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(35)なぜジャヴェールはパリにいたのだろうか~彼のあっぱれな働きぶりとは

ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む
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「ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む」(35)なぜジャヴェールはパリにいたのだろうか~彼のあっぱれな働きぶりとは

『レ・ミゼラブル』第二部 コゼット 第五章 暗闇の追跡に無言の同勢 ⑷

さて、サン・メダール教会での衝撃的な対面から始まったジャン・ヴァルジャンの逃走劇でしたが、ここからはそれをジャヴェール目線で見ていくことになります。これはミュージカルでも全く語られないものになりますので、原作ならではの楽しみになります。

私もこのシーンが大好きです。まず、一つの事件を違った側面から語り直すユゴーの手腕に惚れ惚れしますし、何よりジャヴェールの人間味がここで現れていて、より彼のことを好きになったのは間違いありません。

では、早速読み始めていきましょう。

まずですが、この話はそもそもジャヴェールがなぜパリにいたのかというところからスタートしていきます。

ジャヴェールがパリに行くことになったきっかけはジャン・ヴァルジャンの脱獄でした。ジャン・ヴァルジャンはモントルイユ・シュル・メールの監獄から脱獄し、そのまま姿を消しています。これが第一部のラストでありました。

そしてパリは脱獄囚の潜伏先となる街でありましたので、いずれジャン・ヴァルジャンもここにやって来るだろうとパリ警察は予測を立てたのです。そしてそこで彼をよく知るジャヴェールを捜査の助けにと招集したのでありました。

そして彼はその期待に応え、ジャン・ヴァルジャン逮捕に大きく役立ったそうです。こうしてジャン・ヴァルジャンはパリ警察に捕らえられ、再びトゥーロンの徒刑場へ送られてしまいます。第二部で語られていたのは、この時のジャン・ヴァルジャンでした。

哀れなジャン・ヴァルジャンはそこで再び地獄のような日々を過ごしましたが、そこから見事脱出したのは私達もよく知る通りです。

そしてその一方、ジャヴェールはと言いますと、このジャン・ヴァルジャン逮捕やその他の仕事においても有能さを示し、警察上層部からも一目置かれるようになっていきます。こうして彼はパリ警察に昇進し、「あっぱれな」仕事ぶりを発揮していたのでありました。さすがジャヴェールです。

そんなジャヴェールでありましたので、もうすでに捕まったジャン・ヴァルジャンのことなどすっかり忘れていたのでありました。

しかもその後たまたま目にした新聞でジャン・ヴァルジャンが死んだことを知ったのでありますが、この時もたいして大きな感慨は湧かなかったようです。ユゴーに言わせれば、「毎日猟をしている犬は、今日の狼のことで昨日の狼は忘れるものだ」そうです。実際、ジャヴェールはパリでばりばり仕事をしていましたし、これは本当のことなのでしょう。

ですが、その後しばらくしてからモンフェルメイユで少女が誘拐されたという報告書がパリ警察に送られてきます。そこにはファンチーヌやコゼットという聞き覚えのある名前が載っていました。この2人はあのジャン・ヴァルジャンが助けようとしていた親子ではないか・・・!だが、ジャン・ヴァルジャンは死んだ。そんなわけはあるまい・・・。

しかし疑念が晴れないジャヴェールは実際にモンフェルメイユまで行ってみたのでありました。何か手がかりはないかとテナルディエ夫妻から話を聞くもどうも煮え切らない。実は彼ら夫妻は最初は誘拐されたと大げさに言っていたのでありますが、あまりそれを言うと自分たちの悪行がバレることに気付き、口をつぐみ始めたのです。そのタイミングでやって来たのがジャヴェールだったのでした。

しかもテナルディエの口からは「コゼットのおじいさんがやって来た。金持ちのお百姓で、旅券も見ましたよ。たしかギヨーム・ランベールさんでしたっけ」とでまかせが言われる始末。

ただ、これを聞いたジャヴェールは信じるしかありません。今度こそ、ジャン・ヴァルジャンの線は消えたと、彼はまたも彼のことを忘れたのでありました。

ですが、またしばらくすると、今度はあの「施しをする乞食」の情報が警察に入ってきたのです。そしてこの男はどうやらモンフェルメイユから来たらしく、8つになる女の子と2人らしいと。

またモンフェルメイユ!

