(5)なぜ口の強い人には勝てないのか~毒舌と暴言を駆使するレーニン流弁論術
レーニンは議論において異様な強さを見せました。その秘訣となったのが彼の毒舌や暴言でした。
権力を掌握するためには圧倒的に敵をやっつけなければならない。筋道通った理屈で話すことも彼にはできましたが、何より効果的だったのは毒舌と暴言で相手をたじたじにしてしまうことでした。
この記事ではそんなレーニンの圧倒的な弁舌についてお話ししていきます。
レーニンは議論において異様な強さを見せました。その秘訣となったのが彼の毒舌や暴言でした。
権力を掌握するためには圧倒的に敵をやっつけなければならない。筋道通った理屈で話すことも彼にはできましたが、何より効果的だったのは毒舌と暴言で相手をたじたじにしてしまうことでした。
この記事ではそんなレーニンの圧倒的な弁舌についてお話ししていきます。
ヴィクター・セベスチェン『レーニン 権力と愛』を読む⑶ 引き続きヴィクター・セベスチェン著『レーニン 権力と愛』の中から印象に残った箇所を紹介していきます。 ロシア帝政末期、暗殺の時代 1881年の皇帝アレクサンドル2世…
ソ連の崩壊により資本主義が勝利し、資本主義こそが正解であるように思えましたが、その資本主義にもひずみが目立ち始めてきました。経済だけでなく政治的にも混乱し、この状況はかつてレーニンが革命を起こそうとしていた時代に通ずるものがあると著者は述べます。だからこそ今レーニンを学ぶ意義があるのです。血塗られた歴史を繰り返さないためにも。
この本では1917年のロシア革命からその後のソビエトの独裁の流れについて解説されていきます。
この本の特徴は、かつて著者自身がロシア革命の理念に感銘を受け、マルクス思想に傾倒したものの、やがて時を経るにつれてソ連の実態がわかり、今ではそれに対して苦悩の念を抱いているという立場で書かれている点です。
最初からマルクス主義に対して批判をしていたのではなく、長い間それに傾倒していたからこそ語れる苦悩がこの本からは漂ってきます。
前回の記事に引き続き神野正史氏の著作をご紹介していきます。
というのも、ロシア革命は第一次世界大戦がなければ起こっていなかったかもしれないほどこの戦争と密接につながった出来事でありました。
『世界史劇場 ロシア革命の激震』でもそのあたりの事情は詳しく書かれているのですが、やはりこの大戦そのものの流れや世界情勢に与えた影響を知ることでよりこの革命のことを知ることができます。
単なる年号と出来事の暗記ではなく、歴史がどのように動いていったのかを知るのにも最高な入門書です。しかもとにかく面白くて一気に読めてしまう。これは本当にありがたい本です。
ロシア革命や当時のロシアが置かれていた状況を知る上でもこの本はおすすめです。
神野氏の本はいつもながら本当にわかりやすく、そして何よりも、面白いです。点と点がつながる感覚といいますか、歴史の流れが本当にわかりやすいです。
ロシア革命を学ぶことは後の社会主義国家のことや冷戦時の世界を知る上でも非常に重要なものになります。
著者の神野氏は社会主義に対してかなり辛口な表現をしていますが、なぜ神野氏がそう述べるのかというのもこの本ではとてもわかりやすく書かれています。
この本はロシア革命を学ぶ入門書として最適です。複雑な革命の経緯がとてもわかりやすく解説されます。
若い頃にオランダ留学を経験し、そこから戊辰戦争の戦いを経て再び外交官としてヨーロッパへ旅立った榎本武揚。
そんな彼が初めて目にするシベリアの風景や産業、人々の生活をこの本では知ることができます。 彼がペテルブルクを出発したのが1878年。この年はドストエフスキー最晩年で『カラマーゾフの兄弟』を執筆し始めた年になります。まさにドストエフスキーがいたロシアに彼はいたのです。
彼の『シベリア日記』はそんなドストエフスキーと同時代の人々の生活を知る格好の資料にもなります。そうした意味でもこの本はものすごく興味深く読むことができました。
函館ゆかりの偉人である榎本武揚のことを知れてとてもありがたい機会となりました。
この本は小説仕立てで1903年のロシア帝政末期の社会を紹介していきます。
主人公は若いフランス人ジャン・ルセル。彼はふとしたきっかけでロシアに旅立つことになります。私たち読者は彼と同じ異国人の新鮮な目で当時のロシア社会を目の当たりにしていくことになります。
この本ではロシア正教を中心にした宗教事情、そして劣悪な状況で働く労働者、軍隊の内情、農民の生活など様々な事象を紹介しています。
当時のロシア社会がどのようなものであったかを知るのにとても便利な一冊となっています。しかも小説仕立てであるので読みやすいというのも嬉しい点です。
この作品は劇作品です。しかもこの解説に述べられているようにチェーホフと同じくわかりやすい筋もありません。そのため本としてこれを読んでもなかなかその流れを掴むのが難しいです。私も一度読んだだけではわからず、何度も読み返しました。
この作品もチェーホフと同じく、演劇として舞台で観るときっとものすごいインパクトがあるのだと思います。
この作品はかなりパワーがあります。チェーホフは静かな雰囲気の劇ですが、ゴーリキーはどん底にいる人たちの魂の叫びを表現します。言葉のパワーがものすごいです。本で読むだけでこれですから舞台で聞いたらこれはものすごいものなのではないでしょうか。
前回の記事「『スターリン伝』から見たゴーリキー~ソ連のプロパガンダ作家としてのゴーリキー」でお話ししましたように、ゴーリキーはソ連を代表する作家であり、スターリン政権下ではソ連のプロパガンダの宣伝にも大きな役割を果たしました。
そのゴーリキーがドストエフスキーのことをどう言うのか。
これはすなわちソ連がドストエフスキーをどう見るかということにもつながっていきます。
というわけで、佐藤清郎氏の『ゴーリキーの生涯』の中にゴーリキーがドストエフスキーに言及している箇所がありましたのでこの記事ではそちらを見ていきたいと思います。