(30)救われたのはジャン・ヴァルジャンの方だった?コゼットの存在が彼に与えた大きな影響とは

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(30)救われたのはジャン・ヴァルジャンの方だった?コゼットの存在が彼に与えた大きな影響とは
『レ・ミゼラブル』 第二部 コゼット第四章 ゴルボー屋敷 ⑴
テナルディエの居酒屋からコゼットを救出することに成功したジャン・ヴァルジャン。
そんな彼が向かったのはフランスの首都パリです。
実はトゥーロンの徒刑場から脱出したジャン・ヴァルジャンはコゼット救出前にすでにパリに潜入し、潜伏先を整えていたのでありました。フランス文学者の鹿島茂氏が『「レ・ミゼラブル」百六景』で指摘していますように、当時のパリは脱獄囚の格好の隠れ家でもあったのです。人口も多く、上層から下層まであらゆる人間が住む大都会パリ。そんなパリには身分証明書を求めない安宿も存在し、そのような場所に身元を隠したい人間達が集まっていたのでありました。
ただ、ジャン・ヴァルジャン自身はといいますとそうした安宿街を避け、別の地区のさびれた家を選んでいます。それが章題にもありますゴルボー屋敷でありました。ここにジャン・ヴァルジャンは「スペインの公債で失敗した年金生活者」として入居します。幸い、住民は他に誰もいなく、借家人兼門番の老婆がいるのみでありました。この老婆が後に彼を密告するのでありますがそれはもう少し先のお話です。まずは身元がばれずに過ごすことができる家を確保できたのは彼にとって大きな収穫でありました。
というわけで、ジャン・ヴァルジャンはコゼットを連れてこの家へ帰って来ます。そして2人の新しい生活が始まるのでありました。
ちなみにですがここもミュージカル映画と大きく異なる点です。ミュージカル映画ではパリの入り口で検問が行われていて、そこから逃走劇が始まります。しかもテナルディエの居酒屋でジャン・ヴァルジャンの影を嗅ぎつけたジャヴェールがすぐそこまで迫っていました。このギリギリの逃走劇は原作ではもう少し後の話です。まずは彼ら2人は静かな生活を送ることができたのでありました。
そしてここでの生活は2人にとって実に幸福なものとなります。まずはジャン・ヴァルジャンからその様子を見ていきましょう。
あくる日の夜明けに、ジャン・ヴァルジャンはまたコゼットのべッドのそばにいた。彼は、そこで、じっとして待っていた。そして、彼はコゼットが目をさますのを見守っていた。
何か新しいものが彼の心の中に入って来た。(中略)
コゼットに会って、彼女を引取り、連れ去り、救い出したとき、胸の中が動くのを感じた。内部にあった情熱と愛情のすべてが、目ざめ、この子の方に駆け寄っていった。彼は彼女の眠っているべッドのそばに行って、そこで喜びにふるえていた。母親のように、何かしめつけられるような激しいものを感じた。それがなんだかわからなかった。愛しはじめた人の、偉大な、不思議な感動こそは、実にとらえにくい、実に快いものだからである。年老いながらも、ういういしい、哀れな心よ!(中略)
それは、彼がめぐり会った第二の白光だった。司教は彼の地平線に、徳の曙をもたらし、コゼットは愛の曙をもたらした。最初の何日かが、うっとりとすぎた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P251-252
ジャン・ヴァルジャンがいかに幸福であったかが実にはっきりと見えてきますよね。
そしてそれに対してコゼットはどうだったかと言いますと次のようになります。
一方コゼットもやはり、自分の知らないうちに別人となった。哀れな小娘よ!彼女も母親と別れたときはあまり小さかったので、母親を覚えていなかった。どんな子供でも、何にでもからみつこうとする、葡萄の若芽のようなものだが、コゼットもやはり愛そうとしたことがあった。彼女はそれに成功しなかった。みんなが彼女をはねつけた、テナルディエ夫婦も、その娘たちも、ほかの子供たちも。彼女は犬を愛したが、その犬も死んでしまった。それからは、何ものも、誰も彼女を好きになってくれなかった。口にするのもいたましいが、前にのべたように、八つの年で彼女の心は冷たくなった。それは、彼女の罪ではなかった。彼女に欠けていたのは、愛する能力ではなかった。悲しいことに、それは、その機会だった。だから、初めての日から、彼女の心の中のすべての感覚と考えは、この老人を愛しはじめたのである。彼女は、これまで一度も感じなかった気持を感じ、花がひらくような感覚を持ったのである。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P252
「彼女に欠けていたのは、愛する能力ではなかった。悲しいことに、それは、その機会だった」
このユゴーらしい詩的な言葉がとても印象に残っています。そして「彼女は、これまで一度も感じなかった気持を感じ、花がひらくような感覚を持ったのである」とつなげていくユゴー。お見事すぎます。
また、この直後に今度は2人の関係についてユゴーは語るのですがこれも実に良いのです!