これを聞いたジャヴェールは居ても立ってもいられず、この男のさらなる調査に乗り出します。そしてあの運命的なシーンにつながるのです。

「怪しい男」は、はたしてこうして変装したジャヴェールのところに来て、施し物をした。そのときジャヴェールは顔をあげた。するとジャン・ヴァルジャンがジャヴェールだと思ってぎくりとしたわけだが、ジャヴェールの方もジャン・ヴァルジャンだと思ってぎくりとしたのだ。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P315-316

あの時のジャン・ヴァルジャンの驚きようはすでに私達も知っていますが、なんと、ジャヴェールの方もかなりの驚きぶりだったようです。これは意外ですよね。

ミュージカル映画では特にそうですが、ジャヴェールは常に確信を持ってジャン・ヴァルジャンを追っています。ジャン・ヴァルジャンを追う有能な法の番人、それがジャヴェールというキャラクターのイメージだと思います。

ですが、原作ではこのジャヴェールにも葛藤が存在していたのです。

実は、この運命的な再会の場面においては彼はまだ「施しをする乞食」がジャン・ヴァルジャンだとは確信を持っていなかったのです。

しかし、暗かったので見まちがえたのかもしれない。ジャン・ヴァルジャンの死は公のものだ。ジャヴェールには疑いが残っていた。それも重大な疑いだった。そして疑いのあるときには、慎重な男のジャヴェールは、人の襟に手をかけるようなことはしなかった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P316

「疑いのあるときには、慎重な男のジャヴェールは、人の襟に手をかけるようなことはしなかった」

いや~潔癖なジャヴェールらしいあっぱれな心意気です。こういうところがいいんですよね彼は!

そしてこの後、彼はゴルボー屋敷まであとをつけて老婆から話を聞き、そのまま部屋を借りました。疑いのあった彼にはまだ踏み込むつもりはありませんでしたが、この奇妙な男の声を聞くために夜に立ち聞きしていたのです。ジャヴェールが近くに来ながら直接接触しなかったのはこのような理由があったのでありました。

そしてジャン・ヴァルジャンが逃げたという老婆からの報告を受けていよいよ彼は動きます。

ジャヴェールは警視庁に協力を頼んだが、逮捕しようとする者の名前は伏せておいた。これは彼の秘密だった。彼が秘密にしておく理由は三つあった。まず、第一には、ちょっとした不注意もジャン・ヴァルジャンを警戒させることになるからである。第二に、死んだとされている老脱獄囚、法廷の記録が「最も危険な種類の悪人のうちに」前から分類している罪人を手にかけることは、すばらしい手柄であり、パリ警察の古手たちが、ジャヴェールのような新参者に任せるわけがないし、この犯人を横取りされる恐れがあったからであり、最後に、ジャヴェールはいわば芸術家なので、意外なことが好きだったからである。彼は、前から人の噂にのぼっていて、新鮮味のなくなった、予告つきの手柄はいやだった。彼は、人知れず傑作をつくりあげて、それから急にべールをはずしてみせるというやり方が好きだった。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P317

いかがでしょうか。この箇所には私も「おっ!」となりました。ジャヴェールにもこんな心情があるのですね。

特に「ジャヴェールはいわば芸術家なので、意外なことが好きだったからである。彼は、前から人の噂にのぼっていて、新鮮味のなくなった、予告つきの手柄はいやだった。彼は、人知れず傑作をつくりあげて、それから急にべールをはずしてみせるというやり方が好きだった」というのは、目を引きますよね。

彼にも人間らしい感情があることを思わずにはいれません。彼にも好きなことがあったのです。たったそれだけのこと?と思われるかもしれませんが、それほど彼の私生活には人間味がないのです。まさに「法そのもの」と言ってもよいでしょう。そんな規則正しく味気ない生活を送る彼にも、こだわりや好きなものがあったのです。ジャヴェールファンの私からすると、それだけでもぐっと来てしまうのです。あぁ、彼にもこんな面があったのだなと。

そしていよいよあの逃走劇へと繋がっていきます。

ジャヴェールは木から木へ、それから町角から町角へとジャン・ヴァルジャンを尾行して、一瞬も見失わなかった。ジャン・ヴァルジャンが絶対安全と思ったときでさえ、ジャヴェールの目は彼から離れなかった。

なぜそれではジャヴェールはジャン・ヴァルジャンを捕えなかったのか?それは、まだ疑いがあったからである。

新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈡』P317

ここで述べられていますように、実はあの逃走劇は茶番でもあったのです。なんと、ジャヴェールは彼を泳がせていたのでありました!これには私も驚きました。

次の記事ではそんな彼らの逃走劇の裏側を見ていきます。

ジャヴェールは、ジャン・ヴァルジャンを捕まえようと思えばいつでも捕まえることはできたにもかかわらず、失敗したのです。その理由は何だったのか、じっくり見ていくことにしましょう。

続く

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ユゴーの原作『レ・ミゼラブル』を読む

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この記事を書いた人

真宗木辺派函館錦識寺/上田隆弘/2019年「宗教とは何か」をテーマに80日をかけ13カ国を巡る。その後世界一周記を執筆し全国9社の新聞で『いのちと平和を考える―お坊さんが歩いた世界の国』を連載/読書と珈琲が大好き/

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