与えてくれる一冊です。ぜひおすすめしたい作品です。

以上、「山下博司『古代インドの思想―自然・文明・宗教』~インドの気候・風土からその思想や文化の成り立ちを知れるおすすめ参考書」でした。

Amazon商品ページはこちら↓

古代インドの思想 ――自然・文明・宗教 (ちくま新書)

古代インドの思想 ――自然・文明・宗教 (ちくま新書)

次の記事はこちら

あわせて読みたい
宮本久義『ヒンドゥー聖地 思索の旅』あらすじと感想~巡礼者が訪れるインドの秘境やガンジスの聖地を知... この本では私達日本人にとってあまり馴染みのない聖地も出てきます。 特に5000メートルを超える山々にある聖地はそこに行くだけでも非常に過酷です。 時には命がけの巡礼にもなるこうした聖地をインドの人々はどんな思いで歩いているのか。 体の弱い私には不可能であろうインドのあまりにディープな世界をこの本では知ることができます。

前の記事はこちら

あわせて読みたい
辛島昇『インド文化入門』あらすじと感想~謎の国インドを映画、食、物語、言語など様々な切り口で見て... この本はインド初学者でも楽しく読み進めることができるとても面白い作品です。語られる内容も多岐にわたっていますので、きっと読者ひとりひとりにぐっと来る章が必ずあると思います。

関連記事

あわせて読みたい
【現地写真から見るブッダ(お釈迦様)の生涯】⑴ネパール、ルンビニーでの王子様シッダールタの誕生! 今回の記事から全25回の連載を通してゴータマ・ブッダ(お釈迦様)の生涯を現地写真と共にざっくりとお話ししていきます。 私は2024年2月から3月にかけてインドの仏跡を旅してきました。 この連載では現地ならではの体験を織り交ぜながらブッダの生涯を時代背景と共に解説していきます。
あわせて読みたい
奈良康明『〈文化〉としてのインド仏教史』概要と感想~葬式仏教批判に悩む僧侶にぜひおすすめしたい名著! 文献に書かれた教義だけが仏教なのではなく、そこに生きる人々と共に歩んできたのが仏教なのだというのがよくわかります。私自身、この本にたくさんの勇気をもらいました。仏教は現代においても必ずや生きる力に繋がるのだということを私は感じています。
あわせて読みたい
中村元『中村元の仏教入門』あらすじと感想~仏教の基本を学べるおすすめ入門書!初学者にもうってつけ... 中村元先生の教えは仏教を思想だけでなく、時代背景や実際にインドを訪れた体験を通して語るところにその特徴があります。初学者でもわかりやすい言葉で興味深い内容をたくさん語ってくれる中村元先生です。仏教の入門書としてまず間違いないでしょう。
あわせて読みたい
M・J・ドハティ『インド神話物語百科』あらすじと感想~ヒンドゥー教の大枠や時代背景を知れるおすすめ... 仏教から遡りインドの歴史や文化を知ることで見えてくるものがある。それを確信した読書になりました。これは面白いです。仏教に対する新たな視点をくれる素晴らしい作品だと思います。
あわせて読みたい
森本達雄『ヒンドゥー教―インドの聖と俗』あらすじと感想~インド入門におすすめ!宗教とは何かを考えさ... 謎の国インド。同じアジアでありながら異世界のようにすら思えてしまうインドについてこの本では楽しく学ぶことができます。 著者の語りもとてもわかりやすく、複雑怪奇なインド世界の面白さを発見できます。「なぜインドはこんなにも独特なのか」ということを時代背景と共に知ることができますのでこれは興味深いです。
あわせて読みたい
川村悠人『ことばと呪力 ヴェーダ神話を解く』あらすじと感想~意外と身近な「ことば」の力とは?私達の... ことばというものを改めて考えてみるきっかけとしてこの本は非常に素晴らしいものがあると思います。そして普段接することのない古代インドの歴史や文化も楽しく学べるありがたい作品です。
あわせて読みたい
山崎元一『古代インドの文明と社会〈世界の歴史3〉』あらすじと感想~インドの思想・宗教が生まれてくる... この本は古代インドの歴史や文化を詳しく知ることができるおすすめの解説書です。 「詳しく知ることできる」というと、難しくて読みにくい本というイメージが湧いてくるかもしれませんがこの本は全く違います。ものすごく読みやすく、わかりやすいです。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

目次