(7)寝ているだけでも偉大なミリエル司教。そしてそれを見事に描写するユゴーがすごすぎる

(7)寝ているだけでも偉大なミリエル司教。そしてそれを見事に描写するユゴーがすごすぎる
第一部 ファンチーヌ 第二章 転落 ⑷
さて、ミリエル司教に温かくもてなされ、久々に柔らかなベッドで寝ることになったジャン・ヴァルジャンでしたが、やはり長年の習慣からか逆に目が覚めてしまいます。
そしてついに運命の瞬間がやってきます。そうです。ジャン・ヴァルジャンは司教の銀の食器を盗んでしまうのでありました。
ここではその一部始終が語られるのでありますが、これまたユゴーの映画的な描写が光っています。
その始まりからしてこうです。
ジャン・ヴァルジャンは耳をすました。なんの音もしない。
彼はドアを押した。
指で押した、軽く、猫が入ろうとするときみたいに、こっそりと、心配そうに。
ドアは押されて、目に見えないほど、静かに動き、隙間が少し大きくなった。彼はちょっと待ってから、二度目には、もっと大胆に押した。
ドアはやはり静かに動いた。今ではだいぶあいて、通れるくらいになった。ところが、ドアのすぐそばに小さいテーブルがあり、ドアに邪魔になるような角度で、入口をふさいでいた。
ジャン・ヴァルジャンは、その厄介なことに気づいた。どうしても入口をもっとひろげなければならなかった。
彼は思いきって、三度目に、前の二度よりも力をこめて押した。今度は、油のきれた受け金が闇の中で突然、しゃがれた、長い音を立てた。
ジャン・ヴァルジャンはふるえあがった。この受け金の音は、彼の耳の中で、最後の審判のラッパのように、何か鳴りひびくような、恐ろしい音を立てた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P189
いかがでしょうか。まさに映画のワンシーンを観ているかのような展開ですよね。ジャン・ヴァルジャンの緊張感が伝わって来るようです。視覚的効果はもちろんですが、音の描写も実に見事です。さすが言葉の達人ユゴーです。ユゴーは元々詩人としてスタートしていますが、まさにその面目躍如といったところでしょう。
そしてジャン・ヴァルジャンはいよいよ司教の部屋に入っていきます。
ジャン・ヴァルジャンは、家具にぶつからないように、用心しながら進んだ。部屋の奥に、眠っている司教の規則正しい、静かな寝息が聞えた。
彼は急に立ち止った。べッドの近くまで来ていた。思ったより早く来てしまった。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P191
「思ったより早く来てしまった。」
私はこの言葉を読み震えました。なぜユゴーはこんなことを思いつけるのだろうと。
「彼は急に立ち止った。べッドの近くまで来ていた」までならまだわかるのです。ですが、これに続けて「思ったより早く来てしまった」という言葉をチョイスするセンスたるや!ジャン・ヴァルジャンの置かれた心理状況をこうも見事に描写するユゴーには脱帽するしかありません。
そしてここからが肝心です。寝ている司教の姿をジャン・ヴァルジャンは目撃するのでありますが、その寝姿だけで彼の圧倒的な高潔さが示されています。ここはユゴーの卓越した描写が特に炸裂している箇所ですのでぜひじっくりと読んでいきましょう。
自然はときどき、一種不可解な、巧妙な適切さで、われわれを反省させるためかのように、その効果と光景をわれわれの行動にまぜる。三十分ほど前から、大きな雲が空を蔽っていた。ジャン・ヴァルジャンがベッドの前で立ち止ったとき、わざとしたように雲が裂けて、月光が細長い窓を通して、不意に司教の青白い顔を照らした。司教は安らかに眠っていた。低アルプス地方の寒い夜のために、ベッドの中でも、ほとんど着たままで、褐色の毛織服が、手首まで腕を蔽っていた。頭は楽々と休んでいる格好で、枕の上に仰向きになっている。司教職の指輪をはめた片手をべッドから垂らしていたが、それは多くの善行や神聖な行為にあふれ出た手だった。顔全体は、なんとなく満足と希望と幸福の表情で輝いていた。微笑というより、光輝に近いものだった。額には、なんとも説明しがたい、見えない光明の反射があった。眠っている正しい人びとの魂は、神秘な天をながめているものである。
