MENU

(56)ゴルボー屋敷で貧乏暮らしのマリユスの静かな成長

ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む
目次

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(56)ゴルボー屋敷で貧乏暮らしのマリユスの静かな成長

第三部 マリユス 第五章 不幸のすぐれた点

サン・ジャック門の部屋を引き払ったマリユス。ここから彼は極貧生活に突入していくのでありますが、この貧乏生活こそマリユスの精神を鍛え上げたとユゴーは力説します。

実はユゴーも若い頃に詩人として成功するまでかなりの極貧生活を送っていた時期があります。ここで語られるマリユスの貧乏生活はユゴーの実体験も反映されているそうです。だからこそユゴーはここで貧乏論について熱く語るのです。せっかくですので彼の貧乏論を見ていくことにしましょう。

マリユスの生活はつらくなった。衣類と時計を食うのは、大したことではない。「狂牛の肉」という、なんとも言いようのないものまで食べた(訳注 ひどい貧乏暮しのこと)。

ひどい話だが、パンもない日々、眠れない夜、蠟燭のない晩、火のない暖炉、仕事のない毎週、希望のない未来、肱に穴のあいた上着、女の子に笑われる古帽子、部屋代を払わないので締出しをくわせる戸口、門番や安料理屋の亭主の無礼な言葉、近所の人たちの嘲笑、屈辱、踏みにじられる自尊心、なんでもかまわず引受ける仕事、不快、苦しさ、落胆などでいっぱいだった。

人がそんなものをどんなにむさぼり食うものか、ほかにむさぼり食うものがない場合がどんなに多いかをマリユスは知った。愛を必要とするがゆえに、誇りの必要な青春時代に、身なりが悪いためにあざけられ、貧乏なために馬鹿にされるのがわかった。みんなが傲然とした誇りに胸をふくらませる青春時代に、彼は自分の破れた長靴に幾度も目をやり、貧苦にいわれのない恥辱を覚えて、悲痛に顔を赤らめた。

すばらしく、また恐ろしい試煉であり、そのために弱い者は下劣な人間に、強い者は気高い人となる。運命が下劣な人間か、それとも半神をつくろうとするとき、いつも人をそこに投げこむ坩堝である。

なぜなら、小さな戦いの中でこそ、多くの偉大な行為が行われるからである。窮乏と汚辱の避けられない襲撃に、闇の中で一歩一歩抵抗している、隠れた、粘り強い勇者がいるものだ。誰の目にもとどかず、どんな名声も報いられず、どんな歓呼のラッパの敬意も受けない、気高く、不思議な勝利。人生、不幸、孤独、遺棄、貧乏は、英雄を生む戦場であり、無名の英雄の方が、有名な英雄より偉大なこともある。

しっかりした、非凡な性格はこうしてつくられる。貧苦はたいてい継母にあたるが、ときには母ともなる。貧窮は力強い魂と精神を生み、窮乏は自尊心の乳母であり、高潔な人びとには、不幸がよい乳となる。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P189-190

そうです。やはりマリユスもマリユスで英雄的な人間なのです。彼にはその資格があります。もちろん、欠点はあるのですが、この試練を耐え抜いた男でもあるのです。

そしてここからユゴーはマリユスが何を食べ、どのように暮らしていたかを詳細に述べていきます。それらはここでは割愛しますが、たしかに並々でない窮乏生活です。これを続けていたとなるとそれはものすごい精神力でありましょう。

こうした試練を経てマリユスはたくましくなっていきます。そしてついになんとか自力である程度の生活ができるところまでになっていきます。

最大の窮地をきりぬけると、隘路も少しずつ行く手がひらけてきた。労苦と、勇気と忍耐と意志のおかげで、仕事は、年七百フランぐらいの稼ぎにまでなった。彼はドイツ語と英語を勉強した。クールフェラックが友人の本屋を紹介してくれたおかげで、マリユスは文芸部でちょっとした「端役」を果すようになった。内容見本をつくったり、新聞の翻訳をしたり、出版物に注をつけたり、伝記を編んだりなどした。純収入は毎年なんとか七百フランになった。彼はその金で暮したが、まあまあというところだった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈢』P193

