ディズニー映画『ノートルダムの鐘』の原作 ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』

ドストエフスキーとフランス

ディズニー映画『ノートルダムの鐘』と劇団四季のミュージカルの原作 ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』

この作品はディズニー映画やミュージカルで知っている方も多いかと思います。

ディズニー映画の『ノートルダムの鐘』はユゴーのこの作品を原作として制作され、劇中の歌は『アラジン』や『美女と野獣』の音楽を手掛けたアラン・メンケンの作曲ということでものすごくいい歌揃いの映画となっています。

私もこの原作を読んでからアニメ映画を観ましたが、歌のシーンは本当に素晴らしかったです。

また劇団四季でもミュージカル上演がされていて、こちらはディズニー映画の『ノートルダムの鐘』をベースに作られています。

劇団四季の『ノートルダムの鐘』のページはこちら

あらすじやミュージカルの概要を知る上では最高ですのでぜひそちらもご覧ください。

『ノートル=ダム・ド・パリ』の概要、あらすじ

『ノートル=ダム・ド・パリ』は1831年に出版されたユゴー最初の傑作小説と言われる作品です。

私が読んだのは岩波書店出版、辻とおる、松下和則訳の『ノートル=ダム・ド・パリ』です。

早速表紙のあらすじを見ていきましょう。

フランス・ロマン主義を代表する作家ユゴー(1802-1885)が、1482年のパリを舞台に中世の社会と民衆の風俗を生き生きと描く。醜い鐘番のカジモド、美しい踊り子エスメラルダ、陰鬱な司教補佐クロード・フロロ。〈宿命〉によって翻弄される登場人物たちが、愛や情熱や嫉妬といった感情のドラマを繰りひろげる。(全2冊)

無実の罪で死刑を宣告されたエスメラルダ。カジモドはノートル=ダム大聖堂に彼女をかくまい、おずおずとした愛情で優しく見守る。一方、エスメラルダへの狂おしい想いに取りつかれたクロード・フロロは、苦悩に満ちた愛の告白をする。エスメラルダは実の母親と劇的な出会いを果たし……。物語は佳境を迎える。(全2冊)

岩波書店出版、辻とおる、松下和則訳『ノートル=ダム・ド・パリ』

ディズニー映画『ノートルダムの鐘』を観た方からすると、原作のあらすじの中で「ん?」となる箇所があると思います。

映画ではクロード・フロロは判事の役でした。

ですが原作ではフロロは司教補佐となっています。

私は原作を読んでから映画を観たので正直、映画の方にはびっくりしました。

原作とストーリーがまったく違ったのです。

キャラの名前と大まかな特徴はそのままではありますが、性格も役割も話の筋もまったく別物でした。これには驚きでした。もう原作とはまったくの別物です。

ですが、映画は映画で素晴らしい。さすがディズニーです。

あくまで「原作からインスピレーションを受けて、新たに物語を創造した。」ということでしょう。

ディズニーにそのようなインスピレーションを与えた作品ということでやはりユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』は奥行きのある偉大な作品ということができるのではないでしょうか。

さて、『ノートル=ダム・ド・パリ』は『レ・ミゼラブル』と同じように、読み始めるといきなり面を食らうことになります。

フランス文学者の鹿島茂氏は次のように述べます。

 とりわけ『ノートル=ダム・ド・パリ』には、この傾向が強いようです。というのも、あたかもオぺラの長い前奏曲が延々と続くようでなかなか幕が開かないからです。雑多な群衆の中からいろんな人物が次々に出てくるのですが、いったい誰が主人公なのかもわからない。忙しい現代の読者にとっては、とてもではないけれどストーリーが動き出すまで待っていられないと感じられるようです。まことにへンテコな始まり方の小説なのです。

 しかも、ようやくストーリーが動き出したと思ったのもつかの間、再び語りは脱線し、建築やら歴史やらの話が延々と繰り広げられます。なんともアンバランスな小説で、私たちがふだん読み慣れた現代の小説とはかなり勝手が違っています。

 また映画やア二メなどではストーリーが割愛されたり改変されたりしているばかりか、物語を単純化するために、クロード・フロロという登場人物の設定が聖職者から権力者の判事に変えられていたり、原作の悲劇的な結末がハッピーエンドに変わっていたりします。そのため、アダプテーション(翻案)とはずいぶん様子が異っていると感じ、小説には入り込むことができません。とにかく、現代の読者にとって、読みにくいことおびただしい小説であることはたしかなのです。

にもかかわらず、ストーリーは人口に膾炙して、これまでにも、繰り返しリメイクが行われたり、映画やミュージカルなどで新しい命が吹き込まれ、まるで不死鳥のように蘇っているのです。

