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R・ヒングリー『19世紀ロシアの作家と社会』あらすじと感想~知られざるロシア社会と文学者のつながりを網羅した名著

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R・ヒングリー『19世紀ロシアの作家と社会』概要と感想~知られざるロシア社会と文学者のつながりを網羅した名著

本日ご紹介するのはR・ヒングリー著、川端香男里訳の『19世紀ロシアの作家と社会』という本です。

この本は19世紀のロシア社会やその文化と作家たちのつながりを解説しています。

文学論や哲学講義としてはよく出てくる19世紀ロシアですが、その社会事情や文化面はなかなか話に上ってくることがありません。そういう意味でこの本は非常に興味深い視点を与えてくれます。

著者のR・ヒングリーは1920年スコットランド生まれの歴史学者です。オックスフォード大学でロシア語を専攻し、同大学で講師を務めました。

ソ連政権下ではソ連の研究者は厳しい検閲があったのでソ連のイデオロギーに沿った研究しか発表することができなかったのに対し、イギリスで研究を進めていたヒングリーはそうした制約を受けることなく研究することができました。

そのような視点から19世紀ロシアを研究したのが本書『19世紀ロシアの作家と社会』となっています。

訳者の川端香男里は訳者あとがきでこの本について次のように述べています。

本書は、元来、大学叢書の一冊として書かれ、ロシア文学の社会的・歴史的背景についての知識を供給することをねらっている。作家の生活から始まって、地理・民族・経済・政治・社会の身分・階級・反体制運動などを要領よく説明しており、文学作品の引用を通して、ロシア作家とその作品・時代の雰囲気の理解に必要と思われる知識を多方面にわたって与えてくれる。この点、過去を裁断し審判するよりも、叙述しその雰囲気をよみがえらせようとする著者のイギリス流の冷静さ、客観的態度が貴重である。巨視的な文学的事実の整理から出発し、政治史と文学史との結びつきを説明する仕方も明快で、すっきりしている。

 日本では、ロシア文学に関して特に社会的・思想的理解の必要が叫ばれているように見えるのに、実際は掛け声だけか(あるいは自明の理とされているためにかえって不勉強になるのか)、この種の研究書が見あたらず、数多いロシア文学愛好者にしても、単にロシア的とかスラブ魂とか、ナロードニキ的とか、曖昧な雰囲気的な言葉で、何かわかったような気分になっていたことが多いのではなかろうか。ロシアは並みの尺度では計ることもできないし理解することもできない、信ずることしかできない、とチュッチェフは自分の詩の中で言いきっているが、外国の読者にとって素手でロシアを感じとれ、実感せよと要求するのも無理なことだ。(中略)

 そのような生活・風俗の知識を求めようとすれば、歴史教科書・概説のたぐいは簡略に過ぎて、ニコライ・ツルゲーネフの古典的な『ロシアとロシア人』とか、ジュール・ルグラの『伝統のロシア民族性』とか、アレクサンドル・デュマ・ペールの『ロシアの旅』や、ブランデスの『ロシア印象記』のような過去の著作・旅行記にたよらざるをえない状態だったから、本書はロシア文学の読者が最も望んでいた種類の本だといえよう。

R・ヒングリー著、川端香男里訳『19世紀ロシアの作家と社会』P306-307

訳者の川端香男里氏の述べるように、この本はロシア文学の背景となるロシア社会をあらゆる側面から解説してくれます。

写真や絵も挿入されていますので読んでいてとてもイメージがつきやすく、わかりやすくすいすい読んでいくことができました。

そんなヒングリーによるこの著作ですが、その中でもロシア文学者たちの特徴について述べられた箇所が私の中で特に印象に残りましたのでそちらを紹介します。

彼らは人間と人間の運命について、新しいきわめてロシア的なやり方で真剣に考えたのである。確固たる見解を持ち、それをはっきりと伝えようとした作家もいれば、それほどはっきりとした教義を抱いていない作家もいたが、少なくとも、自分には解けないにしても、ロシア的生活と人間存在の謎を明らかにしようという意図は持っていたのである。ロシア十九世紀の文学が世界中の人々の想像力をとらえてきた理由の一つは、確かにこの真剣さである―特にゴーゴリ、ドストエフスキー、チェーホフなどの作家のように、真剣さと特異なロシア的ユーモアとを結合している場合もあるからである。しかしユーモアがあろうとなかろうと、ロシアのリアリズム作家たちは常に自分たちが、単に人を楽しませる以上の存在であると思っていたのである。

R・ヒングリー著、川端香男里訳『19世紀ロシアの作家と社会』P33

ドストエフスキーをはじめとしたロシア文学がなぜこうも私たちの心を打つのか。

それは彼らの人生に対する真剣さにあったのだ。

こうヒングリーは言うのです。

なるほど。たしかに彼らは人生に対してあまりに真剣です。いや、真剣すぎるがゆえにもはや圧倒的とも言える重みや複雑性が作品にはあります。ドストエフスキーを読んでいてぐったりしてしまうのはこうした真剣さがなせる技であるというのも納得できます。

ドストエフスキーを読むとなぜか疲れる。これは多くの人が感じることだろうと思います。ですが、疲れるのは当然のことであって何もおかしいことではないのです。

自分の人生について真剣に考えようと思ったらそりゃ疲れますよね。

ドストエフスキーを読んで疲れるというのは悪いことではないのです。いや、むしろ大いに疲れて結構!

そう考えると逆にすっきりしてきますよね。ヒングリー氏の上の言葉を読んでいて私はそう感じたのでありました。

この本では文学だけではなく19世紀ロシア社会の様々な世界を知ることができるので非常に興味深い内容となっています。

ロシア文学に興味のある方にはぜひおすすめしたい1冊です。

以上、「R・ヒングリー『19世紀ロシアの作家と社会』知られざるロシア社会と文学者のつながりを網羅した名著」でした。

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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