その天の反映が、司教の上にあった。
それは同時に光の透明体だった。この天は、彼の内部にあるものだからである。その天とは彼の良心であった。
月光がこのいわば内部の明るさと重なりあった瞬間に、眠っている司教は、栄光に包まれているように見えた。しかしそれは穏やかで、なんとも言いようのない薄明りに蔽われていた。(中略)
ジャン・ヴァルジャンは、暗がりにいた。鉄のカンテラを片手に持って、立ったままで、身動きもせず、この光り輝いている老人を見てどぎまぎしていた。こんなものをこれまでに見たことがなかったのだ。この信じきった姿が、彼を恐れさせた。道徳の世界には、これ以上偉大な光景はない。つまり良心が悪事のふちまで来て、困惑し、不安になり、正しい人の眠りをながめているのである。
孤独の中での眠り、しかも彼のような男をそばにして、この眠りには何か崇高なものがあった。彼はそれを漠然と、しかし断固として感じていた。
新潮社、ユゴー、佐藤朔訳『レ・ミゼラブル㈠』P191-193
絶妙なタイミングで差し込んだ月明かりがまるでスポットライトのように司教の顔を照らしていた・・・。これも実に見事な演出ですよね。ドストエフスキーは夕日の斜光を好んだ作家でしたが、ユゴーはこの月光を効果的に物語に導入しています。ドストエフスキーがこのシーンを読み何を思ったのか、非常に気になります。ドストエフスキーも演劇的効果を好んだ作家ですので、きっとこのユゴーの表現にはぐっと来るものがあったのではないでしょうか。
そしてこの光り輝くミリエルの寝姿と、それを暗がりから覗くジャン・ヴァルジャン。
この明と暗の対比もまた素晴らしいです。これもまさに演劇の舞台上で繰り広げられているような感覚です。
それにそもそもですが、ただ寝ているだけの老人をこれほど高貴な存在として描けるユゴーの描写力には驚かずにはいれません。私達はすでに出来上がった作品としてこの箇所を読んでいますが、元々は白紙からユゴーが創造したものです。出来上がった作品を見て私達は当たり前のようにそれを受け取るわけですが、元々は無だったわけです。無からこのような偉大な寝姿を果たして自分は書き上げることができるかと言われたら、絶対に無理です。私は絶望するしかありません。それほど偉大な創造がここにあります。私とユゴーの間には絶対に超えられぬ断崖絶壁が聳えているのです。
いやあ・・・やはりユゴーは王様です。圧倒的です。
こうした圧倒的な描写力に私は唸らざるをえないのですが、今回再読してみて気づいたこともありました。
それが、そもそもこの状況でぐっすり眠っていられる司教のメンタルがすごすぎるということです。
皆さんも想像してみてください。ある晩、突然誰かが自分の家に「泊めてほしい」とやって来たとしましょう。身なりもぼろぼろで、実際に元懲役囚だそうです。そんな誰ともわからない人間が自分の部屋の隣で寝ている・・・そんな状況であなたはぐっすりと眠っていられるでしょうか?私でしたらとてもではありませんが、無理です。少なくとも、ある程度の警戒は禁じ得ません。
これでミリエル司教の異常なまでの高潔さ、善良さが実感できるのではないでしょうか。
司教は部屋の鍵もかけずぐっすり寝ていたのです。しかも幸せそうに・・・。
司教はジャン・ヴァルジャンを1ミリも疑っていないのです。いつもと変わらない夜をこうして過ごしていたのです。
ジャン・ヴァルジャンが衝撃を受けたのは単に寝姿が神々しかったからだけではありません。ここでこうして無防備に寝ていること自体に心の底から驚いたのです。町の人々はジャン・ヴァルジャンが何をするでもなく罵り、警戒しました。ですが、司教は彼の素性を知ってもなお、完全に受け入れたのです。ここに司教の偉大さがあったのでした。
こう見てみると、この章で語られるミリエル司教の寝姿というのも実に大きな意義があるということに私は改めて気づかされたのでありました。やはり「書く」というのは「読み」をより豊かにしてくれますね。この連載を始めたおかげで私自身も楽しんでおります。ぜひこれからも一緒にレミゼを味わっていきましょう。