(35)真宗木辺派本山錦織寺と親鸞~親鸞が目にした天女の機織り伝説とは

【親鸞伝~悩み多き英雄の偉大なる生涯】(35)真宗木辺派本山錦織寺と親鸞~親鸞が目にした天女の機織り伝説とは
長年暮らした関東を離れ京へ向かった親鸞。
そしてその京へ着く少し前、親鸞はあるお寺にしばしの間逗留します。
そのお寺こそ現真宗木辺派本山錦織寺になります。

錦織寺は京都からも近い琵琶湖南岸の地域、野洲市に位置します。
今回私がこの錦織寺を紹介するのは他でもありません。私がこの真宗木辺派の僧侶だからであります。せっかくの機会ですのでご本山と親鸞について少しだけこの記事でお話ししていきたいと思います。
錦織寺の伝承によりますと、親鸞がおいでになられた頃は、ここはまだ錦織寺という名前のお寺ではなく、天台宗のお堂でありました。

このお堂自体は858年創建ということでかなり歴史のあるお寺になります。そしてここに安置されている毘沙門天像は比叡山の円仁由来の仏像とされていて、当時から霊験あらたかな存在として知られていたそうです。
そしてそこに親鸞がやって来られたわけです。親鸞はこの近辺を通られた際、日が暮れてしまい泊まるところを探していたところ、このお堂と大きな松の木を見つけたそうです。元々比叡山の僧侶であった親鸞ですのでこうした円仁由来のお堂自体は親しみがあったことでしょう。
そして親鸞はしばしの間ここに滞在し、『教行信証』の加筆修正作業などを行っていたそうです。
そんな親鸞でありましたが、ある日不思議な現象に出会うことになります。
ある日の夜、それは起こりました。
いつもと同じように部屋で過ごしていた親鸞でしたが、ふと空から太鼓の音が聞こえて来たような気がしました。
これはいかにと外を見てみると、真っ暗なはずのお堂が光り輝いているではありませんか。
不思議に思った親鸞が庭に下り立つと、何やら堂内から声がしてきます。こんな時間になぜ人が?
いよいよ奇妙に感じられた親鸞は堂内を覗いてみました。
すると、なんとそこには天女が降り立ち、美しい錦の布を織っているではありませんか!
親鸞はその光景を見て驚きますが、一旦は部屋に戻ったようです。そして夜明け頃再び堂内を訪れると仏前に見事な織物が供えられているのを見つけます。この織物の美しさは並々ならぬもので、人々はこの不思議な現象に驚くばかりでした。

この出来事をきっかけに天台の毘沙門堂であった天安堂が親鸞ゆかりの寺となる錦織寺へと変わっていくことになります。寺の名前の由来がまさにこの天女伝説から来ているのです。
こういうわけで、真宗木辺派本山錦織寺が生まれたのでありました。
浄土真宗といいますと、本願寺派(西本願寺)や大谷派(東本願寺)のイメージが皆さん強いかと思いますが、実は浄土真宗には全部で10の宗派があります。真宗木辺派もそのひとつです。
今回ご紹介した錦織寺は親鸞はおいでになったご縁から生まれた本山ですが、他の真宗宗派もそれぞれ親鸞との様々なご縁から生まれた宗派になります。詳しくはここではお話しできませんが興味のある方はぜひこちらの真宗教団連合のホームページをご覧になってみてください。各宗派の解説がわかりやすく掲載されています。
では、次の記事からいよいよ京での親鸞について見ていくことにしましょう。
続く
この記事で特に参考にした書籍はこちら
平雅行『改訂 歴史のなかに見る親鸞』
今井雅晴『親鸞聖人の一生』
主要参考文献一覧はこちら

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