自然が、五十年のひらきで、ジャン・ヴァルジャンとコゼットの間に深いへだたりをつくっていた。そのへだたりを、運命が埋めた。運命は、年齢では異なっているが、悲惨な境遇では似ている、この二人の、身寄りのない生涯をいきなり結びつけ、有無を言わさぬ強い力でつなぎ合せた。実際は、二人は互いに補い合っていた。ジャン・ヴァルジャンの本能が子を求めたように、コゼットの本能は父を求めた。互いにめぐり会うこと、それは互いに見いだし合うことだった。二人の手が触れ合った不思議な瞬間に、その手はとけ合わさった。二人の魂が、互いの存在を知ったとき、互いに必要なものとみとめて、かたく抱き合ったのである。(中略)
事実シェルの森の奥で、ジャン・ヴァルジャンの手が暗闇の中でコゼットの手を取ったとき、コゼットの受けた神秘な印象は幻ではなく、現実だった。この子の運命にこの男が入ったことは、神の到来であった。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P253-254
「互いにめぐり会うこと、それは互いに見いだし合うことだった。二人の手が触れ合った不思議な瞬間に、その手はとけ合わさった」
なんという表現でしょう!私はユゴーにひれ伏すしかありません!
しかもこれは「(28)コゼットとジャン・ヴァルジャンのドラマチックすぎる出会い~作中屈指の名場面!」の記事でお話ししましたあの文学史に輝く伝説的なシーンを念頭に語られています。ジャン・ヴァルジャンがあの桶を持った瞬間、全ては始まっていたのです。過去の名シーンを効果的に蘇らすユゴーの計算し尽くされたストーリーテリングには脱帽するしかありません。
そして話はジャン・ヴァルジャンに戻り、次のような微笑ましいエピソードが語られます。
ジャン・ヴァルジャンは、彼女に読み方を教えはじめた。ときどき、小娘に綴りを言わせながら、自分が獄中で字を習ったのは、悪事を働く目算からだったと思い出した。そんな目算は、すっかり変って、子供に読み方を教えるようになった。そこで、老囚は、天使のような物思いに沈みながら、ほほえみを浮べるのだった。
彼はそこに天の配剤を、人間以上の何かの意志を感じ、そして夢想にわれを忘れるのだった。よい考えも、悪い考えと同じように、深淵を持っている。
コゼットに読み方を教え、また遊ばせることが、ジャン・ヴァルジャンのほとんど全生活となった。それから、彼女の母親の話をしてやって、お祈りをさせた。
彼女は、彼を「お父さん」と呼んでいた。それ以外の名は知らなかったのである。
彼は、彼女が人形に服を着せたり、脱がせたりするのを見たり、おしゃべりするのを聞いたりして、何時間もすごした。このときから、人生は興味にみちたものとなり、人間も善良で正しいものに見えるようになった。彼は心の中で、誰のこともとがめなくなった。この子に愛されている今、あまり年を取るまで生きなくてもよいという理由は何もなくなってしまった。未来全体が、美しい光に照らされているように、コゼットに照らし出されるのを見た。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P256
「自分が獄中で字を習ったのは、悪事を働く目算からだったと思い出した。そんな目算は、すっかり変って、子供に読み方を教えるようになった」
さりげなく語られたこの記憶ですが、やはり人生とは不思議なものです。ミリエル司教との出会いから人生が動き始め、今や彼にとって子供に字を教えることが幸福そのものとなったのです。
