小尾淳『近現代南インドのバラモンと賛歌』~タミル人とバクティ信仰。南インドの文化を学ぶのにおすすめ

インド思想と文化、歴史

小尾淳『近現代南インドのバラモンと賛歌』概要と感想~タミル人とバクティ信仰。南インドの文化を学ぶのにおすすめ

今回ご紹介するのは2020年に青弓社より発行された小尾淳著『近現代南インドのバラモンと賛歌』です。

早速この本について見ていきましょう。

数百年間イギリスの植民地支配下にあって自国の文化の確立を切望したインドで、連綿と宗教歌謡が生活に息づき、自国の音楽に高い関心を寄せるのはなぜなのか。長期のフィールドワークをもとに音楽界や芸能と社会の関係性を包括的に考察して、民族音楽的研究と南アジア地域研球究の成果を写真・図版とともに提示する。

Amazon商品紹介ページより

今作『近現代南インドのバラモンと賛歌』は南インドの文化を知るのにおすすめです。インド文化や宗教、歴史についてはデリーなどの北インドやガンジス川流域を中心に語られることが多いです。そんな中南インドのドラヴィダ族、タミル人に着目して文化や社会を論じた本はなかなかに貴重です。

本書は宗教賛歌という切り口で南インドの独特な文化を見ていくことになります。

本書について「はじめに」では次のように書かれています。

音楽と信仰が強く結び付いてきたインド(地図1)では、時代・地域によって名称も形式も異なる多彩な賛歌が歌われてきた。多神教と見なされる「ヒンドゥー教」では最高神は一柱だけでなく、化身や眷族が多く存在し、信徒の家庭祭壇には神々を人格化した肖像画・神像が複数飾られている様子が認められる。多数の宗教詩人たちはそのなかでも自分にとって特別な崇拝対象に向けて詩をつづり旋律に乗せた。ヒンドゥー教徒はそれをしばしば「慕う神」(iṣṭa-devatā’イシュタ・デーヴァター)と呼ぶ。例えば、南インド伝統音楽を語る際には必ず言及される楽聖ティヤーガラージャ(Tyagaraja’一七六七ー一八四七)の「慕う神」はヴィシュヌ神の化身ラーマであり、彼は自分の楽曲を通じてラーマへの熱烈な信仰心をときに情熱的に、ときに優しく歌い上げた。

さて、日本の一般的な「賛歌」のイメージというと、キリスト教伝統文化のそれを連想する読者も多いかもしれない。キリスト教文化では教会という組織形態のもと、独特の典礼の場で様々な聖歌や賛美歌が伝承されてきた。そのため、賛歌は主にそこに集う会衆のために発展してきたという特徴をもつ。他方、ヒンドゥー教の賛歌が歌い継がれてきた場は寺院・僧院・宮廷・家庭・路上などであり、組織による制約がなくきわめて多様性に富んでいる。賛歌の作者は様々な社会階層から輩出されていて、前述のティヤーガラージャはバラモンだが、貴賤に関係なく思想家や哲学家であり、かつ音楽的才能に恵まれた人は多く存在した。彼らは豊かなヒンドゥー神話の世界観を織りまぜながら、信仰の発露として、社会抵抗の手段として、あるいは民衆への啓蒙の手段として神への賛歌を紡いだ。

本書の主な調査地である南インド、タミル地方は独自の帰依信仰が萌芽した土地として知られる。七―九世紀頃にシヴァ派のナーヤナール(Nāyaṉār)やヴィシュヌ派のアールワール(Ālvār)と称される宗教詩人たちは寺院から寺院へと渡り歩き、辻説法をおこないながら神々をたたえる詩を音楽に乗せて歌い、数多くのタミル語の賛歌を残した。やがてこの信仰は「ヒンドゥー教」の重要概念であるバクティ(神に対する献身的な愛と絶対的な帰依)に継承される。バクティ運動は各地に伝播し、特に東インドや北インドでは神の御名や真言などの短句を繰り返し詠唱するナーム・キールタン(nām kītan)の形式が発展した。キールタンはサンスクリット語の「キールタナ」のヒンディー語読みであり「唱えること」や「繰り返すこと」を意味する。本論であらためて言及するが、これは九種に分類されたバクティの一つである一方で、音楽と密接に結び付いたことから、南インド伝統音楽の文脈では楽曲形式名でもある。また、「バクティの観念は神(絶対者)と人(個我)との別異性を前提として成立している」ことから、信徒は男性・女性にかかわらず女性と見なされる。そのため、神に対する恋愛歌のような賛歌も多く存在する。

青弓社、小尾淳『近現代南インドのバラモンと賛歌』P13-15

本書でもこの後で解説されるように「バクティ」という絶対帰依の概念はすでにヒンドゥー教の聖典である『バガヴァッド・ギーター』で古くから述べられていました。

しかしこの概念が宗教者や一般の人々レベルにまで浸透するのはかなり時代が経てからのことになります。

本書ではそのバクティ信仰と音楽の繋がりが時系列に沿って論じられていきます。

インドの宗教や文化について数多くの本はあれど、南インドの音楽に特化して書かれた本は貴重です。私もこの視点からインド文化を考えたのは初めてのことでとても新鮮な気持ちでこの本を読むことができました。

私自身、最近ガンジス川上流の聖地ハリドワールやリシケシでヒンドゥー教の祈りの音楽を聴くことになりました。

ハリドワールにて

そのメロディーが今でも耳に残っています。なぜか忘れられない印象的なメロディーでした。初めて聴く私ですらこうなのですからインドの方にとったらどれだけ愛着のあるものだったことでしょう。

こうした音楽とヒンドゥー文化のつながりについて考えさせられる一冊です。

内容自体は当時の音楽家達やその音楽について語られるのでかなりマニアックですが、北インドとは異なる南インドならではの空気感が感じられる興味深い作品です。

ヒンドゥー教の音楽を通して南インドの社会情勢についても見ていけるこの作品はスリランカと南インドの関係について関心があった私にとって非常にありがたいものとなりました。

この本もぜひおすすめしたい一冊です。

以上、「小尾淳『近現代南インドのバラモンと賛歌』~タミル人とバクティ信仰。南インドの文化を学ぶのにおすすめ」でした。

次の記事はこちら

関連記事

HOME