元々賢い青年であったマリユスですが、クールフェラックのおかげで出版関係の仕事に携わることになります。これが彼の生計の柱になっていったのです。本の虫であったマリユスにとって、これは天職であったことでしょう。後に彼は弁護士試験にも合格し、晴れて弁護士となるのですが、それでもこの仕事をやめようとしません。むしろ、弁護士の仕事をせずにこの仕事をやり続けるほど気に入っていたのでありました。

こういうわけでマリユスは貧乏ながらも何とか一人で生活していくだけの稼ぎを得ることになったのです。

そしてこの安い給料でも生活が可能だったのは、彼の節約生活もさることながら、家賃の安い部屋を見つけられたことも大きな要因でした。

その家こそあのゴルボー屋敷になります。彼がいつからこの家に住みつくようになったのかは明かされていませんが、クールフェラックの隣室を出てから、どこかのタイミングでこの家に移り住むようになっています。おそらくそんなに後ではないでしょうが、「たまたま散歩の途中で見つけた」と後に語られていましたので、ホテルを出てそのまますぐに移り住んだというわけではなさそうです。

さて、このゴルボー屋敷といえばジャン・ヴァルジャンとコゼットが隠れ家にしていたあの家になります。そして今はジョンドレッド一家もといテナルディエが住んでいるぼろ屋敷です。家賃は激安、素性もあまり問われないといういわくつきの家ではありますが、少しでも安く生活したいマリユスにとっては絶好の家であったことでしょう。

そしてゴルボー屋敷に住みついたマリユスは隣にテナルディエがいるとも知らず、父の恩人を探し続けていたのでありました。「こんな偶然ある!?」と思いたくなるほどの偶然ですがそこはいつもの「偉大なるたまたま」であります。細かいことは気にせず進んでいきましょう。

こうしてマリユスは父の恩人を救うことを夢想しながらゴルボー屋敷で生活を続けます。

時は流れ、マリユスが祖父の家を出てから3年が経ちました。この期間を経てマリユスと祖父にどのような変化があったのか、ユゴーは次の章で詳しく語っていきます。

続く

レミゼのおすすめ参考書一覧、解説記事一覧はこちら

「『レ・ミゼラブル』おすすめ解説本一覧~レミゼをもっと楽しみたい方へ」
「『レ・ミゼラブル』解説記事一覧~キャラクターや時代背景などレミゼをもっと知りたい方へおすすめ!」
「フランス革命やナポレオンを学ぶのにおすすめの参考書一覧~レミゼの時代背景やフランス史を知るためにも」

前の記事はこちら

あわせて読みたい
(55)マリユスはクールフェラックの家に居候していたのではない?彼の貧乏暮らしの始まりについて マリユスはジルノルマン氏の家を飛び出してから「うちに来たまえ」と言ってくれたクールフェラックの隣室に滞在していたのですが、なんとここで驚きの事実が発覚します。

「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」目次と記事一覧ページはこちら

ミュージカルをもっと楽しむためにもおすすめです!

あわせて読みたい
ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む 『レ・ミゼラブル』といえば日本でも大人気のミュージカルとして有名な作品です。私もミュージカルが大好きで何度も観劇し、その度に号泣しています。 さて、そんな『レ...

関連記事

あわせて読みたい
榮恵愛『-レ・ミゼラブルより- ルールブルーの友らへ』あらすじと感想~レミゼファン必読のおすすめ漫画! 『レ・ミゼラブル』のミュージカル開演まであとわずかになりましたが、これは嬉しい出会いとなりました。 この漫画を読んでレミゼへの熱量がどんどん上がっていくのを感じます。レミゼファン必読です。
ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

2019年「宗教とは何か」をテーマに80日間で13カ国を巡り、その旅をもとにした世界一周記を全国9紙で連載。
現在は北海道新聞「みなみ風」で『インド・スリランカ仏跡紀行』を連載中。

目次