『100分de名著 ユゴー ノートル=ダム・ド・パリ 大聖堂物語』鹿島茂 P4-5

鹿島氏の述べますように、この作品は序盤が本当に読んでいて苦しい展開でした。

ユゴーは話の本筋になかなか入ってくれないのです。これは『レ・ミゼラブル』でもそうでした。

ですが、この苦しい展開を超えると怒涛のごとく物語が進んでいきます。

中盤以降はもう止まりません。『レ・ミゼラブル』もものすごく面白い作品でしたがこの作品も負けていません。

強烈な個性を持つキャラクターたちとノートルダム大聖堂を中心にして動いていくストーリー。

特に終盤のノートルダム大聖堂での戦いはまるでハリウッド映画そのもの。縦横無尽にカメラが動く迫力あるシーンを見ているかのようです。

この作品はあまりに濃いです。そしてあまりに悲劇的です。

この作品の内容に触れるのは一つの記事では不可能です。

それほど濃厚な物語となっています。

この作品がきっかけでフランス人のノートルダム大聖堂愛が一気に強まったと言われているほどです。

『ノートル=ダム・ド・パリ』は込み入った作品ですので、以下の鹿島茂氏の解説書があるとより深くこの作品を知ることでできるのでおすすめです。

この作品はフランスだけでなく世界中の人にもこの物語は強い影響を与えることになりました。

実は、そのひとりが例のごとく、ドストエフスキーだったのです。

ドストエフスキーと『ノートル=ダム・ド・パリ』

ドストエフスキーは若い頃、ユゴーの作品を愛読していました。

1831年に出版されたこの『ノートル=ダム・ド・パリ』も、ドストエフスキーはフランス語で読んでいます。

当時のロシアの知識人階級は皆フランス語がペラペラです。ユゴーの作品を原語で読めるとはなんと贅沢なことでしょう。うらやましい!

そしてこの作品が出版されたおよそ30年後の1862年、ドストエフスキーは兄と共同で『時代』という雑誌を編集していました。

彼はこの雑誌で次のように述べています。

“Les Misérables”が至るところで、ほとんど世界で好評を博している今、われわれはふと気がついたのであるが、”Notre Dame de Paris“がどういう理由かまだロシア語に翻訳されていないのである。ロシア語にはすでに実に多くのヨーロッパのものが翻訳されたというのにである。言うまでもなく、この小説をわが国では以前にフランス語でみんなが読んだのは確かである。しかし、第一に、読んだのはフランス語を知っていた者だけであり、第二に、フランス語を知っていた人でもおそらく全部の人が読んだわけではない、第三に、読んだのはだいぶ昔のことである、第四に、以前にも、三十年前にも、フランス語を読む一般読者の数は、よろこんで読みたいのだが、フランス語ができなかったという一般読者に比べてきわめて少なかった、こうわれわれは判断したのである。現在では一般読者の数は三十年前のそれに比べて、おそらく十倍にふえたであろう。それからもう一つ―しかも肝心なことだが―こういうことはみなすでにたいへん前にあったことである。現在の世代は昔のものをおそらく読み返さないであろう。ヴィクトル・ユゴーのこの小説を今の世代の読者はほとんど知らないとさえわれわれは思う。こういうわけでわれわれはあえて本誌に天才的で力強い作品を訳載し、わが国の一般読者に今世紀フランス文学の最も注目すべき作品を紹介することにしたのである。三十年という年月は、その当時この小説を読んだ人たちも、もう一度この小説を読み返すことが、もしかすると、それほど億劫ではなかろうと思われるような距離であるとさえわれわれは思う。

新潮社版『決定版ドストエフスキー全集25』「ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』翻訳への序言』P354

なんと、ドストエフスキーはロシアで初めて、ロシア語に翻訳した『ノートル=ダム・ド・パリ』を紹介しようとしていたのです。

先程も申しましたが、ロシアの知識人は皆フランス語が堪能です。

なのでわざわざロシア語に翻訳する必要がなかったためここまでロシア語翻訳がされてこなかったのでしょう。

ですがドストエフスキーはそこに目をつけ、この作品をより多くのロシア人にも知ってもらいたいということでこの作品の掲載を決めたのです。

折しも1862年という年はユゴーの『レ・ミゼラブル』が発売された年で、世界中にレミゼ旋風が起きていました。

このタイミングで30年前に出版されたユゴーの名作を改めて紹介したいというドストエフスキーの心意気が感じられますね。彼が『ノートル=ダム・ド・パリ』にいかに思い入れがあったかがうかがえます。

おわりに

『レ・ミゼラブル』がドストエフスキーにとって非常に思い入れのある作品であるということは有名なお話でしたが、まさか『ノートル=ダム・ド・パリ』も彼とここまで深い関係があるとは驚きでした。

先程紹介したドストエフスキーの文章を初めて読んだ時は驚いてしまいました。まさかドストエフスキーがロシアにこの作品を初めてロシア語で紹介しようとしていたとは!

やはり彼にとっても『ノートル=ダム・ド・パリ』はそれほど面白い作品であるということなのでしょう。

実際、中盤からのストーリーの盛り上がりっぷりはすさまじいものがあります。

最後はまさかと思うほどの悲劇的な終わり方を迎えてしまい、ずーん…としてしまいますが心に与える衝撃というのはものすごいものがあります。

私にとってもとても印象に残った作品となりました。

以上、「ディズニー映画『ノートルダムの鐘』の原作 ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』」でした。

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