この箇所全体を通してユゴーは「人は変われること」を私達に示そうとしたのではないでしょうか。
ミュージカルでもジャン・ヴァルジャンのコゼットへの愛はもちろん表現されていますが、こうして文字でじっくりと読むからこそその愛の深さや彼の幸福な驚きがより伝わってくるように私は思います。これも原作ならではの楽しみでありましょう。
そして最後になりますが、この直後ユゴーはジャン・ヴァルジャンに関する意外な事実を暴露します。なんと、ジャン・ヴァルジャンは私たちが想像するよりもはるかにぐらついていたのです。
これは私見にすぎないが、私の考えをすっかり言ってしまえば、ジャン・ヴァルジャンがコゼットを愛しはじめたとき、あのときの彼の状態からすれば、正しい道を守るのに、こうした支えを必要としなかったとは、言いきれないのである。
彼は、人間の邪悪と、社会の悲惨とを、新しい面から見るようになっていた。それは不完全な見方で、当然、真実の一面しかとらえないにしても、ファンチーヌにあらわされた女の運命と、ジャヴェールという人間にあらわされた国家権力を見たのである。
彼は徒刑場に戻ったが、今度は良いことをしたためだった。新しい苦しみが彼をひたし、嫌悪と倦怠の虜となった。おそらく司教の思い出さえも、ときどきは、かげったであろう。それでも、あとでまた姿をあらわし、勝ち誇って、輝きはしたが。しかし、あの神聖な記憶も薄れかけていたのである。
ジャン・ヴァルジャンが、勇気がくじけて、また堕落する瀬戸ぎわにいなかったと誰が言えよう?
彼は愛し、再び強くなった。ああ!彼も、コゼットに劣らずぐらついていたのである。彼は、彼女を守り、彼女は、彼を強くした。彼のおかげで、彼女は人生を歩むことができた。彼女のおかげで、彼は徳の道をつづけることができた。彼はこの小娘の支えであったし、この小娘が、彼の拠りどころとなった。おお、運命の均衡の神々しい、測りがたい神秘よ!
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P257
※スマホ等でも読みやすいように一部改行しました
「ジャン・ヴァルジャンが、勇気がくじけて、また堕落する瀬戸ぎわにいなかったと誰が言えよう?」
そうなのです!この偉大なる英雄はまたも葛藤していたのです!そしてそれを救ったのが何を隠そう、コゼットなのでありました。
これも原作でこそ知れるジャン・ヴァルジャンの葛藤です。彼は単なるお人よしもなければ聖人君子ではありません。彼は悲惨な最期を遂げたファンチーヌや法の執行にこだわるジャヴェールを見て、この世の残酷な摂理に思いを馳せずにはいられませんでした。また、徒刑場での地獄のような生活は彼を疲弊させ、人間への不信を強めさせていたことでしょう。
何せあのミリエル司教の思い出すら陰ってしまうほどなのです。彼にとってその生活はよほど苦しいものがあったに違いありません。
ですが、逆に言えばその苦悩があったからこそコゼットとの出会いがより幸福なものとなったのも事実でありましょう。苦悩を知っているからこそ、喜びはより深いものになるのです。
「彼は愛し、再び強くなった」
こうしてジャン・ヴァルジャンは幸せを噛みしめながら、ゴルボー屋敷での日々を過ごすことになります。
とはいえ、この束の間の幸せも長くは続きません。
またも彼は人生の荒波にもまれることになります。そうです、ついにあのジャヴェールが彼の存在を嗅ぎつけたのでありました。
続く
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